SKE48AKB48木﨑ゆりあが、3rd写真集『アップデート中』(扶桑社)を発売した。ベトナム・ハノイで撮影したという同作は、タイトルも自身の案という力作だ。
その写真集について語ってもらうとともに、20代の10年についても振り返ってもらった。

【写真】9年ぶりに写真集を発売する木﨑ゆりあの撮り下ろしカット【8点】

――写真集の帯に書いてあるブラックマヨネーズ小杉竜一さんのコメントが目立ちますね。

木﨑 「ゆりあちゃんやー!」って書いてくれています(笑)。

――かつて放送されていたSKE48の番組内で、小杉さんが興奮のあまり発した絶叫ですね。

木﨑 今でもファンの方の心に残っている言葉を残してくれた小杉さんに感謝です。「あの頃よりドキドキさせられてるやん」とも書いてくれました(笑)。

――3rd写真集の舞台はベトナムですね。

木﨑 ハノイで撮影しました。過ごしやすくて、きれいな街でした。すごかったのが、街を走る無数のバイクです! 写真集にも載っているんですけど、道を渡れないくらいのバイクの数で。初日は渡れなかったけど、3日目には慣れてきて、「はい、いきましょー」って普通に撮っていました。

――楽しかった思い出は?

木﨑 食べ物が美味しかったです。
これまでは偏食だったので、海外で食べ物を美味しいと感じたのは初めてでした。フォーを食べたら美味しすぎて! そのお店が東京にも進出していて、帰国してからも入山杏奈ちゃんと食べに行っちゃいました。

――写真集は9年ぶりなんですね。

木﨑 そうなんです。水着の撮影も9年ぶりで。アイドルを卒業してからNGにしていたんです。事務所的にもそうだったし、自分としても女優一本でやっていく意向だったから、グラビアを撮ってもらう考えがなくて。だから、撮影が始まるときはさすがに緊張しました。

――30歳を記念しての写真集です。

木﨑 この写真集は、30歳の記念に何かしようというところから始まりました。前の写真集から9年も経っているし、せっかくなので30歳の木﨑ゆりあを収めようという案が出て、撮影することになりました。でも、やってよかったなと思いました。
2nd写真集を見返すと、無理して大人の表情を作っている感じがして。今回は無理することなく、自然に撮影していただけました。

――タイトルはどうやって決まったんですか?

木﨑 チャッピー(ChatGPT)です! 自分でいろいろ考えてから、「こんな感じで考えたんだけど、案を出して」ってお願いしたら、いくつか候補が出てきて。その中から選びました。会議では自分が考えたかのように「こんなのどうですかね?」って、しれっと出したら通りました(笑)。

自分的にはピッタリだと思います。新しい自分も見せたいけど、過去を消したいわけじゃなくて。以前の私が好きだった人もいるだろうけど、私からしたら今の自分を好きでいたいから。

――撮影に向けての準備は?

木﨑 あまりしませんでした。今の姿を詰め込みたかったので。前作とは体形が違うと思います。今はもう踊っていないから、体に柔らかさがあります。
撮影中にビールも飲んでいますし(笑)。

――それにしても30歳になったことに驚きです。

木﨑 自分でも思います。実家に帰ると、父から「ゆりが30⁉」って毎回言われます。誰も想像できなかったですよね。13歳からこの世界にいるから。アイドルを卒業したのが21歳でした。

30歳になって思うことは、全然おばさんじゃない(笑)。10代の頃は、母に年齢が近いから、30代って大人の女性というイメージだったけど、感覚的には10代の頃と何も変わらないんです。変わったところはいっぱいありますけど。

――どんなところが変わりました?

木﨑 疲れやすくなりました。階段は基本避けて、エレベーターを探します(笑)。
焼肉も2日連続は無理かも。20歳の頃はメンバーと毎日焼肉でした。しかも深夜に(笑)。あのときは体を動かしていたからそれでも平気だったんです。

――20代はどんな10年でしたか?

木﨑 マイナスな意味ではなく、苦しい20代でした。休業もしましたし、事務所移籍もありましたし、女優として伸び悩んでいると感じたこともありました。女優一本で生きていくことに不安しかない10年間でした。

でも、30歳を迎えて自分を認められるようになりました。20代で感じた苦しみを経て、人間味が増したなと思います。人として成長できたんじゃないかな。

お芝居への向き合い方も変わりました。今も変わらず、お芝居一本で生きていきたいと思えているので、そんな環境を整えてくれる周りへの感謝も強くあります。


――20代って前半と後半で違うと思いますが、いかがですか?

木﨑 役者として20代前半は焦っていました。なぜかというと、たとえば学園ドラマのオーディションを受けるときの年齢制限が22~23歳なんですね。合格したら10代の子と並ぶことになるのもつらいし、20代後半になると高校生役ができなくなるつらさもありました。

私、23歳でドラマ『ラーメン大好き小泉さん』(フジテレビ系)に学生役で出演させていただいたんです。そのときに制服を着はしたんですけど、10代の頃とは感覚が違ってたことに気がつきました。いわゆる学園ものに出たいという感覚がなくなっていて、「自分はもう大人なんだな」と実感しました。

――精神的に落ち着いてくる年齢ではありますね。

木﨑 私の場合、一番つらかったのは25歳でした。やっぱり休業が大きかったです。いろんなことが重なっての休業でした。その後、復活できたから、それもアップデート中ということでよかったんじゃないかな(笑)。

――プライベートでアップデートしたいことはありますか?

木﨑 30歳を過ぎると、周りのみんなが結婚したり、子どもを産んだりしていて、親に恩返しをするようになっているんです。
私はウェディングドレス姿も孫の顔も親に見せられていないから、何か恩返しはしたいと思っています。でも、箱入り娘として甘やかされて育っているので。いまだにおばあちゃんからお年玉をもらうし、誕生日プレゼントを買ってもらっているし(笑)。もちろん敬老の日や母の日には私がプレゼントを渡しますよ。でも、その100倍で返ってくるんです。

――古巣への恩返しがあってもいいかもしれないですね。

木﨑 その気持ちは私の中にずっとあります。去年の秋、SKE48のキャプテン・松本慈子ちゃんと会ったんです。いろいろおしゃべりしている中で、「SKE48をどうにかしたいんです」って言うから、いろいろとアドバイスをさせてもらいました。「やってくれそうな卒業生にプロデュースしてもらうとかどう?」って。そうしたら、以前のファンの方が現場に戻ってくると思うんです。私も助けになることがあれば、してみたいです。SKE48は今年で18年目。20周年に向けて盛り上がるのをお手伝いしたいです。今のメンバーに興味があるし、自分の原点なので。

――去年12月、AKB48はOG参加のコンサートを開催しましたが、それには……。

木﨑 出てないんです。舞台中だったので。行きたかったなぁ(笑)。

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