少子高齢化が進む中、「親が所有していたアパートを相続する」ケースは増えています。特に、昭和後期に建設された木造アパートや鉄骨造マンションは、現在オーナーが70代・80代に差し掛かり、子世代への承継が現実の課題となっています。
しかし、アパート経営の承継は「単なる不動産の相続」とは異なります。そこには入居者、賃貸借契約、修繕義務、金融機関との関係、さらには空室リスクなど、事業としての側面が存在するためです。
本稿では、不動産の専門家の立場から、収益不動産の相続における具体的な注意点を解説します。
賃貸借契約の継続性 - オーナーチェンジは自動的に発生する
アパートを相続すると、既存の入居者との賃貸借契約は自動的に相続人である新オーナーに承継されます。民法第896条及び第605条の2第1項により、相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し、賃貸人が変更されても契約は継続します。また、第605条の3の規定により、入居者の承諾は不要です。
例えば、家賃が毎月振り込まれている銀行口座は、遺産分割が完了し名義変更手続きが済むまで、旧オーナー名義のままとなるケースが多くあります。相続人は速やかに遺産分割・相続登記を終わらせて、直ちに金融機関や管理会社に届け出を行い、入金口座を切り替える必要があります。
【注意点】
・賃料の滞納がある場合もその債権は相続される
・敷金返還債務も承継するため、退去時の敷金精算責任は新オーナーに引き継がれる
・アパートに関連する銀行借入も、一般的に当該相続人が相続するため、元利金の返済義務も引き継ぐ
修繕義務と老朽化リスク
賃貸経営では、建物の維持管理義務がオーナーに課されています。屋根の雨漏り、外壁のひび割れ、給排水管の老朽化などを放置すれば、民法第606条に基づき「賃貸人の修繕義務」として責任を問われることがあります。
特に相続した建物が築30年以上の場合、
・大規模修繕(外壁塗装、防水工事)
・衛生設備やエレベーター等の交換、給排水管
など数百万円単位の費用が突発的に発生することもあります。
親が元気な間は最低限の修繕で済ませていたとしても、次世代では資産価値を維持するために思い切った投資が必要となる場合があります。
急なインカムリスクの可能性
収益不動産の最大の魅力は「家賃収入」という安定的なインカムですが、相続のタイミングでリスクが顕在化します。
例えば、年間家賃収入が1,200万円あっても、空室が3戸増えるだけで数百万円の減収に直結します。税金や水光熱費、借入金返済、大規模修繕費を考慮すると、キャッシュフローが赤字に転落することも珍しくありません。
融資と金融機関対応
アパート経営には金融機関からの借入がセットになっていることが多くあります。オーナーの死亡により、相続人に返済義務が承継される点は見逃せません。
・遺産分割・相続登記を完了し、新オーナーを確定し、銀行口座の凍結解除する
・団体信用生命保険(団信)に加入していれば残債は完済される
・団信未加入や法人名義の場合、相続人または法人代表者が返済を継続する
金融機関は、相続人が複数いる場合に「代表相続人を明確化」することを求めることが少なくありません。曖昧なままでは返済が滞り、延滞扱いになるリスクがあります。
相続税評価と分割の難しさ
収益不動産は、一般的に相続税評価額が時価より低くなるため、相続税対策に有効とされてきました。建物は固定資産税評価額、土地は相続税路線価で評価されるため、実際の取引価格の7割程度に圧縮されることもあります。また収益不動産の場合、土地や家屋に対して借地権割合や借家権割合、小規模宅地等の特例等各種特例があることから、さらに評価額は低くなります。
しかし、相続が発生した際には「誰が承継するか」で揉めやすい資産でもあります。なぜなら、
・アパートを分筆して、各相続人が所有することは、実務上難しい
・複数人で共有にすると意思決定が停滞し、維持管理や売却が進まない
・結果として「相続トラブルの火種」になりやすい。
からです。そのため、遺言や家族信託を活用して、承継者を事前に決めておくことが肝要です。
実務的な承継対策
収益不動産を次世代にスムーズに承継するために、以下の対策が実務的に有効です。
1.賃貸借契約書の整備:口頭契約や古い契約書はトラブルの元。最新の法令に即した書式に更新。
2.修繕計画の策定:現状の建物の劣化状況を調査したうえで、10年単位の長期修繕計画を立て、修繕積立金を準備。
3.管理会社との連携:自主管理が難しければ、信頼できる専門管理会社に委託することで、相続人の負担を軽減。入居者募集にも効果大。
4.承継者の明確化:遺言・家族信託で承継者を定め、なるべく共有を避ける。
5.収益性の検証:不動産投資として採算が取れているかを客観的に分析・確認し、採算性が確保できないのであれば売却も検討。
親から相続したアパート経営の成功例・失敗例
○家族信託によるスムーズな承継
地方都市の鉄骨造アパート(築25年、12戸)。オーナーは自身の認知症リスクを考慮し、家族信託を活用して長男を受託者に指定。
○相続後の空室拡大
東京都内の木造アパート(築35年、8戸)。父の死去後、相続した長男は本業が忙しく、自主管理が困難に。入居者募集やトラブル対応を怠った結果、家賃滞納額も増え、入居率が半分以下に低下。家賃収入が大幅減少し、キャッシュフローも回らず、結局は大幅値引きすることで売却することになった。
アパートの相続は、「賃貸経営という事業」の引継ぎ!
収益不動産の相続は、単なる資産の承継にとどまらず、「賃貸経営という事業」を引き継ぐことを意味します。契約の継続、修繕費の負担、空室リスク、金融機関対応、相続税評価、分割の難しさなど、多くの論点が存在します。
重要なのは、「事前準備」と「承継後の経営力」です。親が健在なうちに管理状況や契約関係を整理し、誰が相続するのかを明確化しておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
不動産の相続は一度きりの経験でありながら、影響は長期に及びます。収益不動産を相続する可能性がある方は、早めに専門家(不動産コンサルタント、税理士、弁護士など)に相談し、最適な事前の相続対策を検討することを強くお勧めします。
佐嘉田 英樹 さかた ひでき アテナ・パートナーズ株式会社 代表取締役。
アテナ・パートナーズ株式会社:https://athena-ptr.co.jp/
アテナ・パートナーズ株式会社は、お客様のニーズや目的を詳細にヒアリングして、物件や市場の調査を行った上で、所有不動産の有効活用、開発、建て替え、リノベーション・用途変更、売却、交換など、多角的・戦略的な企画提案・マネジメントを行う。企画計画から資金調達、テナント誘致、設計、工事、引き渡しまで一貫してプロジェクトをマネジメントすることで、独自のビジネスモデルを展開する。 この著者の記事一覧はこちら