【前編はこちら】東村アキコが初の“文章”エッセイに挑戦「まだ描いてないネタがあった、子ども時代の選りすぐり傑作選」
【写真】東村アキコ作カラーイラスト
東村が本作で一番気に入っているエピソードは、「私、(藤井)フミヤと結婚するとよ」と言い出した保健室の先生の言葉を真に受けてしまい親戚を巻き込み大事に……といった小学生の頃の思い出を綴った『サモハンキンポーというあだ名の保健室の先生』だという。しかし、その鮮明な記憶力には驚かされる。
「幼稚園くらいから、ほとんど全部覚えているんですよ。人と話していると思い出すこともあるじゃないですか。今回はそうやって思い出したエピソードも、ネタ帳みたいにスマホに全部メモってました。実は、ほかにも収録できなかった鉄板ネタがまだまだあるんです。“オガタくんが受験票を忘れた話などは、話すたびに周りの人が涙を流して笑います(笑)」
取材中、本書に入れられなかったという“オガタくんが受験票を忘れた話”を披露してくれた。
「シンプルに言うと、一緒に筑波大学の推薦入試を受けに行ったオガタくんが受験票を忘れた、という話なんですけど。推薦入試だったから、広い構内に誰もいなくてオガタくんと2人で『すごい並木道やね』とか言いながら歩いていたら、突然『パン!』って音がしたんです。誰もいないから、その『パン!』がこだましてて(笑)。何ごと!?と思って隣を見たら、オガタくんが自分のおでこをたたいてたんですよね。
受験票を忘れて『あちゃー』みたいな感じで。しかもオガタくん、眼鏡のつるが顔に刺さって血が出てて(笑)。『血が出とるよ!?』って。でも、オガタくんは私に受験票を忘れた、と言えなくて『なんでもないです、行きましょう』みたいな感じでスタスタ歩き出しちゃって……みたいな話です。といっても、これまだ序盤なんですよ。『タイタニック』でいったらまだトランプやってるくらいの(笑)」
本書では、そんな学生時代のおもしろエピソードのほか、“電話で漫画を読む時代”になった現在についても書かれている。東村は、韓国などで人気のスマホ用の縦読み漫画・ウェブトゥーンに2018年、いち早く参入。2020年には、その功績などによって芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞した。
「日本と韓国での同時連載もいくつかやってみましたけど、ウェブトゥーンでは韓国の勢いがすごいですね。数年前は分かりやすい設定が多かったけど、最近は深いドラマの作品が増えていますし。それを思うと、日本のウェブトゥーンはあまり作家が増えなかった印象ですね。ベテラン勢で参入したのが、ほぼ私しかいなかったんですよね。
トップを爆走しているつもりで後ろを振り返ったら誰もいない、みたいな感じですけど、ウェブトゥーンは韓国をはじめ海外でたくさん配信されているのが大きいです。『私のことを憶えていますか』(文藝春秋)も、韓国でドラマ化が決まりましたし。私の他の作品も海外での知名度がすごく上がっている感覚があります」
「これからウェブトゥーンをやりたい、という先生がいたらぜひ相談してほしいですね」と続ける東村だが、それと同時にこれまで通りの横読みという日本の漫画文化も守っていきたいという。
「横読みの方が重みのある話が描きやすいと思うし、そのスタイルで『鬼滅の刃』や『【推しの子】』といったヒット作が出ているから、それはそれで今後も発展していってほしい。私は講談社漫画賞の選考委員を務めているので、流行っている漫画は一通り読むんですけど、最近の若い方が描く漫画は本当にハイレベル。期待しかないですね。最近、おもしろかったのは『花とゆめ』に連載中の『多聞くん今どっち!?』(師走ゆき/白泉社)。全ページ、スクショして取っておきたいくらいのおもしろさでした!」
複数の漫画連載を抱えながら、さまざまなジャンルの漫画を読み、今回は初の“文章”エッセイにも挑戦。オンオフの切り替えを尋ねると「忙しいのは昼間だけ。夜は好きなことやっています」と笑う。
「仕事も大事ですけど、1日4時間くらいはドラマを見たいし、TikTokも3時間くらいチェックしたいじゃないですか(笑)。
そんな東村の原点が垣間見られる今回のエッセイ集。自身にとっても、お気に入りの1冊になったという。
「子どものころのエピソードを記録できたという意味で、宝物みたいな本になりました。アシスタントさんと一緒に作業できる漫画と違って文章は孤独な作業で大変でしたけど、自分と向き合ういい時間にもなりました。まだまだ出してないエピソードが本当にたくさんあるので、評判がよかったら第2弾も出したいですね。本当におもしろいんですよ。『人志松本のすべらない話』に出たら勝てるかも(笑)」
取材・文/吉田光枝