映画コメンテーターの有村昆が、2023年の個人的年間ベスト10を発表!あの話題作から、意外な名作まで…アリコンが選んだ作品は!?(前後編の後編)

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アリコンの2023年公開映画ベスト1位~5位

1位 『怪物』
2位 『正欲』
3位 『FALL/フォール』
4位 『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』
5位 『BLUE GIANT』

5位『BLUE GIANT』は、本当によく出来たアニメ作品で、久しぶりに胸が熱くなるような音楽映画でもありました。ジャズの世界のお話なので、セッションのシーンが出てくるんです。
セリフがほとんど無くて、お互いに「ここでこうしてほしいんだな」とか、「もっとこいよ」みたいなアイコンタクトをしながら演奏が盛り上がっていくところを、臨場感たっぷりに描いている。日本のアニメのクオリティの高さが、また1つ上がったという感じがしましたね。

わかりやすさを重視すると、やっぱりセリフでどうしても説明したくなっちゃうんですよ、それを省いて、見てるだけでわかるようなシーンを成立させるためには、絵も音楽も相当しっかり作り込まないと駄目だと思うんです。見終わった瞬間、もう1回見たくなるような映画でしたね。

4位もアニメですが、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。世界的に有名なゲームキャラクターを使って、まっすぐ丁寧に面白い作品に仕上げる。
これは簡単なようで、本当に難しいことなんですよね。

6位にあげた『シック・オブ・マイセルフ』に出てくる人たちのように、尖った表現をすれば、比較的簡単に人々の関心を集めることができるんです。例えば、youtubeでコンプラのすれすれを攻めてるような動画って、すごく人気がある。「私人逮捕」なんて、それは面白いに決まってるんです。

ギリギリのヤバいことをやってると、こっちもドキドキするし、見てしまう。でも、あれは地上波テレビで流せないじゃないですか。
地上波は、子供から老人まで、みんなが見れるようなラインをキープしながら、それでも面白くてして、数字を取らなくてはいけない。この映画『マリオ』は、それを世界的レベルで成立させているんです。

マリオは歴史と伝統のあるキャラクターだから、いろいろな制限もあるし、あらゆる世代のファンがいる。その状況で、誰からも文句いわれないような作品に仕上げて、なおかつ新鮮で面白くするというのは、本当に職人技だと思うんです。

これは任天堂という会社の力と、ミニオンで馴染みのイルミネーションスタジオのセンスが見事に合わさったおかげだと思います。

このスタイルを成功例として、これから日本産のキャラクターを輸出して、ハリウッドで映画を作るというパターンが増えていくんじゃないでしょうか。
日本産のキャラクターが外貨を稼いでくれる時代がやってくると思います。

さぁ、ベスト3までやってきました。まず3位はアイデア一発で勝負したシチュエーションスリラーの傑作『FALL/フォール』です。設定はシンプル。高い鉄塔に登った女の子たちが降りれなくなってしまって、地上600メートルでサバイバルするというお話です。

海のど真ん中に取り残される『オープンウォーター』、雪山のリフトで立ち往生する『フローズン』、浅瀬でサメと格闘する『ロスト・バケーション』、気がついたら棺桶の中で、ライターと酒と、残り電池が少ない携帯電話で生き延びる『リミット』など、限定空間のワンシチュエーションで展開する映画はたくさんありますが、この『FALL/フォール』は、とにかくアイデアが豊富で、手を変え品を変えてハラハラドキドキさせて、伏線まで張って、予想外のオチにいたるという、とにかく良く出来た娯楽作品でした。


2位は『正欲』。いまダイバーシティが叫ばれていて、LGBTQという呼び方をすることがありますが,それさえも実は区切られている。そんな属性からも漏れていて、まだ言葉にすらなっていない個性や欲望を持っている人たちがいる、というテーマが衝撃的でした。さらに、食欲とか睡眠欲は罰せられないのに、なぜ性欲だけは罰せられてしまうのかということまで踏み込んでいる。いま問題になってる小児性愛の問題もそうだし、獣姦とか、露出癖、痴漢、 盗撮。そんな特殊な性癖を持ってる人はどう生きていけばいいのかということに、スポットを当ててるんですね。


新垣結衣さんが水に異様な性欲を持ってしまうという役を演じています。僕の想像を超えた性癖だったので、最初は映画を観ていても、その欲望が理解できないんですよ。でも、だんだんそういうことか、とわかってくる。

どんな性癖だったとしても、人に迷惑かけてはいけないし、そこに関しては罰せられるべきだとは思うんですけど、それが今の社会の枠組みとして正しいのか。1つの価値観の中だけで、世の中の常識が進行してしまうと、そこじゃない趣味趣向を持った人たちは本当に生きづらいのではないか。

本当の意味でのダイバーシティとは、そういう人たちも含めた、共存理解を進めていくことなのではと、深く考えさせられる作品でした。


2023年の1位に選ばさせていただいた『怪物』にも、同様のテーマは含まれていると思います。その根底にあるのは、友情なのか、それとも同性愛なのか。子供同士のことなので、たぶん自分たちですらそれがどんな感情なのかわかっていない。それを周りの大人たちが理解できるはずがないんですよね。

『怪物』は、坂元裕二さんの脚本がもう圧倒的にすごかった作品です。いじめの問題を軸に、先生は子どもたちがやっていると思っていて、子供の親は先生が仕掛けていると思っている。いわゆる『羅生門』的な構造で、それぞれの意見や見方があって、本当は何が起きているのかわからない。

8位にあげた『福田村事件』にも通じますが、情報が多くなれば真実に近づけるような気がしますが、実際には複雑になって答えがわからなくなる。物事の要因とか真実というのは、多重構造の中にあるんですよね。

今年は、多様性やマイノリティをテーマにした映画がたくさんありましたが、そこには意見の齟齬や、お互いに理解しあえないディスコミュニケーションといった問題も内包しています。

多様性と相互理解を、ちゃんと自分の頭で考えなきゃいけないというのは、2023年の映画を見ていて何度も感じましたし、結果的にそれが今の時代の世相ということなのかもしれません。

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