●初代『パチスロ からくりサーカス』は“SANKYOパチスロ”の転機
「これが当たっていなかったら、私は今、ここにいないと思います」――長くこの業界に身を置き、何度も“波”を見てきた人間だからこその重く切実な言葉だった。

SANKYOのパチスロ開発者として、初代『パチスロ からくりサーカス』に関わったSANKYO商品本部 PS開発部 次長の野坂和哉氏。
彼にとって、この一台は単なる代表作ではない。自身のキャリア、部門の命運、そして“スマスロ時代のSANKYO”の立ち位置を左右する、まさに転機そのものだった――。

○就職氷河期の大学生を突き動かした“一番愛着のある商材”への思い

「大学時代、友人に誘われて打ったのがパチスロに興味を持つようになったきっかけです。最初に触れたのは、1993年頃に登場し、大量リーチ目を搭載したノーマル機の金字塔です。そこから1998年頃の技術介入要素が強い人気シリーズなども打ち込みましたが、一番ハマったのは、その後にCT(チャレンジタイム)という新ジャンルを確立させた機種ですね」

営業職を希望しながらスタートした就職活動。様々な業界のメーカーを受けるなかで、あの時の感動と興奮が、就職氷河期時代の真っただ中、当時大学生の野坂氏を突き動かす。

「友人に誘われて以降、大学時代はずっとパチスロをやっていたので、就職活動の時に『どうせやるなら、自分が一番触れてきた、愛着のあるものを商材にできたら面白いんじゃないか』という思いがありました」

運命に導かれるようにSANKYOへ。24年の社歴で、業界の浮き沈みを何度も見てきた。入社の時、家族に言われた言葉が今も残っている。

「もともとパチンコが好きな家族で、有名な会社でもあったので、入社が決まった時は喜んでくれました。ただ、うちの家族は結構シビアで、『この業界は変化が激しいし、10年で勢力図が変わることもある。そういう世界だと覚悟して入れよ』と言われました」

厳しくも、現実をよく知る先人の言葉として受けとめた。
その重みを、彼は経験を積み重ねる中で噛みしめている。

「今は10年どころじゃないですね。もっと短いスパンで波が来る。時代とともに変化の周期が短くなってる感じがします」
○“オンリーワン”の要素は後から加えられない

その“波”を正面から受けるのが、開発の現場だ。現在の彼はPS開発部の次長に加えて、複数機種の責任者を務めている。フェーズの違う機種が同時に走る中で、常にジャッジを求められる。

「時期にもよりますが、午前中はある機種の企画会議、午後は別機種の試打、さらに別の機種は申請段階の最終チェック、というように1日の中でいろいろなフェーズの機種が入ってきます。基本的には会議や確認がかなり詰まっている日が多いですね」

開発で何を一番重視しているのかと聞くと、迷いなくこう答えた。

「企画の段階で、最初にどれだけ突き抜けたものを持てるかですね」

今の市場は台数も多く、少しの差では埋もれる。だからこそ、後から付け足したような特徴では意味がない。

「“オンリーワン”の要素は、後から加えられないんです。最初に“突き抜けたもの”がないと、最終段階になっても弱いままになってしまう。
そこはすごくこだわっています」

○過去の名機をヒントに未来を切りひらく

ほかにはないものを――そこを核としつつも、立ち止まる瞬間もある。チームが行き詰まった場合、彼は過去の機種をヒントとして持ち出す。そこには、ある信念がある。

「新しいものは、ゼロからいきなり生まれるわけじゃないんです。過去にあっても、今は誰もやっていないからこそ、新鮮に感じるものもある。自分は4号機時代を知っているので、ヒントとして“過去の機種ではこういうのもあったよ”と話すことは結構あります」

その意味で、スマスロという存在は、まさに“過去が未来に再接続された瞬間”でもあった。

「スマスロは、メダルレスというだけじゃなくて、設計できること自体が変わりました。4号機的な出玉性能や感覚も、再現しやすくなったのです」

チャンスが大きい時ほど競争も厳しい。そして彼にとって最大の皮肉は、“ライバル”となる存在が社内にいたことだった。

「ライバルが自分の中にいたというか。社内に、もうとんでもない先行機がいたんです。初代『パチスロ 革命機ヴァルヴレイヴ』は、本当にすごい機械でした。
スマスロの幕開けを象徴するような機種で、“原点にして頂点の出玉性能”とまで言われるくらいの存在です。そういう機種が社内にある中で、その次に出す『パチスロ からくりサーカス』はどのように戦うのか、というのがまず大きな課題でした」

○“最強先行機”と「同じ土俵に上がるのか」

社内にいるからこそ、その強みもよく分かる。しかも、その存在を意識しないわけにはいかない。『パチスロ からくりサーカス』は、『パチスロ 革命機ヴァルヴレイヴ』とどのように戦うのか。同じ土俵に上がるのか。それとも、まったく違う方向に行くのか。彼らが選んだのは、後者だった。

「真正面から出玉性能の強さだけを見せると、どうしても“出来レースっぽい”とか“そういう見せ方なんでしょ”という風に見られやすい。だったら真逆に振ろう、と考えました」

その真逆としてたどり着いたのは、自らの手で好機を引き寄せるような“自力感”だった。

「その時に考えたのが、“自力感”です。しかも、誰でも簡単に引ける小役、具体的にはリプレイのような比較的引きやすい役に価値を持たせることでした。今まで出玉性能の高い機種で、通常役にそこまでの価値を持たせた機種はあまりなかったと思います。
『通常役が仕事をする』『“自分でやった”感がある』というところを前面に出そうと考えたんです。結果的に、それが差別化に繋がりました」

技術面で苦労したのは、やはり高い出玉性能と試験適合の両立だった。

「出玉性能が高い機種なので、その数値調整にはかなり気を使いました。最終的には試験を通さないと世に出せないので」

●4号機時代からの友人の言葉が励みに「あのとき言えなかったんだけど…」
○導入直後はまさかの苦戦「今でも忘れません」

これで戦える。“真逆”の先にあった“突き抜けたもの”に確かな手ごたえを感じていたが、『パチスロ からくりサーカス』は最初から順風満帆だったわけではない。

「最初は、本当に残念なくらいお客さんがつかなかったです。今でも忘れません。上層部からもいろいろ言われましたので、正直、導入当初はかなりヒヤヒヤでした(笑)」

スマスロ新時代。しかも、社内には『パチスロ 革命機ヴァルヴレイヴ』という先行の大ヒット機がある。その次に出す台が伸び悩めば、比較されるのは当然だ。

「でも、1カ月くらい経ってからSNSなどで少しずつ盛り上がってきて。『パチスロ 炎炎ノ消防隊』の初代もそうでしたが、最初はそこまで勢いはなくても、打ち込む人やYouTuberさん、ライターさんたちが面白さを発信してくれて、そこから評価が広がることがあります」
○「絶対当てろよ」逃げ場のない重圧の中で見えたもの

『パチスロ からくりサーカス』は、単なるヒットした1台という枠を超えていた。
彼の中では、これはパチスロ部門そのものの命運を左右する一台だった。

「SANKYOは、やっぱり“パチンコメーカー”というイメージが強かったんです。自分は24年いますけど、ずっとパチスロに携わってきた立場としては、長い間ヒットを出せない時期がありました」

その中で社内から向けられた言葉は、今でも脳裏に刻まれている。

「“スマスロしかないぞ。転機はそこしかない。絶対当てろよ”と、もう本当に何度も言われていました」

逃げ場のないプレッシャー。だが、それだけ期待を背負っていたということでもある。

「結果として、『パチスロ 革命機ヴァルヴレイヴ』『パチスロ からくりサーカス』『Lパチスロ かぐや様は告らせたい』『Lパチスロ 炎炎ノ消防隊2』と続いて、“SANKYOはパチンコだけじゃない”という空気になった。そこはすごく大きかったと思います」

彼が考えるヒット機種の条件は、実に明快だ。

「一言でいえば、突き抜けたものがあるかどうかです」

平均点では足りない。総合力だけでも弱い。何かひとつ、強烈に刺さるものが必要だ。


「今って、お客さんもいろんな機械を触ってきているので、そこそこ良いだけでは埋もれてしまうんです。何かひとつでも“ぶっ刺さる”要素が必要になる」

もちろん、それは単に過激であればいいという話ではない。新しいものは、ゼロからいきなり生まれない――これこそが“ぶっ刺さる”要素の源泉だ。
○次世代に求めるのは「“これが面白い”という考えを持っている人」

ヒット機種を出した時、誰よりも喜んでくれたのは妻だった。仕事のやりがいについて尋ねると、「家族や友人といった身近な周りの人が喜んでくれることですね」と笑顔を浮かべる野坂氏。4号機時代から一緒に打っていた仲間たち、彼らからの言葉もまた、野坂氏の励みになっている。

「“あのとき言えなかったんだけど、なんでSANKYOに行ったんだろうって。今となっては本当によかった”と言われたこともありました(笑)。そういうのはすごくうれしいですね。自分は前述のノーマル機から始まった人間なので、昔のSANKYOには自分の好きなパチスロがあったわけではないんです。それが、まさかここで自分が当てるとは……」

そんな彼は、ともに働く同志としてどのような人材を求めているのか。答えは、「自分が一番触れてきた、愛着のあるものを商材にできたら面白いんじゃないか」という自身の原点とも重なる。

「やっぱり、自分の中に“これが面白い”という考えを持っている人ですね。それを自分の言葉でちゃんと伝えられる人。最近の新卒は本当に優秀で、表現能力の高い人が多い。そういう方々にこれからもたくさん入っていただけると、さらに活気が出て面白いものがつくれるのかなと思います」

“面白さ”を追い求める人材が、存分に力を発揮できる環境――それがSANKYOの開発現場だ。PS開発部では、企画・設計・映像・サウンド・制御といった各領域のメンバーが一体となり、社是である「創意工夫」を軸に、年次に関係なくアイデアをぶつけ合う。

「新人の“これが面白い”というひと言から、演出や仕様が形になることもあります。上司やベテランも含めて本気で議論し、どうすれば実現できるかを一緒に考えていく文化ですね」

“挑戦心”を支えるため、成果に応じた評価制度や各種手当、福利厚生といった制度面も整えられている。このような環境のなかで、一人ひとりのモチベーションを高めているのが、チーム全体に根付いた情熱だ。

「開発は決して楽な仕事ではなく、追い込みの時期はどうしても業務量が増えます。それでも“自分の好きなものを、自分の手で面白くしたい”という思いがあれば乗り越えていける。好きなことにとことん向き合い、最後までやり切ろうとする人には、しっかり応えてくれる会社だと思います」

そうした土壌があったからこそ、『パチスロ からくりサーカス』のような挑戦的な一台も生まれたのだ。

初代『パチスロ からくりサーカス』のヒットは、単なる成功ではない。社内に圧倒的優位な先行機がいる中で、同じ土俵に乗らず、違う勝ち筋を探した。高い出玉性能でありながら、“自力感”を中心に据えた。導入直後の苦戦を乗り越え、口コミで面白さが広がっていった。それらが融合し、“SANKYOパチスロ”の存在感そのものを押し上げる流れの一角になった――。

「これが当たっていなかったら、私は今、ここにいないと思います」

その言葉は、決して大げさではない。初代スマスロ『パチスロ からくりサーカス』は、一人の開発者にとっての代表作である以上に、SANKYOのパチスロが、もう一度“主役の座”に戻るための転機だったのかもしれない。

「パチスロ からくりサーカス」原作/藤田和日郎「からくりサーカス」(小学館少年サンデーコミックス刊)/(C)藤田和日郎・小学館/ツインエンジン Licensed by Sony Music Labels Inc.
「パチスロ 革命機ヴァルヴレイヴ」(C)SUNRISE/VVV Committee
「Lパチスロ かぐや様は告らせたい」(C)赤坂アカ/集英社・かぐや様は告らせたい製作委員会
「Lパチスロ 炎炎ノ消防隊2」(C)大久保篤/講談社 (C)大久保篤・講談社/特殊消防隊動画広報課
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