【写真】『マーヴィーラン 伝説の勇者』場面カット【6枚】
海外作品からの影響を色濃く受けた新鋭監督、マドーン・アシュヴィンによる長編第2作。前作『マンデラ』(2021)では、社会風刺コメディとして数々の映画賞に輝いたが、今作『マーヴィーラン』でもその鋭い社会意識は健在だ。本稿では、マドーン監督へのインタビュー内容も交えながら、本作の魅力とその裏側に迫る。
物語の着想は、ウィル・フェレル主演の『主人公は僕だった』(2006)と、ロシア映画『The Fool』(2014)にあり、さらにさまざまな海外作品へのリスペクトを込めつつ、南インド固有の社会課題を融合させた構成となっている。
主人公サティヤは、劇中でも「気弱」「臆病」と評される人物だ。彼は無謀に立ち向かうことや、暴力による解決を正義とは捉えていない。しかし、自身が描いていた新聞漫画「マーヴィーラン」が“憑依”することで、意図せず暴力によって障害を突破するようになり、葛藤のなかで自らの正義に目覚めていく。
この構造自体が風刺的であり、きれいごとでは変えられない現実、暴力すら求められる理不尽な社会の姿を浮き彫りにする。マドーン監督は暴力を肯定しているわけではないが、「現実に存在する構造的不正義を前に、時として“拳”が必要になる」と語る。
なお、劇中では明らかに複数のチンピラが死亡しているような描写があるが、監督いわく「誰も死んでいない」とのこと。これは観客の倫理観を逆撫でする、監督らしいひとつの“トリック”とも言えそうだ。
サティヤの性格形成に大きな影響を与えているのが、活動家だった父の存在である。彼は目の前で殺され、その出来事がトラウマとなり、サティヤは争いを避けるようになった。父の過去について監督に尋ねると、「その物語は現在執筆中の続編で描くつもり」との答えが返ってきた。正式発表はされていないものの、これは小さなスクープといえるかもしれない。
サティヤを演じたシヴァカールティケーヤンは、アクション映画ではお馴染みのスター。それなのに気弱な役を演じているというのが全体的なギャグとなっているわけだが、今作の出演者は、ほとんどオーディションで決められている。インド映画業界では、キャスティングの在り方が、ここ数年で劇的に変化してきていて、そのことについても聞いてみた。
たとえばラージ役のモニシャー・ブレシーは本作が本格的な映画デビュー作となるが、実は『マンデラ』にノンクレジットの子役として出演していた。今回はSNSを通じたオーディションで抜擢されたという。
モニシャーといえばAmazonプライムドラマの『運命の螺旋』シーズン2も記憶に新しく、どちらかというとテレビ俳優としてのイメージが強いが、これからはテレビや映画に関係なく、演技力とカリスマ性が重宝される時代に突入した。またその一方で、ニラー役のアディティ・シャンカルのように、親の七光りと批判されてきた俳優たちも、自力で役を手にするために奮闘するという摩擦も生まれている。今後、より質の高いものが増えていく兆しもこの作品からは強く感じた。
▽ストーリー
人一倍負けん気の強い母の起こす騒動を収めるのに必死の毎日。そんなある日、住居のある地域一帯が開発対象となり、立ち退きを余儀なくされてしまう。新たな住処として提供された高層マンションに浮かれる一家だったが、そこは悪徳政治家ジェヤコディ一派が仕切る手抜き工事の元に建てられた「欠陥住宅」だった!サティヤは意を決して彼らに立ち向かうが、すげなく返り討ちに遭ってしまう。自らが描き続ける「マーヴィーラン=偉大な勇者」と己のギャップに、絶望の淵を覗き込んだその後―――奇跡的に生還したサティヤの耳元で、勇壮な「声」が鳴り響くようになる。
▽作品情報
監督・脚本:マドーン・アシュヴィン
出演: シヴァカールティケーヤン、アディティ・シャンカル、ミシュキン、スニール、ヨーギ・バーブ、モニシャー・ブレシーほか
2023/インド/タミル語/カラー/161分
字幕翻訳:藤井美佳/字幕監修:小尾淳
配給:ファインフィルムズ
7 月 11 日(金)より新宿ピカデリー他全国ロードショー