J2リーグにおいてさえ年間を通してゴールマウスを守ったことのなかったゴールキーパー(GK)が、わずか2年で防御率J1リーグ歴代トップの座に君臨している、と聞いたら信じられるだろうか。

もちろんチーム全体の堅守があってこそとはいえ、アビスパ福岡のGK村上昌謙(むらかみ・まさあき)のストーリーは何らかの分野で上を目指すすべての者に勇気を与えるものだろう。

J1歴代トップ!驚異の防御率を維持するアビスパ福岡GK村上昌謙

GK村上がJ1にたどり着くまで

GKは特殊なポジションだ。唯一手が使えるということもそうだが、絶対に1人しかピッチに出場できない。さらに負傷などを除いて途中交代することはほぼないため、まずは経験を積むことが難しい。大阪体育大学時代に第62回全日本大学サッカー選手権大会の優勝に貢献し、2015年に当時J3リーグ所属のレノファ山口へ加入した村上にとっても、それは同様だった。

村上の公式戦デビューは、山口がJ2リーグに昇格した2016年のJ2第29節清水エスパルス戦。強敵相手に勝ち点奪取には貢献したが、 清水のFW鄭大世に2ゴールを許し2-2で引き分けた。この年は12試合に出場した村上だが、その後もスタメンに定着できない。2017年は14試合出場、2018年にいたっては0である。

2019年に水戸ホーリーホック(J2)へと期限付き移籍した村上。出場は6試合にとどまったものの、ここで長谷部茂利監督のもとでプレーしたことが転機となる。翌2020年には、長谷部監督の新就任先となったアビスパ福岡(当時J2)へと完全移籍。MF前寛之と共に「長谷部チルドレン」と呼ばれた。しかし加入後すぐキャプテンに就任し絶対的な存在となった前とは対照的に、村上は絶対的な守護神だったGKセランテスの控えとなる。

それでも同シーズンJ2第16節ジェフユナイテッド市原・千葉戦で移籍後初出場すると、村上はセランテスの負傷によって第21節からスタメンに定着。引き分けを挟んでの11連勝、そして福岡のJ1復帰に貢献し大きく評価を上げた。セランテスはこの年限りで退団となる。

そして2021シーズン、村上にとって初のJ1挑戦は、いきなりの守護神候補としてスタートした。

J1歴代トップ!驚異の防御率を維持するアビスパ福岡GK村上昌謙

大幅な成長を遂げた2021シーズン

2021シーズン、昇格組として5年ぶりにJ1に挑んだアビスパ福岡だったが、開幕前の予想は芳しいものではなかった。期限付き移籍で加入していた主力が複数抜けたことに加え、GKセランテスの穴が大きいと考えられていたことも理由の1つだ。

GK杉山力裕や山ノ井拓己、新加入の永石拓海とのポジション争いを制した村上は、開幕節からスタメンに名を連ねるも3試合で7失点。チームとしても個人としても、J1の洗礼を浴びることになる。村上のJ2で高く評価されていたセービング能力の高さは確かな一方で、クロスなどハイボールへの対応がまずく、具体的にはキャッチかパンチングかの判断が不正確だった。

ミスをしてしまうと自信を失い、プレーが不安定になるGKもいる。しかし、ここでの村上の判断が秀逸だった。少しでもリスクのあるボールに対し、徹底的にパンチングを選択したのだ。パンチングを選ぶということは相手の攻撃を断ち切れず波状攻撃を受けることになりかねないが、長谷部監督率いる福岡は元々相手の攻撃を受ける回数が多く、焦らずに耐えしのぐことには慣れていた。

リスクを避けるようになった村上はミスがなくなり自信を取り戻し、次第に得意のセーブが目立つようになっていく。またパンチングありきで飛び出す間合いに集中できたことで、タイミングを誤ることもなくなり徐々にキャッチを選択することが増加。その頃にはチームもJ1での戦いに慣れ、残留争いを完全に抜け出していた。セービングの上手さが目立つようになった村上も、チームの強みとなり、37試合に出場。初のJ1挑戦で、初の正守護神の座を掴んでみせた。

J1歴代トップ!驚異の防御率を維持するアビスパ福岡GK村上昌謙

凄まじい数字を残している2022シーズン

J1で2年目を迎えた今2022シーズンも、アビスパ福岡の守護神は村上である。白星こそなかったものの、開幕から4試合で2失点と昨シーズンの開幕当初とは異なる堅守を披露している。

さらにキックの精度という新たな課題の克服に向け取り組んでいる村上。その成果の1つが、J1第11節FC東京戦で見せた低弾道のパントキック(ボールをキャッチしたあと手から落とし地面につく前に前方に蹴ること)だ。多くの福岡サポーターを驚かせた新たな武器は、さらに精度が高まればカウンターへ大きく貢献することだろう。

そして今シーズン村上の記録はここまで、12試合で7失点。サッカーでは1試合当たりの平均失点が1を下回れば十分堅守だが、1試合平均はなんと0.58である。

長谷部監督が植え付けた11人全員の守備意識の高さ、ネガティブトランジション(攻から守への切り替え)の速さがあってこそではあるが、それに安定感のあるセービングが相まって、村上のJ1での防御率(90分当たりの平均失点)は驚異の0.85となっている。これは出場時間が2,700分以上のGKの中で、歴代トップの数字だ。

ちなみに2位はジュビロ磐田の黄金期を支えたヴァン・ズワム(0.89)、3位は川崎フロンターレの守護神で元韓国代表のチョン・ソンリョン(0.92)。両選手の名前を見るだけでも、村上の凄さがわかることだろう。それらの選手と比べると、現時点の村上は圧倒的に経験が少ない。

GKは年齢を重ねても活躍している選手が多く、村上は経験を積めばまだまだ成長する可能性を秘めていると言えるだろう。J2でも控え中心だったGKが、出場を重ねたった2年でJ1歴代1位の防御率だ。もしも国内組で構成される7月の「EAFF E-1サッカー選手権2022決勝大会」で村上が日本代表に招集されたとしたら。どんな成長物語を見られるだろうか。

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