*16:15JST ロシアの専門家たちが見る米中関係【中国問題グローバル研究所】
【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。所長の遠藤 誉教授を中心として、トランプ政権の”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、また北京郵電大学の孫 啓明教授が研究員として在籍している。
関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。

◆中国問題グローバル研究所の主要構成メンバー
所長 遠藤 誉(筑波大学名誉教授、理学博士)
研究員 アーサー・ウォルドロン(ペンシルバニア大学歴史学科国際関係学教授)
研究員 孫 啓明(北京郵電大学経済管理学院教授)

◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信しているウラジミール・ポルチャコフ氏の考察を紹介する。

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ロシアの中国学や政治学に関する専門家の多くが、2019年になると、米中関係に一段と注目するようになった。特に注目されているのが、米中が今年で国交樹立40周年を迎えたこと、両国の貿易戦争がすでに1年以上続いていること、さらに世界の2大パワーである両国が国際舞台や新技術分野を中心に直面している競争上の共通の課題である。『極東事情(Far Eastern Affairs)』[1]や『ロシア諸民族友好大学紀要( Vestnik RUDN)』などの定期刊行物に、米中関係をテーマにした記事が特集された[2]。
ロシアの有力紙『コメルサント(Kommersant)』や『ニェザヴィーシマヤ・ガゼータ(Nezavisimaya Gazeta)』でもこの問題は定期的に取り上げられている。

ロシアの専門家の多くは、現在の米中関係の悪化は偶発的かつ短期的なものではなく、当然かつ長期的なものであると考えている。この対立の基礎にあるのは、「世界の頂点」すなわち世界の指導者の座に向けた中国の前進を遅らせたいという米国共通の願いである。したがって、この2大国間での「貿易戦争」は「既存の世界秩序の変革に向けた戦いの始まり」とみなされている[3]。

その争いは次第に激しくなってきた。根本的な原因は、中国の経済および「総合国力」の急成長に加え、その成功を国際舞台での立場の強化に生かそうとする中国政府の明白な企てだった。
世界における米国の指導的立場に対して、中国が現実的にも想像上でも攻勢をかける構図は、「一帯一路」という形で国際的な経済・人道協力を展開するという考え方に大きく支えられているようだ。

中国の著名な科学者、胡鞍鋼氏は中国が2013年に総合国力で米国を抜いたという計算を示し、米国政府はこれを非常に痛切に受け止めた。これに対し、中国政府側は、「トゥキディデスの罠」(すなわち台頭する勢力と旧来の覇権との間の激しい対立)を回避したいという誠実な願いと、米国を世界の指導者の座から引きずり降ろそうという意図はないことを確約したが、目立つような効果はなかった。

米国側では、トランプ大統領の「アメリカを再び偉大に」という願望が大きく作用した。そのためには、世界の政治や経済における中国の立場の一層の強化を防ぐことが必要だった。中国は、国際舞台で米国の主要な競争相手と認識され、実際にそうなっていたのである。
アンナ・ヴォロシナ氏(ロシア科学アカデミー極東研究所)は、付随する背景として、対中政策の立案に参加する大統領チームのメンバーに多様性があり、中国批判に穏健な立場を取るメンバーから、あからさまな対決姿勢を取るメンバーまでいることを指摘した[4]。トランプ大統領の通商アドバイザーであるピーター・ナヴァロ氏は、特にその分かりやすい好例と言える。

米国が二国間貿易を「最初の戦場」として選択した理由としては、貿易の現状への不満に一定の根拠があること(中国に有利な巨額の貿易不均衡は何より明白である)、および、中国にとってこの分野が非常にデリケートであることという二つが挙げられる。ロシアの専門家らは、米中貿易戦争の変遷について詳述している[5]。同時に、ロシアの米国専門家は、中国政府に対する米国政府の主張や要求の一部について、ある程度の正当性、あるいは少なくとも客観的な根拠を認める傾向がある。例えば、ロシア科学アカデミー米国・カナダ研究所のヴァレリー・ガルブゾフ所長は「中国による不公正な営みの実践が、米国の貿易に深刻な打撃を与えている」と断言している(ただ、これは米国側の調査に基づく主張である)[6]。
ヤナ・レクシュチナ氏(サンクトペテルブルク大学)は、米国の行動を「近代的な世界貿易体制で採用されているルールや規制に従うよう中国政府に強制」しようとする試みだと考えている。中国の政策「中国製造2025」に対する米国の保護主義的措置の焦点は、この政策プログラムに強制的な技術移転や、知的財産権の侵害、産業スパイなど、貿易ルールに対する最も深刻な違反が反映されているという事実で説明できると彼女は推察する[7]。

対して、ロシアの中国研究者の多くは、中国に対するこのような非難は「少なくとも誇張された」もので、経済的観点からは必ずしも妥当ではなく、国際分業において両国が現有する経済の比較的優位性と特性を無視したものだと考えている[8]。

ウラジミール・ペトロフスキー氏は、世界貿易の将来に対して米国と中国は同等の責任を負っているという主張に異論を唱えている。中国が世界貿易機関(WTO)の中心的役割の強化やそのルールと原則を一貫して支持している一方で、米国は自国の国内法を他国にも適用する姿勢をとっており、セルゲイ・ラブロフ外相によれば、このことが「大多数の普通の国々や人々の拒絶」を招いているという[9]。

ロシアの専門家の多くは、米中貿易戦争が世界経済と貿易に衰退をもたらす脅威だと懸念している。
この対立は、いずれロシアに対しても影響を及ぼすと考えられる。主要通貨に対するルーブル相場や、世界の石油価格とその需要、そして最終的には経済成長の動向に悪影響をもたらすだろう。同時に、ロシアの輸出産業においては新たなニッチ市場が生まれる。特に中国向けだ。セルゲイ・トルーシュ氏によれば、ロシアは「いくつかの種類の農産物に対する中国の需要を一部満たすことができるし、ロシアのエネルギー産業におけるニッチ市場として利用できるようになる」という[10]。

中国の一層の技術開発を抑制したいという米国の願いに関しては、専門家が指摘するように、問題は未解決のままだ。
中国には多くの強みがある(米国からの政治的独立、巨大な国内市場、膨大な科学的資源)。このため中国は「そう簡単にはあきらめずにいられる。技術戦争は長期にわたって続き、世界経済の構造に重大な変化をもたらすだろう」[11]。

※1:中国問題グローバル研究所 https://grici.or.jp/

【以下、脚注】

[1] 「米中国交樹立40周年」『極東事情(Far Eastern Affairs)』第2号、モスクワ、2019年、29-72頁。(ロシア語)(Section “The 40th anniversary of the establishment of diplomatic relations between the PRC and the USA” ー Problemy Dal’nego Vostoka (“Far Eastern Affairs”), Moscow, 2019, No. 2. P. 29-72. (In Russian).)

[2] 「テーマ別資料:中国と米国のコ・ペティション(協力+競争)」『第19巻第1号、モスクワ、2019年、 9-58頁。(Thematic dossier: China-USA: coo-petition (cooperation+competition). ー Vestnik RUDN: International relations, Moscow, 2019. Vol. 19, No. 1. Pp. 9-58.)

[3] アンドレイ・ダヴィドフ、「米中関係の確立と強化におけるイデオロギーとプラグマティズム」『極東事情(Far Eastern Affairs)』第2号、モスクワ、2019年、41頁。(Davydov Andrey. Ideology and pragmatism in establishing and strengthening Sino-American relations ー Problemy Dal’nego Vostoka, Moscow, 2019, No. 2. P. 41.)

[4] アンナ・ヴォロシナ、「米国の『太平洋基軸』における中国」『極東事情(Far Eastern Affairs)』第2号、モスクワ、2019年、47頁。(Anna Voloshina. China in the “Pacific Pivot” of the United States -Problemy Dal’nego Vostoka, Moscow, 2019, No. 2. P. 47.)

[5] 一例として次の論文を参照頂きたい。
アンドレイ・ヴィノグラドフ、アレクサンドル・サリツキー、ネリー・セミョーノワ、「米中の経済対立:イデオロギー、年代記、意義」『ロシア諸民族友好大学紀要( Vestnik RUDN』第19巻第1号、モスクワ、2019年、 35-46頁。(Vinogradov Andrei, Salitskii Alexander, Semenova Nelly. US-China economic confrontation: ideology, chronology, meaning ー Vestnik RUDN: International relations, Moscow, 2019. Vol. 19, No. 1. Pp. 35 -46.)

[6] バレリー・ガルブゾフ、「ドナルド・トランプの中国症候群」『ニェザヴィーシマヤ・ガゼータ(Nezavisimaya Gazeta)』、モスクワ、2019年6月25日。(Valery Garbuzov. Donald Trump’s Chinese syndrome-Nezavisimaya Gazeta, Moscow. 25 June 2019)

[7] ヤナ・レクシュチナ、「『貿易戦争』あるいは世界秩序刷新を求める闘い」『極東事情』第2号、モスクワ、2019年、63頁。(Leksyutina Jana. “Trade wars” or the struggle for renewal of world order ー Problemy Dal’nego Vostoka, Moscow, 2019, No. 2. P. 63)

[8] アンドレイ・ヴィノグラドフ他、前掲書、37頁。(Vinogradov Andrey and others. Op.cit., p.37.)

[9] ウラジーミル・ペトロフスキー、「米中貿易戦争:経済か地政学か」『極東事情(Far Eastern Affairs)』第2号、モスクワ、2019年、56頁。ラブロフ外相の発言は、2018年12月7日に開催された第25回欧州安全保障協力機構外相理事会後の記者会見から引用。(Petrovsky, Vladimir. US-China trade wars: economy or geopolitics? ー Problemy Dal’nego Vostoka, Moscow, 2019, No. 2. P. 56. Lavrov’s statement is quoted as referring to his press conference following the 25th Meeting of Foreign Ministers of the Organization for security and cooperation in Europe on December 7, 2018.)

[10] セルゲイ・トルーシュ、「トランプと中国:中間結果」『極東事情(Far Eastern Affairs)』第2号、モスクワ、2019年、71頁。(Sergei Trush. Trump and China: intermediate results ー Problemy Dal’nego Vostoka, Moscow, 2019, No. 2. P. 71.)

[11] ミハイル・コロスチコフ、「超大国は半導体チップによって測定される」『コメルサント』、2019年8月17日。(Korostikov Michael. Superpowers are measured through chips. Kommersant, 17 August 2019.)


《SI》