●出演の決め手は「新鮮さ」「女性だけの現場」
佐野広実氏の同名小説を実写化した『連続ドラマW シャドウワーク』(毎週日曜22:00~ ※全5話)が、23日からWOWOWでスタートした。

本作は、ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害に苦しむ妻たちが、人生を狂わされ、絶望の果てで生き延びるために築いた“究極のシスターフッド”を描く社会派ミステリー。
江ノ島と館山を舞台に、「人生を取り戻していく女性たち」と「変死事件を追う女性刑事」という2つの視点で物語が展開する。

主人公の主婦・紀子を演じるのは、多部未華子。長年にわたる夫の暴力により心身をすり減らし、自己を喪失した女性が、ある出会いをきっかけに再び“生きる力”を取り戻していく姿を繊細に体現する。フィクションでありながら、現実にも存在する痛みと向き合う本作で、どのように役と向き合ったのか。社会の“影”に生きる女性を演じた彼女に、作品に込めた思いや撮影現場での手応えを聞いた――。

○作品の重さと対照的だった現場の雰囲気

本作でDV被害者という役どころを演じた多部。出演の決め手として「今まで演じたことのない役柄をオファーされた新鮮さ」と「女性だけの現場」への興味を挙げる。

「悲しい境遇の役というのは、実はあまり経験したことがなかったんです。一見普通の主婦に見える人が、実は壮絶な過去を持っている。そういった物語に触れる機会がこれまでほとんどなかったので、とても新鮮でした。『女性ばかりでお芝居をするってどういう感じなんだろう?』という興味もありましたね」

現場の空気は、作品の重さとは対照的に、驚くほど明るかったという。

「監督が“はじめまして”の方で、重たい現場を想像していたんですけど、真逆でした。
予想外に明るかったです(笑)。寺島しのぶさん、石田ひかりさん、須藤理彩さん…みなさんがムードメーカーで。内容はシリアスだけど、撮影の合間には、家事や育児、そして健康の話から、『どこどこのお店のおかきが美味しいから、明日持ってくるね!』なんていう話までしてました(笑)」

その穏やかな交流が、作品づくりにも良い影響を与えたという。

「しのぶさんが『これってこういうことだよね?』と山田(篤宏)監督に聞いたり、みんなで意見を出し合ったり。現場が一体となって解決策を発見していく感じがとっても刺激的で。助監督さんも監督に『このカットどうですか?』と気軽に提案できる空気もあって。そういうフラットな現場を経験したのも今回が初めてだったかもしれません」
○感じて、悟って、寄り添う

「設定としては重いですが、“1人の女性たちが結束し、自分の力で人生を切り開く”という物語には共感できる部分もありました」という多部。「ただ、夫に抑圧され、季節さえわからなくなるほど自分を見失ってしまうという感覚は、正直信じられなかったです。現実にそういう経験をされている方がいるのは事実で、周りにそういった経験をされた方がいるという人から話を聞いたりして、考えてしまいましたね」と率直に語る。

信じられないながらもリアリティを出すために、多部は“想像”を軸に演技を組み立てた。現場では、共演者たちと実際に意見を交わしながら、紀子の心の揺れを丁寧に探っていったという。

「資料を読んで研究するというよりは、キャストのみなさんと話す時間の方が大きかったです。
今回私が演じた紀子は、セリフの中に“…”が、とても多い役なのですが、その沈黙の中に、どれだけの気持ちを込められるか。しゃべらないけれど、感じて、悟って、寄り添う――。そういう静かな芝居が伝わっていたらいいなと思っています」

●現実の痛みを“エンタテインメントの文法”で届ける挑戦
本作の撮影で特に印象的だったのは、DVを描くシーンの作り込みだという。フィクションにおいて暴力をどう見せるか。痛みをどこまで表現するか。多部は、山田監督をはじめ、カメラマンや照明スタッフ、相手役の俳優らと、何度も意見を交わした。

「痛みをただ見せるだけでは意味がない。どうすれば“本当に起こっていること”として伝わるかを、スタッフみんなで考えました。実際にDVで苦しんでいる方がいらっしゃるのにこんなことを口にするのは不謹慎かもしれないですが、表情や身体の角度、カメラのアングル、照明、美術など、それぞれの部署が様々に工夫趣向を凝らしながら突き詰めていく作業は、私にとって、とてもクリエイティブで楽しい時間でした」

多部がそこに見たのは、フィクションとしての演技を超えて、現実の痛みを“エンタテインメントの文法”で届けるという挑戦だった。

「現実に苦しんでいる人たちの痛みを少しでも感じてもらえるように、必要性があるところは目を覆いたくなるほど残酷に見せる。それを自分の身体や声で体現することが、私たち俳優の表現の意義なんだと思います。重く苦しい社会派のテーマをエンタメという形で多くの人に届ける。
そういう現場にいられたことがうれしかったです」

○ノンフィクションとフィクションに橋を架ける役割

多部はもともと、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ)や『未解決事件』(NHK)など、現実に起きた出来事を丹念に描く番組の“大ファン”としても知られている。人間の生々しい感情や、事実の中に潜むドラマを見つめることが好きだという。

「現実に起こっている世にも奇妙な事件の存在を知り、そこに生きる人の心の動きを観察するのが好きなんです。“事実は小説より奇なり”という言葉通り、現実の方がドラマより深い。でも、フィクションだからこそ描ける痛みや希望もあると信じたい。その2つがつながっていたらいいなと思います」

今回、現実に存在するDV被害者というテーマをフィクションとして演じることで、ノンフィクションとフィクションのあいだに橋を架けるような役割を果たせたら――。そんな思いが、多部の演技の根底にはあるようだった。

プライベートでは、新しく服を買ったことが家族にバレないように、“さも前からあったかのようにクローゼットに掛ける”という小さな秘密を持ちながらも、「でもなぜかすぐバレるんですよ(笑)」と話す姿からは、余裕と柔らかなユーモアも感じられた。

インタビューの終わり、どんな時でもひょうひょうと自分らしく生きているように見える多部に、「秘けつはなんですか?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「味方が少しだけいればいいと思っているからだと思います。家族と、10年来、20年来の友人がいてくれたら。それだけでもう、私は本当に十分幸せなので(笑)」

●多部未華子1989年生まれ、東京都出身。
02年に女優デビュー。05年、映画『HINOKIO』と『青空のゆくえ』で第48回ブルーリボン賞新人賞を受賞。09年には連続テレビ小説『つばさ』のヒロインに抜てきされる。主な出演作として、映画『流浪の月』、ドラマ『マイファミリー』『いちばんすきな花』『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』など。23日に『連続ドラマW シャドウワーク』がスタートしたほか、2026年度前期 連続テレビ小説『風、薫る』に出演予定。

HAIRMAKE(HairMake)/中西樹里 Juri Nakanishi
STYLIST/岡村春輝(FJYM inc.)Okamura Haruki

渡邊玲子 映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。国内外で活躍する俳優・映画監督・クリエイターのインタビュー記事やレビュー、コラムを中心に、WEB、雑誌、劇場パンフレットなどで執筆するほか、書家として、映画タイトルや商品ロゴの筆文字デザインを手掛けている。イベントMC、ラジオ出演なども。 この著者の記事一覧はこちら
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