あと一歩で悲願のメダルに手が届かなかった東京五輪の結果を受け、ピッチ上での成果と課題について様々な意見が飛び交った。ただ、日本サッカーのさらなる進化のためには合わせてピッチ外でもトップレベルになる必要がある。

では、エコシステム全体で成長するためにはどんな策が考えられるのか。かつては楽天にて、現在はシティ・フットボール・ジャパンの代表としてJおよび欧州クラブのフロント事情や世界のスポーツビジネスシーンの最前線を知る利重孝夫が提言する。

 東京五輪でのU-24サッカー日本代表の戦いが終わって1カ月弱が経過し、いよいよカタールW杯アジア最終予選が始まった。

 五輪では史上最強の呼び声にふさわしいチームの勝ち上がりに合わせて、ここのところ代表離れが叫ばれていた国民の関心を大いに集めたことは素直にうれしかったし、結果的にメダルに一歩手が届かなかった悔しさも相まって、大会後には様々な立場、角度から日本サッカーの現在、将来に向けた思いの発露、振り返りがなされた。

 有識者による五輪総括はどれも傾聴に値するもので、幣媒体『フットボリスタ』のwebサイト にて掲載した山口遼川端暁彦両氏からの寄稿もともに多くの読者の関心を集めた。

 2人からの発信は、日本代表のさらなる進化に向けた重要な要件として「サッカーリテラシーの向上、サッカー国力の強化が不可避」といったフレーズで最後締め括られていたが、このコラムでは、「日本代表がW杯、オリンピックで優勝するために必要なこと」として、さらに「どのようにリテラシー、国力を上げていけば良いのか?」という部分について深掘りしていきたいと思う。

 最初に結論を述べてしまうと、私は「日本型ナーゲルスマンの登用」「Jクラブ・オーナーシップの流動性が高まり、オーナーチェンジが活発になることでクラブ経営や経営者の真のプロ化が進むこと」の2つがキーとなるポイントだと思っている。

なぜ日本型ナーゲルスマンが求められるのか?

 日本と欧州両方のサッカー界のフロンティアに現在進行形で触れていると、日本のサッカー界がトップレベル、グラスルーツ、それらを支えるシステムのすべての面で着実に歩みを前に進めて成長している一方で、欧州では豊富な資金力、社会の中での高いステイタスを通じて日本のそれを圧倒的に凌駕するボリューム、スピード感を持って絶えずアップデートがなされていることを痛感する。

 日本のトップレベルにある選手たちが、個々の技量だけでなくチーム戦術をブラッシュアップしていかねばならない欧州サッカー界の厳しい競争下で揉まれていくのに対し、その舞台にまだ立てていない日本の指導者との間にギャップが生まれてしまう現実は、致し方ない面もあるだろう。

 特に2010年代以降、戦術やチーム構築に関する理論の言語化と体系化の急激な進展や最新技術を駆使したパフォーマンス分析の進歩などに伴い、ピッチ上で繰り広げられる攻防がより緻密かつ洗練されたものへと変貌を遂げてきたことは、『フットボリスタ』読者のみなさんにあらためてここで詳しく説明する必要はないだろう。例えば、チェスの戦術から着想を得た「ポジショナルプレー」によりスペースを支配するという概念が生まれ、その中でより価値のあるスペースとして定義された「ハーフスペース」という単語は、サッカー中継において普通に語られるほど市民権を得るに至った。また、今や攻撃と守備それぞれの局面でフォーメーションを可変させることは当たり前となり、目まぐるしく変わる相手のアプローチに対応するために、リアルタイムを含めたデータ分析を活用して試合中にプランB、プランCを繰り出すこともまたスタンダードとなっている。それは理論や戦術自体も同様で、理論や戦術のアップデートがあればすぐさま解読され、それを上回る攻略法が編み出されていくようなダイナミズムが生まれている。

 こうした状況ゆえに、選手生活をまっとうしてから指導者になるのではなく、早くから指導者のプロとして学び始めて経験を積み、研鑽を重ねることで優れた監督として頭角を現す事例が増えてきている。これもみなさんご存知の通りであり、この傾向は今後もますます強まっていくと思われる。

 しかし残念ながら、現状の日本サッカー界ではそういった指導者を輩出するシステムの整備は進んではおらず、ゆえに先述したような最前線の流れをキャッチアップし、トップレベルの現場で活用できている指導者もほとんどいないように感じる。

 ただ、だからといって経験豊富で、最先端のサッカーにも通じた外国人を登用すればよいと言いたいわけではない。

 日本はもはやサッカー後進国、発展途上国ではない。世界ランキングで1桁に入る強豪国ではないが常に五輪でメダル、W杯ではベスト8以上を目指すことができる、立派な中堅国である。

 そして、日本におけるサッカーの普及や代表チームの成果、社会への影響は着実に大きくなってきた。それを司る最高峰の組織としての日本サッカー協会(JFA)の社会における重要度も同様に増してきている。Jリーグ創設前やW杯初出場までは、JFAは言わばベンチャーであり、求められる打ち手としてもよりチャレンジングで、かつそのリスク許容度も高かったと思われる。

 だが、現在のJFAはより強固な財政基盤を有し、日本を代表する数々の企業からのスポンサードを受けるなど、数多くのステークホルダーの便益を図っていかねばならないエスタブリッシュメントである。その一手一手には、以前とは異なる保守性や安定感がより求められるのは当然だ。

 ましてや“代表監督”や“五輪代表監督”は、国にとって、協会にとっては最重要ポジションである。

例えば、大企業における人事を想像してほしい。代表監督に相当するような枢要なポストに、いくら能力が高いといえどもやすやすと外国人にその地位を与えるケースは限られる。ステークホルダーとの関係も考慮し、選手時代も含めた理解を得やすい実績を有したメインストリームの日本人が監督として選択されることは、極めて自然なことだと思う。

 以上のような状況を総合して考えると、日本が次のステージに進むためには、欧州で現場を経験した若い世代を中心にモダンサッカーの捉え方を装填した戦術家たち、いわゆる“日本版ナーゲルスマン”予備軍が登用されることが一つのカギになる。一方でそのためには、彼らがエスタブリッシュメントを納得させられる圧倒的な実績を築き上げなければならない。

 しかし、ここでさらに大きなハードルが行く手を阻む。残念ながら現在のJクラブに、選手としても監督としても、また協会内での実績もない若者に指導を委ねる土壌や風土はないのである。

もう1つの東京五輪総括。日本サッカーが世界の強豪国となるため、エコシステム全体を引き上げることの必要性を説く

28歳でブンデスリーガの舞台で初指揮を執り、今や欧州随一の名将として一目置かれるナーゲルスマン

Jクラブ経営、経営者の真のプロ化を促進するためには?

 現在のJリーグにおいては「選手を含む現場はプロフェッショナルで、クラブ経営・経営者は半プロ状態にある」というのが自分の認識だ。

 日本にはまだ、プロのスポーツクラブ経営者層が成立していない。例えば、マンチェスター・シティではチャンピオンシップ(2部)クラブのCEOを引き抜いてビジネス部門のトップに据え、その後彼は再びヘッドハンティングされてNFLクラブのCEOに抜擢されたのだが、Jクラブではそのようなキャリアパスの話を聞くことはほぼない。欧米ではスポーツビジネス業界に特化したエグゼクティブ・サーチ・エージェントが存在するが、日本市場ではその業態自体が存立できない。

 将来性の高い選手、指導者やその卵の能力を見抜き、評価する役割はもちろん直接的にはクラブの強化責任者が担うけれども、その強化責任者であったりトップチームの監督、コーチ、アカデミー責任者であったりを任命する最終的な決裁権を持つのはあくまでクラブの経営陣であり経営者である。長期的な視野に立ち、世界のフットボール界のトレンドをキャッチアップしながら、強化担当からの上申内容に是々非々で判断を下せる経営者は、残念ながら今のJのリーディングクラブには存在しない。

 ただしここで誤解してほしくないのは、Jクラブにプロ経営者がいないのは決して経営者個々の資質の問題ではないということ。日本のプロスポーツを形作る仕組みから派生しているファクトであって、プロ経営者がいないと言うよりは、必要ではない仕組みになっているためだ。

 歴史的な社会人スポーツの流れもあり、Jクラブの中でもオーナーがいわゆる大企業の場合は、人事ローテーションの一環としてほぼ例外なく親会社からクラブの社長が送り込まれる。その場合、スポーツ事業の経験は必須ではなく、次の異動先でもJクラブ社長としての経験を直接的に活かすことを必ずしも求められることはない。選手を含む現場はプロかもしれないが、クラブ自体は親会社からの手厚いサポートありきで成り立っている一子会社であるため、外部からサッカービジネスに明るい経営者を求めるのではなく、むしろ財務責任を負う親会社からのガバナンスが効くよう100%グリップできる人間を送り込むことが優先されるのは至極当然のことだ。

 国内プロスポーツリーグ運営に限った視点だと、この責任企業制と言うシステムは極めて秀逸なもので、もともと全部アマチュアだったJリーグ以前の時代から、今日まで日本が成長を遂げた大きな要因であり、実用的に設計されかつ運用されてきた。

 しかも、Jリーグの場合は責任企業型の主に都市部に在るクラブだけでなく、リーグの存在意義でもある地域密着のテーマに基づいた責任企業なしの地方クラブさえも地域行政とタッグを組む形でリーグ・コミュニティの一部として取り込むことに成功し、リーグ創立時(1992)の10社すべて責任企業型クラブの状態から、今日57クラブにも上るハイブリッド型コミュニティにまで発展を遂げてきた実績がある。

 日本型プロスポーツリーグとして秀逸なエコシステムを形成しており、世の中はいまだコロナ禍の真っ只中にあるものの欧米に比べて総じて日本のスポーツ事業が受けているマイナスインパクトが比較的軽微なものに留まっているのは、これまで培ってきたシステムがセーフティネットとして機能しているからに他ならない。

 しかし、である。この絶妙に形作られてきた仕組みであるがゆえにプロの経営者が育たず、社長人事が周期的に行われるたびに基本的にゼロ・スクラッチからの経営となるクラブはいまだに多い。サッカーのことは強化に任せておけば良いと、経営レイヤーではフットボール関連の検討・議論が十分交わされることなく重要な機関決定が行われることも少なくない。

 Jクラブ所属の日本人選手に海外移籍の噂が出ると「もっと高い移籍金を取れたのでは?」「そもそもなぜ今チームを出ることを許すのか?」といった話題が頻発するが、これは経験豊富な相手方欧州クラブが交渉上手という点はあるものの、一番の理由は日本側のクラブにはそこで頑張らなくてもクラブ経営的に挽回不能な支障とはならないという側面が大きい。

もしクラブが経営的な自立を求められる状況にあれば、もっと貪欲に調査、交渉を行い、より良い条件を勝ち取るべく動くであろう。

 今回の五輪で日本チームが、選手個々のポテンシャルは順調にレベルアップしてきたことを示す一方で、次のステージに進むためにはエコシステム全体の成長が求められることが明らかになった。そして、その中で最も重要なポイントの一つが、経営・経営者力の強化であることは間違いないだろう。

 では、経営・経営者のプロ化を進めるためにはどうすれば良いのか? 私は、Jクラブのオーナーシップの流動性を高めることがそのきっかけになると考えている。

 流動性が高まるとどんなベネフィットが期待できるのか? Jクラブ親会社の中には、歴史的な事実や漠としたスポーツ支援と言う目的以外になぜプロサッカークラブを所有しているのか、明確に伝わってこない会社も正直見受けられる。企業体力から見て、財務負担的にはクラブへの継続的な支援が十分可能なため直ぐに手放すとはならない一方で、逆に積極的な所有理由が社内外で認識、共有されていないのだ。

 対してIT系新進企業を中心に体力面でも問題なく、プロスポーツクラブ経営に意欲を示す企業は増えている。プロ野球が新規参入の結果リーグ全体として明らかに活性化されたのと同様に、Jリーグでももっと時代の移り変わりに合わせたオーナーチェンジが可能な時代になればと思う。

 総じて新たにスポーツ事業に新規参入しようとしている企業は、スポーツを自社事業にどう生かしていくかの視点が明確である。スポーツを使ったマーケティング、社会貢献、リクルーティング活動など、スポーツビジネスを自社の中に取り込んで重要な役割を担わせようとする意識が強いため、当然の結果としてクラブの経営者に求める資質としても、身内のルールを重視することよりもサッカー、そしてサッカービジネスの本質を理解して切り盛りする能力への評価・期待が大きくなる。

 リーグ内で新オーナーを迎えたクラブが活発なスポーツマーケティングを展開することで、既存のクラブオーナー企業にとっても刺激となり、あらためてクラブ所有の意義、活用方策について再考する動きが広まっていくなど、新旧オーナーそれぞれのクラブで経営のプロ化が推進されることが期待できる。

Jクラブ経営、経営者の真のプロ化を目指す動きは、「何かを失う覚悟がなければ、得るものは得られない」類のものである

 ただ実際に経営のプロ化に向けて舵を切ることは決して簡単なことではなく、また現行の「責任企業+地域密着行政タッグ」型システムが大いに馴染んでいることもあり、非常に悩ましいものである。

 事実、クラブの親会社自身による変化を求める声は限定的だ。

歴史の長いクラブであっても、親会社には「サッカーの世界のことは素人なので任せています」と現場に踏み込む意思がなく、リスペクトと言うよりは結局思考停止に陥っているだけになっているケースは少なくない。

 さらに、経営のプロ化を阻む大きな要素として挙げられるのが現場サイドからの圧力である。プロとして鍛えられている現場からすると、経営はアマチュアのままであった方が何かと都合が良い。かくして選手人件費は高騰し、良いスカッドが組めたとしてもその経験値はクラブには残らず、毎回ゼロから現場に委ねる以外方法なしの状態に陥ることとなる。

 現場は、時にはメディアと組んで抵抗を試みてくる。メディアとしてもすぐまた新しい社長が来る半プロの経営サイドをサポートするよりも、業界にずっと存在する選手・強化部・代理人のプロ側に付いた方が得である。経営のプロを求めるというのは何も売上と利益をしっかり上げることだけを指すのではない。現場やメディアに対して、その経験値や洞察力を働かせて良いものは良い、ダメなものはダメとしっかり判断し、戦うべき時は戦うことも含んでいるのだ。

 オーナーシップの流動性を高めることについても、オーナーチェンジというとメディアからはとかく身売りと称してクラブの経営が苦しいやら、リーグが停滞しているからなどの紋切り型のコメントや、稀にあったディールの売却(買収)金額に対して、今度は日本のスポーツクラブはこの程度の価値しかないのか、低過ぎる、と言った真逆のコメントが出たりするが、もっと世の中全体でクラブ所有の移転自体をポジティブに捉えられるよう、まさにリテラシーを高めていく必要がある。

 一方で、最大の注意を払わなければならないのが、経営のプロ化がエコシステム全体として成立するまでは、これまで破格のサポートを提供し続けてもらっている社会人サッカー(日本リーグ)時代からの日本が誇る大会社からの支援を継続させていくこと。そしてもう一つ、プロセスの途中で、親会社の手厚いサポートがない中ここまで頑張ってきた地方クラブをドロップアウトさせないこととの両立を図ることもとても重要だ。

 「世界の強豪国入り、W杯やオリンピックで金メダルを目指す」ための策として「経営のプロ化」が必須とは言ったものの、それは現状比較的うまく機能しているエコシステムを一部犠牲にするリスクを内包しており、やはりこれは「何か失う覚悟がなければ、得るものは得られない」類のものだと自覚している。

それでも経営のプロ化をフックとしたエコシステム全体のレベルアップを目指したい

 それでも自分としては、現在の「現場はプロ、クラブは企業のサポートが前提にありプラス地域密着型を組み入れ」型に敬意を表しつつも、グローバルで先行する強豪国が不断の強化を進めていくのに対抗して次のステージに進むために「現場だけでなく、コミュニティ全体のプロ化」を強く推したい。

 経営のプロ化、そしてクラブの経済的自立を図る中で現場もさらに鍛えられ、メディアのクオリティも向上し、結果としてファン、サポーターの啓蒙も進むといった正のサイクルが期待できると思うからだ。

 現状のままでも、さらなるレベルアップが見込まれる選手たちの獅子奮迅の頑張りで世界大会の優勝を果たせるかもしれない。しかし、もしタイトルを獲れたとしてもそれは再現性を伴う進化とはならないのではないか。恒常的にタイトルを目指せる強豪国入りを果たすためには、やはり経営のプロ化によるエコシステム全体のレベルアップが必須であろう。

 実は、日本ではまだオーナーチェンジがあった場合でも、新規参入した企業に所属する関係者が新たにクラブの経営者に就く場合がほとんどで、外からプロの経営者を引っ張ってくるケースは一般的ではない。それは、そもそも供給できる人材の層がないからというのが一因としてある。

 ゆえに、さらに次のステップとしては日本企業だけでなく、ファンドや外国資本がオーナーシップを取得し、より明確にプロ経営者のニーズが高まる段階も視野に入れておくのが良いと思っている。Jリーグは百年構想を謳っているわけで、じっくりと百年の計を立てた上でクラブ経営、経営者のプロ化、成熟を果たしていければ良い。

 クラブのオーナーシップの流動性が高まり、プロ経営者が増えていくことで日本サッカーコミュニティのリテラシー、国力が上がり、世界の強豪国の仲間入りを目指せる。何とも「風が吹けば桶屋が儲かる」的な悠長な話ではあるが、一朝一夕に事が運ばないことは周知の事実。これくらいのデザインと時間をかけて強化に取り組んでいきたいものである。

 Jクラブが中長期的な視野を持ちつつ、目まぐるしくアップデートが繰り返される世界のフットボールの動きをキャッチアップしながら経営判断、機関決定を行い、功労者やレジェンド、他クラブで実績のある指導者といった選択肢だけでなく、日本版ナーゲルスマンやトゥヘル、クロップを輩出できる環境が整っていくことで強豪国にふさわしいベースが整備されていく、そんな未来を想像している。

Photos: Getty Images

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