タレントで元SKE48矢方美紀が乳がんを公表したのは昨年4月のことだった。当時25歳だった矢方は左乳房全摘出とリンパ節切除手術、抗がん剤治療、放射線治療を経て、現在もホルモン療法を続けながらタレント活動を行っている。

そんな矢方が16日(水)に都内で行われたトークセミナー「がんと共に生きるためのアピアランスセミナー」に出席した。FWD富士生命主催の同トークセミナーは、がん治療中のアピアランス(見た目)の悩みとその克服方法について語る内容。矢方も手術後、抗がん剤の影響で、脱毛やむくみなど見た目の変化に悩まされたという。

一時は電車に乗っても他人に顔を見られづらい車両の端に立つなど、人目を避けるように生活していた彼女を変えたのは、医療用ウィッグなど、がん患者向けの美容サービスとの出会いだった。カラーウィッグを身に着け、「今日はコスプレをしていると思えばいいと、プラスにとらえて楽しんでいました」と次第にポジティブな自分を取り戻した矢方。がん発覚からの1年と10ヶ月をこう振り返った。

「自分の人生は1回限り。病気が全てでこの人生を終えたくないんです。仕事もしたり好きなことをしたり女の子なのでオシャレもしたいと思っているので、日々の治療の中でも病人として見られないように過ごしてきました。現在は大きな治療を終えましたが、ホルモン療法は9年間続きます。大変なこともあると思いますが、これからも自分の体験をお伝えしていきたいと思っています。人生を諦めてないので、いろんな挑戦をしていきたいです」

トークショー終了後、彼女に直接話を聞いた。


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──昨年4月、矢方さんの乳がん公表された時、その事実もさることながら25歳という若さに驚きの声が上がりました。

矢方 私もまさか自分がなるとは思ってなかったんです。2017年までSKE48というグループに在籍していたんですが、その頃、周りにそんな大きな病気をする子もいなかったので。がんかも?ってなった時点で、「長くは生きられないのかなぁ」って思いました。若い子は早く亡くなってしまうという話も聞いていたので。どうなるんだろうって不安しかなくて。ちょうどグループを卒業して1年経って、さぁ、名古屋でいろいろ頑張ろうというときだったんですが、この先、お仕事もできないのではないかなって思っていました。

──そもそも矢方さんが病院に行こうと思ったのは、セルフチェック(自己検診)がきっかけだったとお聞きしました。

矢方 セルフチェックをしていなかったら、あの時、気付けてなかったと思うんです。そうなるともしかしたら病気が進行していたのかなと思います。

──それ故に矢方さんはセルフチェックの重要性を繰り返し発信されています。

矢方 乳がんの検診に行くのは40歳以上からと国で定められているのでそれに従った方がいいと思うんです。
でもじゃあ、若い人はどうすればいいのかっていうと、月に1回、自分で検診する日を作ってセルフチェックするのがいいと思うんです。セルフチェックのやり方が分からないっていう方には、今はすごく丁寧に書いているサイトや解説してくれる映像もあるので。少しでも興味を持って調べることが異変に気づくきっかけになるので、ぜひInstagramやTwitterでも乳がんの情報を検索してほしいですね。

──矢方さんは病気を公表されてから、積極的に治療のストレスや悩みを発信されてきました。ただ、公表したことで中にはネガティブな反応が返ってくることもあると思うんです。それでも公表しようと思った理由はなんでしょう?

矢方 最初は公表するつもりはなかったんです。きっかけは噂というか……SNSで「(矢方は)こういう病気じゃないか」って書かれていたのが嫌で。本当は違うのに、なぜかその違う話がどんどん膨らんでいっちゃって。仕事現場で会った方にも「心の病なの?」って言われたこともあって。ちゃんと自分で真実を言わないと、間違った情報がどんどん大きくなっちゃうのかなって思ったんです。

──自分の口で正しい情報を伝えたかったと。

矢方 あとは、自分ががんになっていろいろ検索したんですけど、私の世代でがんになった方の経験談がほとんど出てこなかったんです。
年齢が遠い方の事例はあったんですけど。だから何が正しくて何が正しくないのか、どうすればいいのかが分からなかったんです。そんな時にNHKさんと出会って、「今、若い人ががんになるケースも多いけど、若い人が発信している情報がほとんどない。矢方さんが情報を発信することは大事だと思うんです」という話をいただいたんです。でも、発信すると言っても私自身、知識もないですし、「今のところ病気になったということしか分からないですけど、どうしたらいいですか?」って話をしたら、「その(知識をつけていく)過程も情報になると思うので、治療が始まる前から自撮り日記という形で残していきましょう」「悩んだことや、これが分からないっていうことをピックアップして矢方さんも一緒に知っていきましょう」と。

──学んでいく過程も重要だと。

矢方 最初は私も知らないことがプレッシャーだったんですけど、知識を得ていくうちに、知っているか知らないかで不安の度合いも変わるし、病気じゃない方が番組を観て、「がんとはこういう病気なのか」「患者さんはこういうところで悩んでいるのか」ということを知ってもらえる機会につながるんじゃないかなって思ったんです。

──矢方さんの情報発信は、治療の悩みの部分だけではなく、ポジティブな一面にも光を当てているように感じられます。

矢方 がんの闘病と聞くと、治療がすべてのように思われがちですが、仕事もできると分かったので、仕事をしている姿も発信すれば、あくまでも一つの例ですが、こういう人もいるんだって思ってもらえるのかなって。自分が発信することで、「がんの人=元気じゃない」、「がん=すぐに死んでしまう病気」ではない、違った一面も伝えられたのかなって思います。

──抗がん剤の薬「ドセタキセル」を「ドセ様」と呼んだり、暗いイメージを明るくしようという考えはあったんですか?

矢方 「ドセ様」という言葉も私の発信ではなくて、SNSにコミュニティがあるんです。乳がんや若年性の女性特有の病気になった人たちが語り合う場があって。
抗がん剤はしんどいけど、お互い治療をしている人たちがそれを少しでもポジティブにしようと薬の名前をモジッたりしているんです。自虐じゃないですけど「今日、めっちゃハゲているんだけどー」ってコメントがあったりして、治療をしている人だからこそ分かり合えるというか。

──同じ経験をしている方同士のコミュニティならではですね。

矢方 抗がん剤治療をしている人でも、始めたばかりの人と、何年か経った人もいて、経験者の話はすごく安心できるんです。例えば、治療中の人は髪の毛が抜けていくし、この先どうなるかも分からないけど、治療を終えた方から「大丈夫、すぐ生えるから」って言われると、あまり気にしなくてもいいのかなって思えたり。私自身、この1年で乳がんの患者さんや、ほかのがんの患者さんにお会いできたんですけど、無理をせずすごく明るく振る舞っていて。自分の寿命が分かったことがきっかけなのか、今、生きていることの幸せをすごく感じているというか。もちろん、病気にはなるべくなりたくないし、しんどいし嫌なんですけど、病気になったからこそ感じられた絆もあるんです。そういう方に出会えたことってすごいことだよねって思います。

──先ほどのトークショーでは脱毛やむくみ、ホットフラッシュについてお話をされていましたが、治療中、食事面に変化はありましたか?

矢方 乳がんは消化器系に関してダメージがないので、食べ物の制限はないんです。でも抗がん剤治療をすると、食べ物の味覚が変わったりしてしまうので、人によっては今まで食べられたものが食べられなくなったりもあります。あとはむくみやすくなってしまうので、少しでも食べると太っちゃうから食べないという人もいますね。


──矢方さんが実際に食べられなくなったものはありますか?

矢方 当時はコーヒーが飲めなかったですし、お肉はもってのほかで。あと味の濃い名古屋めしも食べても味がわからないんですよ。不味く感じてしまうんです。それまではカップ焼きそばもよく食べていたんですけど、ある日、家で食べたら美味しくなくて……それまで大好きだったので「え!?」って絶望しました。

──逆に食べたくなったのは?

矢方 かき氷やゼリー飲料のような冷たくて味も臭いも気にならないもの。あとはうどんとかですね。治療中はダイエットもできないので、なるべく食べないようにしていたんですけど、それでもむくむので太ったように見られるんです。それはストレスでしたね。

──闘病中のダイエットやおしゃれにはまだそれほどスポットライトが当てられていないのではないかと思います。トークショーでは医療用ウィッグとそれ以外のウィッグの作りの違いも話題になっていました。

矢方 そうですね。医療用以外のものはほとんどが化学繊維なんです。
光沢も不自然なところがあって、裏のネットも化学繊維なので、肌にあたる部分がヒリヒリするんです。医療用ウィッグは人毛で作られていて、光沢も自然で夏の暑い日でもかぶれるよう通気性もよくなっています。治療をしている人はほぼ毎日使うので使い心地も考えられているんです。また、ウィッグも、人によって頭のサイズや顔の形が違うので、合う合わないがあって、付け方によってはウィッグだってすぐに分かってしまうんです。私は、抗がん剤を使っているからウィッグをしているんだって思われたくなくて、なるべく自毛に見えるような工夫をしていました。元々ファッションが好きだったので、今日の服装だったらロングのウィッグが似合うかなって日によって変えたりして。治療中、体調が優れなくて常にモチベーションがいいわけではなかったので、自分の好きなものを身に着けて、モチベーションを調整したところもあります。

──最近のプライベートの話もお聞きしたいのですが、以前インタビューで、片思いの男性について書かれていましたが。その後の進展は?

矢方 かなり前のインタビューですよね。進展はなにもないですよ(笑)。一人暮しは継続中です。

──将来的には結婚について考えたりは?

矢方 結婚はしたいですけど、自分は病気をしているので受け入れられるのかなっていう部分は悩みです。治療中は妊娠できないというのもあります。治療が終わるか、一旦、休止するかしか方法はないんです。でも、休止をするとその間薬を飲んでいないので、再発してしまわないかという不安もある。中には治療前に卵子凍結を選択される方もいらっしゃるんですが、私はその選択はしていないので。私の場合は残り約9年間の治療が終わってその後に生理が来るか来ないか、それは人によるんです。そういう不安も長く感じないといけないんですが、治療後に妊娠できる確率は0%ではないので。

──病気の前後で人生に対する考え方も大きく変化したことと思います。

矢方 人生について考えることは増えましたね。病気が分かるまでは、自分は死なないって、このまま何の病気もなく不死身だって思っていたんです。でも、実際がんになって、大丈夫っていう保証はどこにもないんだなっていうことを知りました。当時は、「がん=死」というイメージがあったので、それに自分がなってしまったという事実を受け入れることができなかったんです。まだやりたいことがあるし死にたくないと思ったんです。でも、この1年、治療をしたり、人と会って話したりして、人って生まれたら死ぬものだなって思ったんです。それからは、来年もし「あと余命1カ月です」って言われたら、「あの子あと1カ月しか生きられないんだ、かわいそう」って思われるよりは、その1カ月を後悔ないように楽しく生きた方がいいんじゃないかって思うようになりました。今までは若くして死にたくないしやりたいことをやりたいって思っていたんですけど、やりたいことって人によって違うし、それぞれの人生において出会う人も違う。私には、私にしかできない素敵な出会いがこの1年であって、その中で感じることもたくさんあったので、それでいいかなって思ったんです。

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現在は名古屋の養成所でレッスンを受けながら、夢である声優を目指しており、2021年度はアニメ『シキザクラ』(中京テレビ)への出演も決定している。

「今は顔を見て“矢方さん”と言ってもらえるけど、声だけでも“矢方さん”と言ってもらえるようになりたいんです」

アイドル時代、持ち前の明るさで楽屋を笑いに包んできた矢方美紀。卒業後、新たに見つけたその夢に、あの頃と変わらぬ笑顔で突き進んでいる。
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