【写真】色紙に丁寧にサインを書く高知東生【11点】
2020年7月の休日。何気なくTwitterに流れてくるタイムラインを見ていたら、実母の自死についてつぶやいた、高知東生(たかち・のぼる)さんのtweetと出逢いました。静かに、それでいて熱い文章に惹かれたのです。ものすごい数のRetweetといいね、がついていました。いてもたってもいられず、すぐさま編集長にメッセージを送りました。
週明け、編集長からGOサインをもらい、高知さんの窓口となっている「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子氏に連絡をしました。すぐに高知さんご本人と会えることになり、お会いしたのが8月早々。正直、高知さんのことはあまりよく知りませんでした。俳優で薬物の事件を起こした人、という簡単な認識しかありませんでした。
ちょうど、高知さんは9月に4年間の執行猶予が明ける直前で、自叙伝『生き直す』の出版も決まっているとのことでしたが、私のなかではとにかく小説を書いてもらいたい、その一念を打ち明けました。
小説を書いてほしいという依頼に、「本を全然読んでいないし、漢字も知らないからとても無理です」と当初は頑なに固辞されたのですが、実は自死されたお母様のことを書きたいと思っていたことがあると伺い、近々出版される自叙伝では差し障りがあり書ききれなかった世界をぜひ小説に書いてみましょうよ、とひたすらプッシュしました。
その時は、高知さんの抑制のきいた文章に興味があったので、自伝的なテーマに固執せず、まずは、高知さんの書きたいものを書いてもらえればいいと思って、自由に好きなテーマで(400字)30~50枚くらいで一度書いてみてください、とお願いしました。
しかしその日は、確約することなく別れました。書けるか書けないかという前に、高知さんご自身が、書いてみようというその気になるかどうかも、その時はまだ半信半疑でした。
ところが、お会いして二週間後に、初小説の短編「シクラメン」が届いたのです。これにはかなり驚きました。正直、文章は荒かったです。改行や会話のルールも無視していました。が、何かとてつもなく熱くほとばしる勢いがあり、生々しい小説世界が迫ってくるような印象を受けたのです。それでいて、底なしの寂しさがひたひたと漂っています。
「シクラメン」は3か月ほどかけて、3回改稿をしました。それでも素直に、なんとかいい方向に仕上げようと努力してくださいました。
そして、2021年12月22日、「小説宝石」新年号に初の小説が掲載されました。それから2年、6本の短編を書き上げてくださいました。事前にプロットを相談することなく自由に書いていただいたわけですが、毎回視点を変えて、違った人間、違った時を切り取りながら、高知さんをモデルとした主人公がどこかに感じることのできる物語世界になっています。
腹を括り覚悟を決めて、自身の半生を曝け出して描こうと挑戦してくださったわけですが、普通ならば、主人公視点で時系列に描くところを、視点を変え一つ一つ違った角度から描いたことで、物語に奥行きが生まれました。
これを書くために、改めて自分のルーツを探り繙(ひもと)くたびに、新たな真実が出てくることもあったそうです。高知さんはいま、自分で自分を愛し直そうと一生懸命前に進もうとしているのかもしれません。
タイトルは悩みました。できれば高知さんの内面にあるものから、高知さんにつけていただきたかったので、候補案を出してもらいました。寂しさや切なさを表現したいと、美しく儚(はかな)いタイトル案がいくつも並ぶ中、「もぐら」という言葉がありました。
必死に隠してきたもの、生涯土に埋めておこうと思った話がひょっこり顔を出したという意味合いで、「もぐら」はどうかと。それなら、泥臭いイメージの「土」と、主人公の名前の「竜二」から、漢字の「土竜」にしましょうと提案しました。
主人公の名前を「竜二」にしたのは、高知さんが心酔する金子正次さん(※)の映画『竜二』へのオマージュです。「いつか金子さんのように自伝的青春群像劇を脚本にしたい」と夢みていたそうです。それが「小説というカタチで実を結ぶとは」とご自身も驚いていらっしゃいます。
※金子正次(かねこ しょうじ、1949年~1983年)は脚本家で俳優。自主制作の初主演映画『竜二』が大ヒットしたが、映画公開期間中に33歳で死去。
短編がそろい、本を作ることになり、とにかくこだわりたかったのは、タレント本や世間を騒がせた人の奇をてらった本ではなく、純粋な文芸作品として世に出したいということでした。
とにかく手に取ってもらうために、どなたかに推薦文をお願いしたいと思い、編集長と相談し、老若男女たくさんの読者から支持されている重松清(しげまつ・きよし)さんにゲラを読んでいただきました。
ある意味”素人の作品”を大ベテランの作家さんに読んでいただくことにはかなり緊張しましたが、重松さんから有り余るお褒めの言葉をいただいたときは天にも昇る思いでした。「小説宝石」3月号では、重松さんが書評も書いてくださることになっています。
ゲラや見本を、各関係者に読んでいただいたところ、とにかく必ず出る第一声が「これ、本当に高知東生が書いたの?」です。複雑な生い立ちや特異な経験、生きる苦悩を抱えていたからだけではなく、高知さんの生まれ持った豊かな表現力が、小説という世界にうまくはまったように感じます。
高知さんのセンスに惚れ込み、高知さんの可能性を信じ、高知さんと偶然出逢えたことに感謝し、ひとりの作家の誕生を盛り上げていきたいと思います。
▽『土竜(もぐら)』
著者:高知東生(たかちのぼる)
判型:四六判ハード
定価:本体1,760円(税込)
発売日:2023年1月25日(水)※流通状況により一部地域では発売日が前後する。
発売元:光文社
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