サッカー選手にとって、何をもって“成功”とするかは難しい。選手本人が満足と思えれば成功という考え方もあるだろうし、サッカーファンの多くが成功だと感じられれば成功という見方もある。
高校を卒業したばかりの若者がまた1人、この壁に挑む。4月7日にVfBシュツットガルト(ドイツ・ブンデスリーガ)入団が発表され、翌8日に記者会見を行ったU-21日本代表DFチェイス・アンリ(18)。突破することはできるだろうか。

Jリーグ未経験で欧州5大リーグで成功する難しさ
アメリカ人の父と日本人の母を持つチェイス・アンリは、福島県の尚志高校で大きく評価を上げ、飛び級でU-22日本代表にも招集されている。187cmの高さを誇るこのセンターバック(CB)のもとには、AZアルクマール(オランダ1部)や複数のJリーグクラブからもオファーが届いた。そしてアンリが最終的に選んだのは、日本人選手の在籍歴が多く、MF遠藤航やDF伊藤洋輝がプレーする育成に長けたクラブ、シュツットガルトだった。
しかし、これまでに似た経歴を辿った選手達のその後を見てみると、ドイツのブンデスリーガを含む欧州5大リーグ(セリエA、プレミアリーグ、リーグ・アン、ブンデスリーガ、ラ・リーガ)で成功を収めるのは簡単ではない。
同じようにJリーグを経験せずに欧州へと移籍した選手といえば、中京大中京高校からグルノーブル(フランス2部)に入団したFW伊藤翔(現横浜FC)。または同じく中京大中京高校からアーセナル(プレミアリーグ)に移籍したFW宮市亮(現横浜F・マリノス)が思い浮かぶ(宮市はアーセナル入団後オランダ1部フェイエノールトに期限付き移籍)。
その他にも高校卒業後に直接、各国の2部リーグや東欧のリーグなどへ挑戦した選手は少なくない。だが現時点で、その後5大リーグでプレーするなど明確な成功を掴んだ選手は現れていない。

「和製アンリ」伊藤翔の場合
まずは伊藤翔が辿ったキャリアを見てみよう。伊藤は高校在籍中にアーセナルのトライアルテストに参加し、同クラブのスターFWティエリ・アンリ(2014年現役引退)に例えて称され「和製アンリ」として多くのメディアに取り上げられるようになると、フランスのグルノーブルへの入団を発表した。
1993年にJリーグが誕生して以降、注目株がJリーグを経験せずに海外のクラブと契約したのは初の出来事であり、伊藤は大きな注目を集めた。しかしグルノーブルでの挑戦は、出場機会さえほぼ得られないまま終わることとなる(通算5出場)。
伊藤が数字を積み重ねられるようになったのは、清水エスパルスでプレーするようになった2013年以降。その後の横浜F・マリノス、鹿島アントラーズでも継続的にプレーし、安定したポストプレーなどで活躍。33歳となった現在はJ2リーグの横浜FCでプレーしており、2022シーズンここまで4得点。フランスでの成功はならなかったものの、息の長い選手だといえる。

欧州最年少デビュー宮市亮の場合
イングランドの名門アーセナルから5年という長期契約オファーを受けて入団という、輝かしいプロキャリアのスタートを切った宮市亮にしても、そこからのキャリアは理想通りとはいかなかった。
圧倒的なスピードを武器に、期限付き移籍先のフェイエノールトで欧州主要リーグの日本人最年少デビューと得点記録を作り、すぐに出場を重ねたまでは良かったが、そこから苦しんだ最大の要因は怪我。足首の靭帯損傷、両膝の前十字靭帯断裂など大きな怪我が相次いだのだ。
そのいずれをも乗り越え、現在は横浜F・マリノスで現役を続けていることには尊敬の念を抱く。しかし、こちらもザンクトパウリ(ドイツ2部)などで一定の出場機会を得たとはいえ(通算78出場)、欧州での成功を掴めたとは言い難い。

チェイス・アンリは歴史を変えられるか
多くの選手達が越えられなかった壁に、チェイス・アンリは挑戦することになる。
現時点での状況は悪くない。
アンリ本人も非常に明るいキャラクターで、さらに中学1年生までアメリカにいたこともあり英語も堪能。日本人選手が抱えがちなコミュニケーションの問題はないと言っていいだろう。また飛び級で世代別日本代表に選出されているにも関わらず、驕ることはなく常に謙虚さを忘れない。そういう意味では、アーセナルのレギュラーとして評価を上げ続けているDF冨安健洋を思わせる。
スキルの面でも持って生まれた高さに加え、スピードにロングフィード、さらに適応能力の高さと、高校から直接海外に行った選手で初の成功例となるならば彼しかない、というほどのものを持ち合わせている。
Jリーグを経験せずに海外に行くことに、いろいろな意見はあるだろう。だが、サッカーの大きな魅力は「自由」なことであり、選手にとっての選択肢もより豊富なほうが良い。中田英寿、長谷部誠など、先人たちが日本人選手の選択肢を、夢を広げてきた。今度はチェイス・アンリが先人となり、高校生の選択肢を広げてくれることを願っている。