JCOM株式会社(J:COM)は、2024年7月よりカスタマーセンターをはじめとする顧客対応現場にGoogleの「Gemini」や「Google Cloud」を活用した内製AIツール「JAICO」を導入している。9月1日に開催された記者向けの説明会において、その取り組みと成果、今後の展開について紹介した。


説明会では、JAICOの開発支援を行ったアクセンチュア株式会社やグーグル・クラウド・ジャパン合同会社の担当者も登壇し、同ツールの技術基盤などについて解説した。ここでは、その説明会の様子をレポートする。

生成AIが業務時間やコストの削減に貢献

説明会では、まずJ:COMの上席執行役員 CX・マーケティング部門 部門長の野橋亜弓氏が登壇し、同社の生成AI取り組みの現状について説明した。

J:COMは現在、テレビやインターネット、電話、電気、ガスなどのサービスを提供する「ケーブル・プラットフォーム事業」、専門チャンネルやコミュニティチャンネルの運営、映像配信などを行う「メディア・エンタテインメント事業」、企業や自治体などを対象にした「ソリューション事業」の3つの領域をメインに展開している。

会社全体で550万世帯の顧客情報や年間600万の通話ログを持つほか、提供しているアプリのダウンロードは400万にもおよぶ。これらの膨大なデータをカスタマーセンターの活動やマーケティングの活動、商品開発、技術研究などに活かすため、同社では生成AIの活用を積極的に推進している。

なかでもその取り組みが進んでいるのが「カスタマーセンター」の領域だ。同社のカスタマーリレーション戦略部 部長の荒井平八郎氏によれば、J:COMでは昨年7月に内製AIツール「JAICO」をカスタマーセンターに実装済み。現在、全国で1,000名以上のオペレーターが活用しており、毎月20万以上の要約データが生成・蓄積されている。時間に換算すると月間1,500時間ほど効率化が図れており、人員約10名分のコストも削減できているという。

JAICOの名称は、「“J”COMが“AI”を利用してお客様とより良い“CO”ミュニケーションを実現する」という意味が込められているとのこと。その名の通り、同ツールは顧客理解を深めて迅速かつ正確に「お客様の困りごと」を解決するために開発された。


おもな機能は、複数のシステムに点在する顧客の情報や直近の接点を要約して、応対の際に把握しておくべき概要やスタンスを確認できるようにする「お客様情報レコメンド」、顧客との会話の内容から問い合わせの意図を識別し、オペレーターが次に取るべき応対方針や関連するナレッジ情報を提供する「ナレッジ レコメンド」、顧客の満足度や応対品質を定量評価する「お客様満足度/応対品質評価」、応対内容を要約したログを生成して分析データとして扱いやすい形で蓄積する「通話履歴要約」など。

これらのうち「お客様満足度/応対品質評価」はリアルタイムでオペレーターにもフィードバックされるため、あまり厳しくしすぎてそのモチベーションを下げたりしないよう評価基準を適宜調整しているとのこと。

また「通話履歴要約」は、音声からのテキストログを元にGoogleの生成AI「Gemini」を活用して要約しているという。プロンプトは、顧客の要望に対してオペレーターがどのような対応を行なったかという「対応概要」や、その「要望の解決状況」、「要望の背景」、「オペレーターの対応」、会話内容から顧客が困っている様子や不満を持っている様子などを分析する「感情分析」などの項目が設定されている。

荒井氏によると、項目に「感情分析」を加えたことで応対前後の顧客の感情を可視化することができたのがポイントとのこと。その精度は高く、品質担当者による検証結果とも8割ほどが一致していたそう。同社ではこのレベルなら品質領域でも十分活用できると捉えており、次なるステップとして対応後の顧客のポジティブな評価や顧客視点での解決率、顧客満足度などを高めるため取り組みを強化しているという。

野橋氏によると、これまでVoC(お客様の声)という顧客にいちばん近い部分から生成AIの活用を進めてきたが、今後はJ:COMのバリューチェーン全体への展開を進めていく予定で、「技術担当がお客様のところにうかがったときにトラブルを未然に回避するようなプロアクティブなサポートや、年配のお客様が番組を探すときにアバターやデジタルヒューマンが音声でアシストするようなUIなど、リアル・デジタルのハイブリッドでお客様体験を磨き上げて“あたらしいがあたりまえ”になるような機能の実装に向けて取り組んでいきたい」と抱負を語った。

○試行錯誤を繰り返しチューニングしてAIの精度を高める

こうしたJAICOの立案から開発、実装までを一気通貫で提供したのがアクセンチュア株式会社だ。同社のテクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクター 脇坂龍峰氏によると、JAICOはもともとJ:COMで使用していた顧客対応支援システム「Hook-Row」に組み込む形で実装。オペレーターの使いやすさを考慮し、既存の画面の中にタブを設けて「お客様情報レコメンド」や「対応アクション レコメンド」、「通話内容要約」などの機能を集約し、分かりやすく親しみやすい画面に仕上げているそうだ。

ただしバックエンドに関してはAPIを新設しており、Google Cloudが提供するデータウェアハウス「BigQuery」や統合型AI開発プラットフォーム「Vertex AI」、生成AIモデル「Gemini Pro」と連携して顧客情報の活用やナレッジ レコメンドなどを行なう仕組みになっている。


生成AIを活用するにあたっては、複雑で高度な指示をするためプロンプトが長文になると思ったような回答が出にくかったり、データが不足していると生成AIが勝手にデータを補完して事実に沿わない回答をするハルシネーションが発生したりといった苦労があったという。

それに対しては、長文のプロンプトを分割して指示を端的かつ明確な内容にする、インプットデータをAIが処理しやすい形式に変更するなどのチューニングを実施。またナレッジ レコメンドの際になかなか意図したナレッジ記事が引き当たらないという問題に対しては、関連キーワードを追加でインプットし、会話の中で出てこないワードでも記事が的確に引き当てられるよう教え込んで精度を高めてきたそうだ。

開発の際は、アクセンチュアが支援しつつ、J:COMの内製のDevOpsチームが開発を行うことで迅速に業務利用まで実現することができたとのこと。 脇坂氏は「JAICOの実装により顧客価値の理解や解像度を上げられたのが大きな成果。今後はさらなるAI・データ活用によってより高度な顧客体験に繋げていきたい」と語った。

最後は、Google Cloud データアナリティクス ソリューションリード 高村哲貴氏が登壇し、Google CloudがJAICOをどのように支えているかについて説明した。

高村氏は「Google CloudはAI最適化プラットフォームというコンセプトで非常に多くのレイヤー、フルスタックでお客様を支援しているのが大きな特徴。AIインフラとしてはTPU、データプラットフォームとしてBigQuery、モデルとしてGemini、AIプラットフォームとしてVertex AIなどの形で代表的なソリューションを持っており、それらを組み合わせながらAIエージェントを実現していくことができる。JAICOは、まさにその好例」と指摘。

続けて、「自社のデータを理解したエージェントを実現するには生成AIとデータのシームレスな連携が求められる。Google Cloudの場合は、BigQueryを中心としたAIレディなデータプラットフォームと、データ、AI、分析タスクの自動化を支援する専用エージェントの活用でそれを実現できる」とし、今後もJ:COMやアクセンチュアがAIエージェントを開発してデータ活用により顧客価値を創造していくところを支援していきたいと語った。
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