JFL(日本フットボールリーグ)の鈴鹿ポイントゲッターズを率いるミラグロス・マルティネス・ドミンゲス。愛称「ミラ」と呼ばれるスペイン人女性監督のインタビュー後編。
チーム状況や戦術、指導哲学、同郷のアンドレス・イニエスタとの対戦についての想いを伺った【前編】に続き、この【後編】では、選手たちが驚いたコンディション管理、怪我への考え方、日本やスペインの女子サッカーについて話を伺った。
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コンディション管理「怪我についての考え方の違いに驚いた」
ミラ監督が鈴鹿の指揮官に就任した当初は、専属の通訳もいない状態でのスタートだった。クラブはスペイン5部でプレー経験のある小澤哲也氏を専属通訳として迎え、Jリーグで「岡山劇場」で鳴らしたムードメイカー岡山一成コーチ(現VONDS市原監督)も加わり、ミラ監督と旧知の仲であるスペイン人コーチとも契約して彼女を支え、脇を固める。
それでも当初は日本サッカーへの適応に苦しんだ。ただ、選手たちはミラ監督が見せる確かな戦術立案力や解決策に対して「もっと知りたい」という積極的な姿勢を見せていた。
この現象は、最強バルセロナを構築したペップこと名将ジョゼップ・グアルディオラ監督(現マンチェスター・シティ監督)がバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)の指揮官となった頃と似ていた。「練習時間が短い」「オフの日が多い」という現場で聞きなれない不満が出ることもまた、ペップがバイエルンに行った当初と同様だった。
「今も練習時間を短くしているのですが、それでも私は『まだ長いかな』と考えています。ただ、選手たちの今までの環境にも適応しなくてはいけません。現在は私の考えと選手たちの考えの中間地点で落としどころを見つけてやっています。スペインではもっと短くて1時間でトレーニングを終了するチームもあります」
―グアルディオラ監督もバイエルンに就任した当初はトーマス・ミュラーらドイツ代表勢から「練習量が足りないからランニングしてから帰る」と、よく言われていたようです。
「私もよく選手たちから言われいて『居残り練習はダメ』と言ったりしていました(笑)。というのも、私は休むことも重要だと考えていています。
スペインでは試合前日をオフにすることもあって、私も鈴鹿で同じことを導入しようとしたのですが、選手たちから『さすがに前日は動かないとキツイ』という意見が多く上がりましたね。そういう文化がなくて選手たちもビックリしてしまったようなので、ここではそれはしていません。でも、それくらい練習量の考え方には違いがあるのかな、と感じています」
―「怪我を隠していたら罰金」という制度もあるとお伺いしました。
「私が日本に来てから最も考え方の違いを感じているのが、その怪我に対しての捉え方です。例えば全治1か月くらいの怪我を負っていても、それを隠してプレーし続けてしまい、長期離脱を伴う大怪我を負ってしまう選手が多いですね。
スペインでも痛みを抱えながらプレーしている選手は多いのですが、『これ以上やったらマズイな、大怪我になるよ』という線引きが上手くできています。怪我に対する理解が選手たちにもしっかりと深まっていて、怪我の可能性を感じた場合は選手自らがすぐに申し出て来るようになっています。
ウチのチームだけでなく日本人(選手)は『怪我をしてしまっても仕方がない』と考えてしまっているのでしょうか?怪我に対しての考え方の違いには本当に大きな差を感じているんです」

日本の女子サッカー「チームとしての機能性が高い」
ミラ監督は、ヴィッセル神戸のMFイニエスタが12歳まで在籍していたアルバセテ・バロンピエの女子チームで監督を務め、チームを1部昇格へ導いた。その後、31歳にして欧州トップリーグや各国代表チームの監督も務められる「UEFAプロライセンス」を取得。「スペイン女子代表チームの選手とは全員と対戦したことがあり、ご飯を食べに行ったこともある選手も多い」という。
指導経験が豊富なミラ監督の眼には、日本の女子サッカーはどう映っているのだろうか?鈴鹿と同じ三重県にあり、なでしこリーグ1部に在籍する女子サッカークラブ「伊賀フットボールクラブくノ一三重」を題材に、お話を伺った。
「くノ一の試合はよく観に行っています。現在はコロナ禍で制限もありますが、去年もよく観に行っていました。
日テレ・東京ヴェルディ・ベレーザやINAC神戸など強豪チームとの試合も観ました。まだ少しだけ強豪チームの方が上だな、という印象はあります。
ベレーザなら今年イタリアのACミラン・フェミニーレに移籍したMF長谷川唯選手や、INACへ移籍したGK山下杏也加選手の存在が、“違い”を生むのだろうと思います。
私はスペインで活躍している日本人女子選手も複数知っているので、日本の女子サッカーのレベルの高さも分かっていました。個々の能力の高さにも驚きは感じません。日本の女子サッカーは高いレベルにあると考えています」

―くノ一のサッカーに関してはどういう印象を持っていますか?
「チームとしての機能性が高いくノ一は、チーム単位で戦った場合、優位に立てるレベルにあると思います。
私は特にくノ一の10番を着ているMF杉田亜未選手は本当に良い選手だと見ていて、いつも『なぜ彼女はなでしこジャパンに入らないの?』とテツ(小澤哲也通訳兼コーチ)にブツブツ言っていますよ(笑)」
伊賀は大嶽直人監督が率いて4年目。2019年には、プレッシングサッカーでベレーザやINAC、現・三菱重工浦和レッズレディースといった代表選手が揃うチームを苦しめ、1部昇格初年度で4位と大躍進した。
現在は、相手への対策が進んだ中でポジショナルな攻撃も構築中。マンチェスター・シティのブラジル代表GKエデルソンのような低弾道キックを持つ鈴鹿のGK月成大輝が伊賀のGK陣のコーチングに訪れるなど、GKからの緻密なビルドアップも導入している。
昨年はコロナ禍で中止となってしまったものの、JFLとなでしこリーグのダブルヘッダーマッチを組むなど、両チームの関係性は良好である。

スペイン勢初の欧州女子CL制覇「バルサ女子の強さ教えます!」
ミラ監督が「早朝4時に起きて観た」のは、現地時間5月16日(日曜)に行われたUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)決勝。チェルシーレディースを4-0と快勝で下し初優勝を飾ったのは、バルセロナの女子チームであるバルセロナ・フェミニ。スペイン勢としては女子CL初優勝の快挙だった。
今季のバルサ・フェミニは、国内リーグをここまで28戦全勝。139得点7失点という“トンデモ”な記録尽くめのシーズンを送り、すでにリーグ優勝を決めている。決勝進出を決めているコパ・デ・ラ・レイナ(国内カップ)との3冠も期待されている。
「女子CL決勝はとても良いゲームでした。試合前の段階ではチェルシーの方がより組織的でカウンターに優れているチームなので、バルセロナも難しいんじゃないか?と思っていましたが、予想に反してバルセロナが良かったですね。
バルセロナは2年前の決勝で、フランスのオリンピック・リヨン・フェミナンに4-1で敗れていました。その時に、彼女たちと監督やコーチ、フィジカルコーチ、分析担当スタッフなど全員が揃って話し合った結果『フィジカル面で差があった』と敗因を突き止め、それをチーム全員が共有していたのです。2年間、ほぼメンバーも変わらずにトレーニングメニュー1つから突き詰め、継続して培った努力の成果が、このCL優勝に繋がっているのです」
―欧州大会での成功を考えると外国籍選手の獲得や、女子CLのレベルアップによって鍛えられた部分もあると考えられますか?
「他国リーグのチームとの試合も大事だと思います。ただ、私はスペインの女子リーグ自体のレベルアップが大きいと考えています。例えば、かつては1強状態だったバルセロナが、国内ではアトレティコ・マドリード・フェメニーノに3連覇(2016-2017シーズンから)を許すなど、リーグ全体のレベルアップが導いた結果だと考えています。
日本も秋から女子プロサッカーリーグ『WEリーグ』がスタートしますが、まずはWEリーグ全体のレベルアップを図ることが代表チームの強化に繋がると思いますよ」
―ちなみに私はバルセロナでプレーするスペイン女子代表DFマッピ・レオン選手のプレーが好きなのですが、鈴鹿に欲しいタイプの選手じゃないですか?
「左利きの良いセンターバックだと思いますよ。鈴鹿に?スタメンでプレーできるかもしれません(笑)」

キャリア「プロサッカー監督として生きていく」
ミラ監督の古巣アルバセテ・バロンピエの男子トップチームは、現在スペイン2部で最下位に沈んでいる。来季3部降格となった場合、就任のオファーが来るのではないか?と伺ったところ「それはないです」と一笑。
ただ「プロサッカー監督として生きていくことが夢」であり「目標」だと語る。客観的にみて、監督としてのステップアップを図るには、同じ国で実績を積んでいくことが最適だと感じる。JリーグやWEリーグなど、自身のキャリアに対してはどんな展望を持っているのだろうか?
「もちろん、JリーグやWEリーグに挑戦するということに対して、扉を閉ざしているつもりはありません。魅力的なチームもたくさんあります。
私自身の準備はできているのですが、やはり女性であることや文化的に新しいことに踏み込もうというチャレンジは、どこのクラブでも難しいことだろうと思います。
現在は、鈴鹿で男子のトップチームの指揮を任せてもらっていることに満足していますし、凄く幸せな環境にいると感じています。鈴鹿と共にJ3へ昇格するというのが私の大きなミッションですね」
―本日はありがとうございました。
歴史的勝利でイニエスタ擁する神戸と対戦!
本インタビュー後、ミラ監督率いる鈴鹿は5月23日、天皇杯1回戦でFC刈谷を相手に2-1で勝利。今大会が第101回となる天皇杯史上初の女性監督による勝利を挙げました。
「ググる」から偉業1勝の女性監督、次戦は母国英雄イニエスタ擁する神戸と
— 鈴鹿ポイントゲッターズ (@SuzukaPG) May 23, 2021
ミラ監督、次戦も宜しくお願いしますhttps://t.co/6rbmeUJ4nZ#鈴鹿ポイントゲッターズ #ヴィッセル神戸
2回戦では同郷のイニエスタ選手を擁するJ1ヴィッセル神戸と6月16日(ノエビアスタジアム神戸)に対戦します!
Nos vemos en el Noevir Stadium
— Andrés Iniesta (@andresiniesta8) May 24, 2021
ノエビアスタジアムで会いましょう
ミラ監督プロフィール
ミラグロス・マルティネス・ドミンゲス:1985年4月23日生(36歳)スペインのカスティーリャ=ラ・マンチャ州出身。現役時代は主にスペイン女子2部でDFとしてプレー。2007年から指導者に転身しアルバセテ・バロンピエの女子チーム監督や下部組織のコーチ、スタッフを歴任。2018年夏からアトレティコ・トメロッソ(スペイン)女子チームを率い、2019年1月に鈴鹿の監督に就任。UEFAプロライセンス(日本のS級相当)を保有。