現在放送中のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』(総合・月曜~土曜8時ほか)。ブギの女王・福来スズ子(趣里)の人生が描かれている『ブギウギ』だが、ブルースの女王・茨田りつ子(菊地凛子)の存在感も凄まじい。
二人は対照的でありながらお互いを認め合い、良きライバル・良き仲間として関係を築いている。スズ子とりつ子がどのようにして心の距離を近づけていったのか、これまでの二人を比較しながら考えてみたい。

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スズ子が初めてりつ子の存在を意識したのは、第5週「ほんまの家族や」でのこと。たまたまラジオから流れてきた「別れのブルース」に心惹かれ、りつ子の歌声の虜になったのだ。その後、羽鳥善一(草彅剛)を介して初対面を果たすも「下品に歌を歌うお嬢さん」「お芋さんみたいなお顔じゃない」と早速、りつ子節の洗礼を受けたのだった。

スズ子にとってりつ子は歌手としての先輩であり、ライバル的な存在。だが、二人はいつの時代も全く異なるスタイルで舞台に立っていた。りつ子は舞台の上にただじっと立ち、佇まいと細やかな表情で歌い上げる。一方でスズ子は全身を自由に動かし、表情を変えながら舞台の端から端まで歌い踊るスタイルだ。歌劇団出身のスズ子と音楽学校出身のりつ子(モデル・淡谷のり子は音楽学校出身)という違いが現れている部分でもある。

また、戦時中の二人も実に対照的であった。日中戦争が始まった頃の日本はとにかく贅沢が禁止されていた。
それはエンタメも例外ではなく、スズ子が所属していた梅丸楽劇団でも、派手な演目や演出、演奏は全て取りやめになった。スズ子は警察に「つけまつげを取るように」「衣装は地味に」「三尺四方からはみ出すな」と指導され、しぶしぶながらも従っていた。楽曲も「アイレ可愛や」といった国民に寄り添う歌を歌うようになり、時代に従順していたように見える。

反対に、りつ子は警察の指導に全く従わなかった。「これは戦闘服です」と派手な衣装や化粧を貫き、軍歌も一切歌わない。ステージには豪華なシャンデリアを並べ、自分の楽団を引き連れて最後まで自身のスタイルを崩すことはなかった。その悠然とした姿に、警備していた警察官すらもうっかり惚れ惚れとしていたほどである。

もう一つ、二人の違いがよく分かるエピソードがある。慰問先で愛助(水上恒司)と出会い愛を深めたスズ子は、愛助の母・トミ(小雪)から、「結婚をしたいなら歌手を辞めろ」と条件を突き付けられた。愛助や善一から反対されるも、スズ子は「ワテ…歌手、辞めようかなあ」と言い出したのである。結局、スズ子は善一の説得で歌手を続けることを決断したが、この時のスズ子は結婚か歌かでかなり揺れていて、本当に歌手を辞めてしまいそうな雰囲気をまとっていた。

一方でりつ子は、10年前に子どもを生んで以来、ずっと田舎の母に預けていることをポロッと告白。
大切な我が子と離れて歌に人生を捧げたりつ子と、家族のために歌を捨てようかと考えたスズ子。どちらが正解・不正解というわけではなく、それぞれが強い意志を持って”家族”と”歌”に向き合っていることが伝わってくるエピソードであった。

りつ子は第一印象でプライドが高く気難しいイメージを持たれがちだが、実はとても繊細で情に厚い人だ。「自分は今こう思っている」と察知する能力に長けていて、他人にも自分にも正直である。だからこそ、弱っているときは弱っている、怒っているときは怒っていると、自分の感情を周囲にさらけ出せているのだ。特攻隊員を前にしたステージの後泣き崩れる姿や、スズ子と対立してしまった時に自ら謝れる素直さなど、知れば知るほど人間らしい部分が見えてくる。

反対にスズ子は、一見、楽観的で何の苦労もしていないように見えるだろう。スズ子の背景を知らないパンパンガールから「お気楽」と言われたように、周囲からは陽のオーラを放つ、眩しいスター歌手に見えていたはずだ。だがその明るさの裏には、家族を失った悲しみや「一人で愛子を育てなければ」という使命感が隠されている。

何でも気にせず自分の感情をさらけ出しているように見えるスズ子だが、それは基本周囲の人に対する「義理」「人情」「使命」が働いた時だけ。自分自身の感情には鈍感で、悲しみや苦労を内へ内へと隠しこんでしまう。自分の生まれや、家族との別れについても「こんなに苦労してきたんでっせ」と言えそうなタイプに思えるが、必要以上に口を開くことはない。
実はステージ上で輝く”福来スズ子”と”花田鈴子”の間には大きなギャップがあるのかもしれない。

そんなスズ子とりつ子の共通点を考えていたとき、”大胆さ”というキーワードが思い浮かんだ。りつ子の思い切った行動や発言は、視聴者の中でも「さすがりつ子様」と話題になることも多い。最近は、愛子の子守りを買って出たり、家政婦・大野晶子(木野花)を送り込んだりと、スズ子が「NO」と言えないように大胆な手助けをしていたのが印象的だった。

スズ子の大胆さについては、ここまで『ブギウギ』を見てきた視聴者には説明いらずだろう。時には勢い余って裏目に出ることもあったが、親友のタイ子(藤間爽子)を救ったり、おミネ(田中麗奈)たちと仲を深めたりと、踏み切った行動で仲間との輪を築いてきた。

正反対の二人の距離が近づいたのも、お互いの大胆さが発揮されたからだろう。りつ子は普段の辛口な物言いから、周囲に忌み嫌われることもあったかもしれないが、そんな中で物怖じせずに立ち向かってくるスズ子の存在は新鮮だったはずだ。スズ子もりつ子の大胆さのおかげで大野と出会え、母として一歩成長することができた。

近すぎず、遠すぎず、でもお互いのことをどこかで気にかけ、そっと手を差し伸べられる…スズ子とりつ子はそんな絶妙な距離感にいるのだろう。二人の関係を心底羨ましく思うのと同時に、我々もその大胆さを見習いたいものである。

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