東京目黒のホテル雅叙園東京では、東京都指定有形文化財「百段階段」を舞台にした夏の企画展「和のあかり×百段階段2025~ 百鬼繚乱~」を開催中。今年は “鬼” がテーマ。
|文化財「百段階段」で遭遇する鬼たちが棲む世界
昭和10年(1935年)、傾斜地に建てた7棟の宴会場を99段の階段がつなぐ文化財「百段階段」。今年は「鬼」をテーマにした多彩な展示に加え、照明や風のゆらぎ、アロマの香り、さらにヨダタケシ氏によるオリジナルの楽曲などを通じて五感で感じる演出です。すべての展示箇所には林 貴俊氏が制作した鬼などの “こけし” が飾られていて、注目のポイントになっています。
▲99段の階段が続く文化財「百段階段」
ノスタルジックな雰囲気がただよう文化財「百段階段」。平安の世から疫病や言い知れぬ恐怖、時には「人」そのものも鬼と例えられてきた不の存在が、大正ロマンさめやらぬ昭和初期の建物で、モダンな工芸品やアート作品の姿を借りてよみがえります。

▲エントランスは「里のあかり」がテーマ
展示会場へと続くエレベータの扉が開くと、そこはすでに鬼の気配がする異界。日本の原風景を思わせるすすき野原には、照明作家・谷 俊幸氏の手による「鬼燈(きとう)」が灯されて、鬼たちが棲む世界へと導きます。
|姿かたちを変えて現れる鬼たち
文化財「百段階段」の途中に設けられた7棟の宴会場では、角が生えた赤鬼や青鬼として現れるほか、動物や “もののけ” に姿をかえ、ときには光や闇でその気配を感じさせ、部屋によっては壮大な物語として語られます。

▲テーマは “異なる者”
最初の宴会場「十畝の間」の間では、人とは異なる者たちが出現。この建物が建てられた昭和10年は、大正ロマンの気風が冷めやらぬ華やいだ時代。ステンドグラスをはじめ、ノスタルジックで自由に満ちたしつらえの部屋。ところがいつのまにやら “もののけ” たちが入り込み、鬼たちが跋扈(ばっこ)する世界へと変貌します。

▲「漁樵の間」のテーマは “魂の声”
学問の神様として知られる平安時代の政治家であり、歌人でもあった菅原道真。都から太宰府へと左遷され、失意のうちに死去。その後京都に地震や火災、雷などで左遷にかかわった人々が次々に亡くなったことから道真の怨念として畏れられ、神として祀られるようになりました。青森のねぶた師・北村春一氏が制作した道真は、鬼と化して怒りとともに手から放たれる雷を表現。怒りに燃える色使いと鬼の形相が圧巻です。

▲続く草丘の間は「鬼の住処」がテーマ
迷宮のような鬼の住処となった「草丘の間」は、美しくも妖しい世界。林 貴俊氏が立体的に彩色した赤鬼と青鬼のこけしは阿吽を表現しています。東北地方にはこけしの名産地が点在していますが、東日本大震災で被災した石巻では林氏が2015年3月11日に創業。伝統的なデザインにくわえ、形にとらわれないモダンでユーモアあふれる “石巻こけし” を制作しています。

▲鬼を味方にした「鬼瓦」
鬼をもって鬼を制す。古くから各地で作られてきた鬼瓦。

▲かんざし作家の榮-SAKAE-氏による作品
闇に光る提灯を背景に、繊細で美しいかんざしは、鬼たちが棲む世にも美と希望があるように思われます。
|鬼といえどもユーモアを
どんなまがまがしい存在であったとしても、そこに笑いやユーモア、時には可愛らしさまで添えてしまうのが日本人。ここにもそんな鬼たちが群れていました。

▲階段の途中にある踊り場に飾られた河童たち
「おやっ」とつい見入ってしまう可愛らしい表情の河童たち。古くから養蚕が盛んだった岩手県。昭和43年(1968年)に村田民芸工房が繭玉を使った郷土玩具を制作。河童伝説が残る岩手県らしい遊び心です。

▲静水の間は「百鬼夜行」がテーマ
鬼や妖怪の群れが夜の都を徘徊する「百鬼夜行」。見た者は死ぬと恐れられた魔群の彷徨です。

▲可愛らしい鬼のフィギュア
鬼っ子たちの連作を描く日本画家の瀧下和之氏。ある日利き手ではない左手でなんとなく描いた鬼が気に入って、鬼たちを描きはじめた(憑りつかれた?)のだとか。今回は鬼の絵を展示するほか、鬼フィギュアで百鬼夜行を表現。ほかにも様々な鬼たちが「静水の間」にうごめいていました。

▲切り絵絵本作家のさぶさちえ氏の作品
印象的な動物たちの切り絵を得意とするさぶさちえ氏。「静水の間」と「星光の間」をつなぐ廊下には、近道をしようとして森に迷い込んでしまった動物たちの切り絵が飾られています。

▲「星光の間」は酒呑童子の物語
京都の北部に位置する大江山に棲んでいたとする鬼の頭領「酒呑童子」の、酒宴の様子を再現。中央手前の作品は、藍ならではの濃い色で美しくも妖艶な世界を表現。奥の赤い花は、枯れた盆栽に色をつけアップサイクルした枯吹(かぶく)盆栽です。一説によれば酒呑童子はたいそうな美男で、若い娘たちをかしづかせていたのだとか。写真右端の障子に映る人影、源頼光により成敗され、今回の展示会で繰り広げられた “鬼の世”は終焉を告げます。
|鬼たちが去った世界
文化財「百段階段」を上り続けた最後の2部屋は鬼が去った世界が舞台。特に6番目の清方の間には灯りがともり、新たな文化が花開き、ガラス細工やかんざし、ガラスランプなど、美しい工芸品が飾られています。

▲「清方の間」のテーマは桃源郷
美しい工芸品が並ぶ清方の間。注目は京都絵描きユニットだるま商店の『極彩色 目黒 山水 文雅抒情ノ末廣 花向ケノ宴 絵図』。人も鬼も宴に興じ、空には天女が舞い、婚礼が執り行われます。絵図の下中央はホテル雅叙園東京のエントランスと大屋根が描かれ、その左手には文化財「百段階段」と宴会場が連なるほか、館内の様々な様子も描き込まれているので、ぜひじっくりと見てください。

▲超細密!ビーズで作られた着物
ビーズアーティスト金谷美帆氏による、ビーズでできた絢爛豪華な着物。なんと165万粒のビーズを使った総ビーズ織りの和衣裳です。

▲螺鈿細工が施された漆の器に飾られるのは、つまみ細工
小さな四角い布を折り紙のように曲げ、花を作る「つまみ細工」。ホテル雅叙園東京や文化財「百段階段」を飾る漆工や螺鈿細工の修復を手がける安宅信太郎氏が制作した螺鈿の木箱に、つまみ細工の桃色の花がグラデーションを描いています。

▲99段目にある頂上の間は “現世の平穏” がテーマ
長く続いた鬼の世が終わり、ささやかな幸せが戻った「頂上の間」。山口県柳井市で毎年夏に行われる「柳井金魚ちょうちん祭り」。

▲こけしさんの笑顔が平和
ゆっくりお風呂に浸かってスーパーリラックス。鬼のいない世の中を願う2025年の夏でした。
ホテル雅叙園東京で繰り広げらる「和のあかり×百段階段2025~ 百鬼繚乱~」。疫病や戦争、もののけや、ときには人の心の中に巣くう鬼。今回の展示会では、心がどこか浄化された気分になりました。夏の日の和の明りを、ぜひ体験してみてくださいね。<text&photo:みなみじゅん 予約・問:ホテル雅叙園東京 https://www.hotelgajoen-tokyo.com/100event/wanoakari2025>