映画コメンテーターの有村昆が、読者からのお悩みにあわせて、オススメ映画を紹介するシリーズ企画「映画お悩み処方箋」。第10回目の今回は、映画の楽しみ方がわからないという20代からのお悩みが届きました。
さて、映画鑑賞のプロフェッショナル、アリコンが選んだ解決につながる2作とは…?

▽お悩み
映画の楽しみ方がわかりません。2時間も1つの動画に集中できず、家で映画を観始めても、途中でスマホでSNSなどを見てしまい、その間にストーリーが進んで内容がよく分からなくなります。また、映画館に行くと眠くなってしまいます(2000円というチケット代も高すぎると思います)。ただ、好きな俳優さんが出ている映画は見たいという気持ちはあります。こんな人間でも映画を好きになれるでしょうか?(22歳 男性 アルバイト)

【関連写真】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』場面写真

まず、映画館の「2000円というチケット代が高すぎる」という意見は、この相談者さんに限らず、よく聞きますね。でも、僕はそもそもの考え方が間違ってると思うんですよ。やっぱり良いコンテンツには、相応のコストがかかる。日本では、ペイチャンネルの文化が入ってくるのが遅かったことあり、テレビや動画はタダで観れて当たり前という感覚があった。でも、水や安全と一緒で、本当にいいコンテンツはお金を出して買わないと手に入らないんですね。

最近はyou tubeのようなタダで見れる映像コンテンツも増えてきてますけど、まだまだクオリティが低いものが多い。僕の子供はいま5歳なんですけど、you tubeは極力見せないようにしています。その時間を、有料でも素晴らしいコンテンツに使ってほしいんですよね。


そして、2000円というチケット代には、映画館の大きな画面と良い音響、そして作品に集中できる空間というコストも入っています。

映画館のいいところは、鑑賞中に邪魔が入らないことです。相談者さんは、家で見ているから、スマホが気になったり、LINEが入ったから返さなきゃとか、いろんな雑念が入って1つのことに集中できなくなってしまうんだと思うんです。

これが映画館なら、必然的にスマホを切ることになるので、デジタルデトックスになるんです。この、誰にも邪魔されることがない時間というのは、現代においてすごく有意義だと思うんですよ。

集中できないからといって、最近の若者にありがちな「時短で観る」というのもオススメしません。NetflixやU-nextには倍速視聴する機能があるんですけど、それで観ても映画が表現している細かいところまで追い切れない。粗筋は理解できるかもしれないけど、本当の意味での鑑賞という意味では、やっぱり映画館で、等倍のスピードでご覧いただきたいというのがありますね。

ただ、ひとつのことに集中できない、同時進行でいろいろ考えてしまうというのは、悪いことではないと思うんです。いわゆる「マルチタスク」ですから、仕事ができると評価されるかもしれません。

1つのことを完結する前に、次のことを考えてしまう。これもあれもと、話がどんどん脱線してしまう。
この相談者さんの状況と、感覚的に近いかもしれない映画が『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』です。

この作品で主人公のエブリンは様々なユニバースにジャンプしますが、その理由としてエブリンがADHD(注意欠如・多動症)で気が散りやすいという設定があったそうなんです。

このアイディアを思いついた監督・脚本のダニエル・クワンさんが、ADHDについて調べていくうちに、自分自身もADHDだったことに気づいた。そこで、自分からみた世界を映像と物語で大胆に表現したのが、目で、この『エブエブ』なんですね。。そこで、まずはこの作品を観ていただいて、集中できなくてもそれは能力であると、まずは自分の置かれた状況を肯定していただければと思います。

もうひとつの処方箋として、長い時間集中できないなら、短い時間のショートフィルム、短編から見始めていくという方法があると思います。

例えば、新海誠監督のデビュー作『ほしのこえ』は25分にまとまっています。いつでも気軽に観れる長さなので、僕も気が向いたときに何度も繰り返して観ている作品です。

『ほしのこえ』は、新海誠監督の商業映画デビュー作で、脚本、演出、美術、編集、声など、諸々を1人で担当していて、その後の『君の名は。』や『天気の子』などにも共通する、セカイ系の元祖みたいな作品です。

好きな女の子が、遠い星に行ってしまうことになり、主人公の男の子とメールをするんだけど、最初はタイムラグがそんなになくやり取りできているんです。
でも、彼女が何光年と離れていくと、メッセージが届くのが数ヶ月とか半年後になってしまう。その間に、お互いの状況や時間の流れが変わってきてしまい、メッセージが届くのが8年半後になってしまった時に、さあどうなるという話なんですけど、そんな果てしないスケールの物語をたったの25分で楽しめる。これだったらスマホを見ている暇もないと思います。

とはいえ、25分でも集中できないという方のためにもう1本、12分で終わる『愛しているって言っておくね』というアニメ作品もオススメします。第93回アカデミー賞短編アニメ賞を受賞した、感動的な作品です。

ある夫婦が、食卓で言葉もなく座っていて、その夫婦仲がもう風前の灯のような雰囲気になっている。そこに影がふっと入ってきて、動き出していくと、 かつてその夫婦には子供がいたということがわかるんですね。 家の壁に穴が開いてたりするんだけど、それは子供がボールを蹴ってできた穴だったり、その成長の思い出が綴られていく。

そんなある日、女の子が学校に行くと、銃声が響きわたって暗転する。そして携帯に「愛しているって言っておくね」というメッセージだけが送られてきます。

最小限の描写で、子供の成長の喜びと、悲しい事件と、夫婦の再生の物語が語られていき、そのすべてが12分間で完結します。セリフも無いので、どの国の人でも、どんな言語を使っていても伝わる、感動的でメッセージ性もある作品なんです。


…と、作品の説明をしているだけで12分超えそうなんですけど、それぐらいの深いテーマが詰まった完成度の高い作品なので、ぜひ観ていただきたいですね。

他にも優れた短編、ショートフィルムはたくさんあります。ディズニーアニメやピクサー作品には、本編の前にショートフィルムが流れるのが伝統なんですが、あれもだいたい5分くらいなので、それだけ観ていくというのもオススメです。

最近はyou tubeもショート動画だったり、TikTokのような短い作品のほうが需要があります。やっぱり短時間で効率よく、より多くの情報を得たいという人が多いんですね。

でも、僕は、映画の2時間前後というパッケージは揺るがないと思います。これは人間の生理的な感覚に基づいていて、スポーツとか演劇でもだいたい2時間くらいで収まるように出来ている。そのくらいなら誰でも集中できるはずなんです。

ただ、3時間を超えるような長い映画も増えていて、僕でも観る前にちょっとたじろいじゃう時もありますね。でも、思い切って映画館の席に座ってしまえば、思ったより時間の長さを感じないし、そこで面白い作品に出会えれば、これ以上の喜びはありません。相談者さんも、あまり肩肘張らずに、気軽に映画館に行ってみて、贅沢な時間を過ごしていただければと思います。

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