【写真】のぶの“婚約相手”となった次郎(中島歩)ほか、『あんぱん』第8週
その魅力の一因は、のぶの父・結太郎(加瀬亮)と重なる“人となり”にある。例えば、のぶの心を射止めた「のぶさんは足が速いき、すぐ追いつきます」という言葉。これは「夢が見つからない」と嘆いた幼い頃ののぶに、結太郎がかけた言葉と偶然にもまったく同じだった。
さらに、次郎が語った「戦争が終わったときのことを見越して、今のうちから夢を持つがです」という考えも、「おなごも大志を抱け」という結太郎の言葉と重なる。次郎の、目の前の現実だけでなく未来に目を向ける姿勢や、相手の心に寄り添う優しさ、手紙から伝わる端正な筆跡に至るまで、随所に結太郎の面影が感じられるのだ。のぶが次郎に父の姿を重ねてしまうのも無理はない。
のぶはきっと、結婚という形を取らずとも、自立した人生をたくましく歩んでいける人だ。これまで幾度となくお見合い話を断ってきたのも、彼女の芯の強さゆえだろう。そんなのぶが次郎に会ってみようと思えた理由の一つは、次郎が父と面識があったことにある。のぶにとって、父の存在は人生の道しるべであり、次郎を通してまだ知らない父の一面に触れたいという思いがあったのかもしれない。
思い返せば、のぶは幼い頃から父を心から慕っていた。
ところが次郎には、「本当は辛い」と心の内を打ち明けることができた。朝田家の長女として、子どもたちの教師として、そして“愛国の鑑”と讃えられる存在として、のぶはいつの間にか多くの役割と責任を背負ってしまっていた。その重みに押し潰されそうなのぶの心を、次郎は「荷物を降ろす準備をしませんか」とそっと和らげてくれたのだ。
第1回でのぶが父を迎えに駅まで走った姿と、第40回で次郎を追いかけて駅に走る姿は、列車の汽笛とともに見事にシンクロして見えた。息を切らしながら駆けつけ、「こんな私でよかったら、よろしゅうお願いいたします」と伝えるのぶの瞳には、久しぶりに光が宿っていたように思う。
だが、のぶがどれほど父の面影を次郎に重ねていたとしても、次郎は父そのものではない。そのことに気づいたとき、のぶは何を思うのだろうか。そして私たち視聴者は、のぶが将来、嵩(北村匠海)と結ばれることを知ってしまっている。
「戦争はいいヤツから死んでいく」と口にしていたヤムおじさん(阿部サダヲ)の言葉が、また現実になってしまうのだろうか。次郎との婚約を心から祝福しながらも、その幸せが長く続かないことを予感せずにはいられない。そんな複雑な思いが交錯する第8週だった。
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