体調不良を理由に活動休止を発表する声優が増えている。5月下旬にはスマホゲーム『ウマ娘プリティーダービー』でメジロマックイーン役を務める大西沙織、5月中旬に『弱虫ペダル』で福富寿一役を務める前野智昭の体調不良が報じられた。


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声優は今では人気職の一つに数えられるが、決してワークライフバランスが重視された仕事と言えないのかもしれない。そこで声優事務所・ディーカラーの代表取締役・平岡照己氏に声優が置かれている労働状況、さらには健康的に声優が働けるようにするための具体策などを聞いた。

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まずは声優という仕事について聞く。「アニメやナレーションなどに加えて、最近ではスマホゲームの音声収録も増えています。また、コンサートやイベントなどが本格化しており、アイドル顔負けの活動範囲になったことで、歌やダンスを担うことも多いです」と業務内容の変化を解説。声優の仕事自体は増えており、“食える”人も増えた印象を受けるが、「そうとも言い切れません」とキッパリ。

「仕事自体は増えていますが、仕事のある人により一層仕事が集中している。言うならば、食える人とそうでない人の間の溝がここ10年間で余計に広がりました。実際、いろいろなアニメでキャスティングが被っているケースは散見されますよね」

 ちなみに今現在声優がキャラクターに扮して歌ったり踊ったりするケースを頻繁に見かけるが、こういった仕事も一長一短であると語る。

「歌やダンスも担当する役が1本決まると安定した収入になります。歌やダンスのレッスンにもギャラが支払われるため、極端な話、そのプロジェクトが続くようであれば収入に困ることはありません。ただ、そういったプロジェクトは数年間を見据えてスタートしているため、一度始まってしまうとレッスンにガッチリ時間をとられます。
他のアニメに出演している余裕がなくなり、いろいろな役に挑戦しようにも声優としてのスキルが伸びておらず、プロジェクト終了後に苦戦する声優は少なくありません」

次に人気声優に仕事が集中しやすい理由として、「まずアニメの制作費上昇です」という。

「現在のアニメは昔と比較するとかなりクオリティが高いです。ハイクオリティを実現するために携わるアニメーターが増えており、30分アニメ1話の制作費は20年前と比較して倍以上かかっています。コストがかかるため、制作陣としてはどうしてもヒットさせたい。そのため、例えばSNSのフォロワーが多い、知名度のある人気声優を起用したくなります。裏を返せば、無名の新人をいきなり主役に抜擢する、みたいな冒険には及び腰になりました。

他にも、声優のアニメ出演のギャラは声優自身と所属事務所が相談して、最終的には制作会社と事務所の協議で決定するため、“人気声優と新人声優のギャラが一緒”ということも珍しくありません。また、後々お話ししますが、『いつか仕事がなくなるかもしれない』という不安を抱え、ギャラを上げたくても上げられない人気声優は多いです。いろいろな事情から声優業界は人気声優のギャラが上がりにくく、その結果人気声優が選ばれやすい状況にある、と言えるかもしれません」

 また、コロナ禍も声優間の格差を助長した要因らしく、「以前は出演者全員が揃って3~4時間かけて収録することが一般的でした。しかし、コロナ禍によって『大人数が集まるのはイカン』ということで、分散して収録することが定着しました。そのため、収録のスケジュールが抑えやすくなり、これまではスケジュールの都合でキャスティングできなかった人気声優が起用されやすくなりました」と続けた。

 本題の体調不良を訴える声優の増加を掘り下げる。
ここまでの話を聞く限り、人気声優が仕事をセーブすれば一件落着に思えるが、そう簡単な話ではないと口にする平岡氏。

「やはり芸術系の仕事なので、“いつ仕事がなくなるかわからない”という恐怖心が常に付きまといます。それは売れっ子であっても例外ではありません。体調を崩した声優達も内心は心身ともにしんどかったと思います。それでも声優志望の若者が増えている現状、『一度断ったらもうオーディションが通らなくなるかもしれない』という不安などが頭を過るため、オファーを断ることは容易ではありません」

体調を崩すまで走り続けなければいけない現状ではあるが、体調を崩す声優を無くすためにはどういった対策が考えられるのか。平岡氏は「代表やマネージャーといった事務所側の人間がしっかりコミュニケーションをとって、休みを取るように説得することが大切です。『週1日は最低でも休ませる』と決めている事務所もあります。ただ、『働きたい』『断りたくない』と考える声優も多く、納得してもらうことは大変です」と険しい表情を見せる。

 さらには、声優のギャラシステムも乗り越えなければいけない壁のようだ。

「先程アニメの制作費が高騰していると話しましたが、音声制作、つまりは声優周りのギャラは一切上がっていません。仮に何人かが『ギャラを上げてください』と声を上げたところで、キャスティング側からすれば他の声優を起用すれば良いだけ。耳を貸す必要はありません。
各声優事務所が一枚岩になって『音声制作費を上げてくれ!』と声明を出せればベストですが、そのハードルはとても高い。ギャラを上げにくい状況下のため、多くのアニメを受け持ってモーレツに働かざるを得ません」

 声優がワークライフバランスを意識して働き続けることが難しい背景が伺え、「基本的には声優は個人事業主ですので、業務量は自分で良くも悪くもコントロールできるため、『たくさん働きたい』と声優側が強く望めば止めることは難しい。お恥ずかしい話、今現在考えられる具体策はありません」と答えた。

 最後にこういった現状が続いた際にどのような弊害が将来的に生じるのか聞くと、「声優の心身の健康も問題視すべきですが、やはり声優間の仕事量の格差が開くと、食える人が偏ってしまい多様な人材が不足します。例えば、高校生役を30~40代の声優が務めるケースはよく見られますが、こういった傾向が今後加速する可能性が高い。それではアニメのクオリティを維持することが困難になりかねない。世界に誇るアニメというカルチャーの質を担保するためにも議論されなければいけない状況です」と締めた。

 平岡氏の話を聞くとかなり複雑な問題であり、解決策は簡単には導き出せないことがわかった。アニメーターが酷使される現状が度々議論に上がるが、声優も過酷な環境で働きながら、私達の生活を彩ってくれている。アニメ業界の働き方を真剣に考え直さなければいけない段階に来ているようだ。

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