ある日突然、驚きのニュースが流れ込んだ。プレミアリーグのリバプールが、シュツットガルト(ブンデスリーガ)に所属する日本代表の主将MF遠藤航を狙っている、というものだった。

移籍市場に精通するサッカージャーナリスト、ファブリツィオ・ロマーノ氏でさえ「まったくリークがない」と話す衝撃的な情報だった。

日本時間8月18日、この騒動はさらにもう1段階の盛り上がりを見せる。30歳の遠藤は、リバプールと4年契約を結んだことが発表され、移籍金は1900万ポンド(約35億円)と報じられた。

会見したユルゲン・クロップ監督が「通常であればこの年齢層の選手に署名しません」と言う通り、リバプールがこうした契約をするのは珍しい。2020年にバイエルン・ミュンヘンから加入した当時29歳のMFチアゴ・アルカンタラ(移籍金は推定2500万ポンド)、2016年にアウクスブルクから加入した当時30歳のDFラグナル・クラヴァン(移籍金は420万ポンド)以来、26歳以上の選手に移籍金を支払うのは初めてとなる。

では、なぜリバプールはプレミアリーグ未経験で30歳の遠藤を獲得したのか。同クラブの状況と遠藤にまつわるデータを見ながら、この移籍騒動を紐解いていこう。

なぜリバプールは遠藤航を選んだのか?クラブ状況&データから徹底分析!

遠藤獲得に懐疑的な意見の理由はHG枠?

クロップ監督は遠藤が加入した日の会見で、数日前までリバプールが獲得を狙っていたMFモイセス・カイセドとMFロメオ・ラビア(共にチェルシーに加入)に、遠藤が似た特徴を持っていると主張した。しかし、国内外問わず一部のリバプールサポーターは、遠藤の獲得について懐疑的だ。では、なぜここまで批判的な意見があるのだろうか。

1つの大きな理由として、チームのホームグロウン(HG)枠問題が挙げられる。ホームグロウン制度とは一定人数を自分たちで育成した選手にしなければならない規則のことだが、ここで改めてプレミアリーグにおける選手登録のルールを確認しよう。

  • 登録できる選手は25人まで
  • ホームグロウン選手のみを登録できる枠が8名
  • 非ホームグロウン選手の登録は最大で17名
  • 21歳以下の選手は上記登録人数に関係なく登録できる
  • 外国人枠はない
  • 外国人選手は労働ビザを取得する必要がある

つまりプレミアリーグでは、HG枠の選手がいない場合は最大で17名のスカッドしか組むことができず、それ以上の非HG枠の選手はベンチにすら入ることができない。

2010/2011シーズンから自国育成選手の国外流出を防ぐ目的に導入されたルールであり、HG選手になるためには国籍問わず21歳の誕生日を迎えるまでに3シーズン、または36カ月以上イングランドやウェールズのクラブ(下部組織を含む)でプレーしている必要がある。

そんな中、リバプールはHG枠の選手が豊富ではなく、非HG枠に余裕がないのである。遠藤の獲得により非HG枠は残り1つになった。この重要な非HG枠に、プレミアリーグ未経験の30歳を迎えることに納得のいかないサポーターがいるのは事実だ。

なぜリバプールは遠藤航を選んだのか?クラブ状況&データから徹底分析!

リバプールが必要としていたもの

この夏にMFファビーニョ(アル・イテハド)、元主将MFジョーダン・ヘンダーソン(アル・イテファク)、元副主将MFジェームズ・ミルナー(ブライトン・アンド・ホーブ・アルビオン)を失ったリバプールは、守備的MF(DMF)が適正の選手が必要だった。

直近には、前述の通り元ブライトンのカイセドを英国記録となる9500万ポンドで、元サウサンプトンのラビアを6000万ポンドで、それぞれ獲得を試みるも、個人間合意も報じられていたにも関わらず2選手ともにチェルシーに加入した。

他にも今夏に獲得すると噂されている若手選手(バイエルン・ミュンヘンMFライアン・フラーフェンベルフ、ニースMFケフレン・テュラム、ボルシア・メンヒェングラートバッハMFクアディオ・コネ)がいるが、いまだに1つも公式発表はない。

特に元主将と元副主将の退団はサポーターを不安にさせたことだろう。在籍するMFの平均年齢は低く、24歳を超えるのはチアゴ(32歳)のみ。年齢はただの数字だと捉える意見はあるが、経験豊かな選手がチームに必要なこともあるというのは、歴史が物語っている。

将来有望な選手よりもリバプールがこの状況で必要と判断したのは、確立された経験豊かな選手だった。そんな選手として、遠藤を選んだのだ。遠藤の獲得についてリバプール専門サイト『This Is Anfield』は「失われたリーダーシップと経験を補うということを考えれば理に適っている」と報じた。

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遠藤に対する欧州の評価

では、遠藤がリバプールが失った「リーダーシップと経験」をは補えるのだろうか。この2つに関連した遠藤の評価は以下の通りだ。

2021年、当時シュツットガルトのスポーツディレクター(SD)を務めていたスヴェン・ミスリンタット氏は「サッカーの資質、メンタリティ、そしてプロフェッショナリズム。ワタル(遠藤)は最も文字通りのリーダーだ」「選手として、そして人間として、非常に貴重です」と遠藤について言及した。

また、クロップ監督は遠藤加入時の会見で「(遠藤は)本当に良い選手だ。経験豊富、シュツットガルトのキャプテン、日本代表のキャプテン、上手に英語を話す、優しい仲間、家族思い、ピッチ上のマシン、優れたサッカー選手、素晴らしい人間性」と評価した。

現時点のリバプールに必要な「適正ポジションがDMFの選手」「リーダーシップ」「経験」の3つを兼ね備えている遠藤は、それらを補うことができると期待されていることがわかる。

なお、SDのミスリンタット氏は、クロップ監督がボルシア・ドルトムントを指揮していた際(2008-2015)に、プロサッカー部門のチーフ・スカウトとして一緒に働いていた過去がある。2人は今でも定期的にコミュニケーションを取っており、強い関係性を築き上げ信頼し合っていることから、遠藤の情報を共有していた可能性は高いだろう。

さらに、リバプールのSDヨルグ・シュマートケ氏は、これまでハノーファーやケルン、ヴォルフスブルクで補強責任者を務めてきたため、ブンデスリーガの知識が豊富だ。そして、シュマートケ氏とミスリンタット氏の2人にも強い繋がりがある。遠藤のリバプール加入は、この3人の関係性があったからこそ起こったことかもしれない。

では、もっと細かく遠藤の選手としての特徴を確認していこう。

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闘志溢れるデュエル王の守備データ

遠藤がブンデスリーガで2シーズン連続(2020/21、2021/22)デュエル王(デュエル:1対1の戦い)を獲得したことは、日本ではとても有名な話だ。ハードワークできる遠藤は、試合を読み、危険を察知し、パスコースを封鎖し、広いエリアをカバーするための知識を持っている。

そんな遠藤の守備についてのデータから振り返りたい。2020/21~2022/23シーズンにおけるブンデスリーガ所属MF選手中、遠藤の記録が下記となる(Optaより)。

  • デュエル回数:最多(1274回)
  • デュエル勝利数:最多(695回)
  • ディフェンシブサードでのボール奪取回数:最多(254回)
  • クリア回数:最多(175回)
  • ヘディングクリア回数:最多(105回)
  • 空中でのデュエル勝利数:最多(219回)
  • 相手チームからボールを奪い取った回数:2位(706回)
  • ミドルサードで相手チームからボールを奪い取った回数:2位(404回)
  • タックル数:2位(207回)

シュツットガルトのようなブンデスリーガの下位チームでプレーすると、必然的に守備の時間や回数が多くなる。しかし回数ではなく質に注目しても、地上戦のデュエルにおける勝率は54.6%でタックルの勝率が58.5%と、驚異的なスタッツを残している。

また、178cmという身長にもかかわらず、空中戦のデュエルも素晴らしい成績だ。90分あたりに換算すると3.7回から2.2回勝利しており勝率はなんと95%。リーグは違えど、元リバプールのファビーニョ(90分あたり2.7回から1.5回)、ヘンダーソン(90分あたり1.0回から0.6回)、ミルナー(90分あたり3.0回から1.6回)よりも優れた数字だ。一部のリバプールサポーターは、このデュエルに関する数字を見ただけでも、遠藤を魅力的に感じることだろう。

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パス成功率は低くも、攻撃データも抜群

遠藤の良さは守備だけにとどまらない。昨2022/23シーズン、シュツットガルトの攻撃において、チーム最多の129回(シュート35本、チャンスメイク39回、シュートまでのビルドアップ関与55回)に関与し、2位のMFクリス・ヒューリッヒ(102回)を大きく上回った。

さらに、2020/21シーズン以降はシュートに繋がった攻撃(セットプレーなどの特定の状況を除く)の始まりになった回数が90回だった。これは同期間におけるバイエルン・ミュンヘンのMFヨシュア・キミッヒ(118回)に次ぐ2位の記録。

このことから、ルーズボールを拾うためのポジション取りと、守備から攻撃にうまく繋ぐ能力があることがわかる。

また、ゴールに直接繋がる攻撃においても素晴らしい。昨シーズンのブンデスリーガにおけるオープンプレーからのチャンスメイク数で、遠藤はリーグ5位の46回を記録。これを上回る選手は、バイエルンのFWジャマル・ムシアラ(53回)、当時バイエル・レバークーゼンのFWムサ・ディアビ(52回)、ドルトムントDFラファエル・ゲレイロ(47回)、そして新たにリバプールに加わった元ライプツィヒのMFソボスライ・ドミニク(47回)だけだった。

一方、昨シーズンのパス成功率は79.7%とお世辞にも高いとは言えない。ただし、その内訳に焦点を当ててみると、遠藤が選択した32.1%のパスが前方に向かうもので、9.7%がロングパス。これはリバプールも狙っていたレアル・マドリードのMFジュード・ベリンガムと似た内容だ。

また自らボールを持ち運び、エネルギーを持ってダイナミックに攻撃する遠藤は、ボールを持ち運んだときのxG(ゴール期待値)がとても高く、危険なエリアにボールを運び、チャンスを創る能力に優れていることもわかっている。

これらの能力やプレーはエネルギー溢れるリバプールの攻撃スタイルにマッチしていると言えよう。

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自己管理も完璧

また遠藤にとって初となるプレミアリーグは、スケジュールがタイトだ。特にリバプールは、チームスタイルの影響やリーグ以外の大会に出場することで、毎シーズン怪我人が多く出ている。チームに加入しながらも、怪我で目立った活躍ができないまま退団していった選手は多い。

しかし、遠藤に怪我の心配はなさそうだ。

ブンデスリーガにおける過去3シーズンで、わずか3試合(出場停止、コロナウイルス、脳震盪)しか欠場しておらず、MFとして最も長い出場時間(8,783分)の102試合中99試合に出場してきた。

シュツットガルトでは、遠藤は非常に献身的なプロフェッショナルとして知られており、代表戦による長い遠征を終えてトレーニンググラウンドに戻ると、まず始めにジムへ向かうという。自身のケア、タフさにおいては完璧だと思われる。

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リバプールのDMFに求められるものは?

それでは最後に、昨2022/23シーズンまでリバプールのDMFを担当していたファビーニョと、遠藤のプレーを比較してみたい。

ボール保持時、遠藤は前方へのプレーを行う。ファビーニョは真逆で、チームメイトへの短いパスでリスクを取らないプレーをしていた。リバプールのDMFはボールを保持している時、チームのコントロールと安全性を最優先に考えなければならない。これについて遠藤は、注意が必要だ。

ゴール前においては、遠藤もファビーニョもミドルシュートを持っており、引かれた相手に対して脅威になり得るだろう。

ボール非保持時は、両選手ともに素晴らしい守備を披露するが、遠藤はより人への意識が強く空中戦で優位に立つことができる。ファビーニョは、遠藤に比べると人へのアプローチが弱く、それよりもボールの進行を制限したり攻撃を妨げたりする能力が非常に高かった。

リバプールの現状に、貴重な非HG枠に、遠藤が選ばれた理由は十分過ぎるほど揃っている。

ここからの日本の主将の活躍に期待したい。

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