アイドルは時代の鏡、その時代にもっとも愛されたものが頂点に立ち、頂点に立った者もまた、時代の大きなうねりに翻弄されながら物語を紡いでいく。
に関するニュース">モーニング娘。の歴史を日本の歴史と重ね合わせながら振り返る。『月刊エンタメ』の人気連載を出張公開。20回目は2015年のお話。
モーニング娘。というフィルター越しに時代を追っていると、同年代より少し早く社会に飛び出した彼女たちの感覚はそのまま、数年先の社会変化と不思議に一致していたことに気づく瞬間がある。


例えば東日本大震災で世の人生観が激変する直前、「自分を大事に生きたい」と卒業を決めた6期メンバー・亀井絵里の行動がそうであったし、2014年のグループ卒業後に約2年の活動休止期間を設けた6期メンバー・道重さゆみの選択も、それは「働き方改革」という言葉が出現する、ほんの少し前の出来事だった。

そして2015年10月29日。この日9期メンバー・鞘師里保がファンに伝えた決断も、今思えばごく自然に数年先の日本の未来と重なっていたように思う。

「皆様にお伝えしなければいけないことがあります。私、鞘師里保は、今年の12月31日をもってモーニング娘。を卒業します」(※1)

17歳7カ月での自立。
それはこの国で18歳選挙権がついに実現し、そして18歳への成年年齢引き下げも検討され始めた、そんなタイミングで現実となっていた。

幼かったはずの鞘師里保は、いつから自立への階段を駆け上がっていたのだろうか。後に本人が発表した手記によると、12歳での加入からずっと「何に集中したらいいのか分からなかったけど、がむしゃら」(※2)だった日々に、少し余裕が出てきたのが、2014年の春頃だったという。彼女は同時期、ちょうど中学を卒業して高校生になっている。

「高校に入ってから自分の時間を持てるようになり、義務教育から離れてモーニング娘。中心に動けるようになったので、ネットでいろいろな動画を観たり、マドンナってこういうふうに踊るのかと真似してみようと思ったり」「2014年から自分のやりたいダンス、やりたいことを少しずつ出せるようになったなという感じがします」(鞘師里保)(※2)

そしてこのとき生まれていた小さな自我の芽は、2014年秋にグループのニューヨーク公演で訪れたアメリカで、彼女の心を大きく揺さぶることになる。


まるで映画のように美しく広がる街並みや、日本では絶対にできない演出に挑戦する、本場のブロードウェイミュージカル。16歳になった彼女はこのとき「世界には無限の刺激や可能性が待っている」ということを、自分が心から愛するエンターテインメントの輝きを通じて、初めて実感していたのだ。

「そこで吸収できたものが私にはすごく大きかった」「家で動画を観るだけではなくて、それを海外で直接勉強できたら今の自分がもっと変われるんじゃないかなという気持ちになっていきました」(鞘師里保)(※2)

ただ、彼女の心の中には同時に守らねばいけないものも存在していた。それは精神的支柱であった道重さゆみが抜け、新たに12期メンバー(尾形春水野中美希牧野真莉愛羽賀朱音)が加入したばかりのモーニング娘。である。

しかも唯一の先輩だった道重が卒業したことで、代わりに現役の在籍最長メンバーとなった9期にはこれから、モーニング娘。
をトップで先導しなくてはならないという重大な責務が待ち受けていた。

だからこそあのときの鞘師里保は、一度は自我に蓋をして、持ちうる全てをモーニング娘。に捧げようとしたのだ。

「私にできることは、ステージで頑張っているのを見てもらうこと」(鞘師里保)(※2)

彼女は2015年春に行われた9~12期メンバーだけでの初ツアー(「モーニング娘。’15 コンサートツアー春~GRADATION」)において、まるでグループに降りかかる悲観を跳ね除けるように、センターポジションで力強く歌い踊り続けた。やがてその姿は言葉無くとも後輩たちに大きな勇気と学びを与え、若いグループのパフォーマンスは、さらに新しい進化を遂げていく。


そして迎えたツアーファイナルの日本武道館。初日公演では不安の涙も見せていた新生モーニング娘。が、千秋楽では見事なパフォーマンスで、満員の会場を熱狂させることができた。

「本当に楽しいライブができたんです」(鞘師里保)(※2)

緊張と不安を乗り越え、大きな達成感を得たという鞘師。するとステージを降りて1人になった彼女に、もう一度、自我は問いかけ始める。

本当はステージよりもっと広いはずのこの世界。
しかし歌うことや踊ること以外に何も知らないままの自分には、この先一体何が残せるのだろうか。

「社会のメンバーとして役割を果たせる大人になりたい」(鞘師里保)(※3)

2015年春ツアー千秋楽の翌日、彼女は誕生日を迎え、17歳になっていた。

2015年末、鞘師里保の卒業に合わせてリリースされたモーニング娘。の60枚目シングル作品『冷たい風と片思い』は、こんな歌詞から物語が始まっている。

「目を見られると心まで見られるようで 知らない間に前髪がね 長くなっていった」

前年までグループの総合プロデューサーを務めていたつんく♂が手がけたこの歌詞は、鞘師曰く、実話なのだという。加入したばかりの自分は本当に子供で、褒められたいといつも強がっていた。しかし悩みがあると、弱さを隠そうとつい無意識にうつむき、目が前髪に隠れてしまう。そんな彼女のクセをつんく♂だけは早くから見抜いていたのだ。

「私はいろいろなことを器用にこなせないのに、できるっぽく見せているところがあります。初対面の人には『鞘師は、できる子』みたいな印象を持っている人が多いと自分では思っていたんですが、いろいろ記憶を遡っていくと、つんく♂さんには頻繁に会っていないのに、やっぱりバレていた」(鞘師里保)(※2)

しかし、モーニング娘。として過ごした5年の日々と決断を経て、最後にこのメッセージソングを歌うモーニング娘。の鞘師里保の表情は、どんなステージよりも美しく、希望に溢れていた。

沢山の思い出と愛情に支えられて若き彼女がたどり着いた、悔いなき眼差し。

その眩しさは、10代の心はもう充分に自立の扉を開く準備ができているのだと、若さを理由にその意思を縛り付けることはもうナンセンスな時代になるのだと、やはり社会の動きよりも少し早く、見守る私たちにそっと教えてくれていた。

※1「Ameba モーニング娘。Q期オフィシャルブログ」(2015年10月29日)
※2『17歳の決断』(鞘師里保著/オデッセー出版)
※3『モーニング娘。20周年オフィシャルブック』(ワニブックス)