【増田俊也 口述クロニクル】#53


 作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇ 


増田「映画は駄目だということを先日仰ってましたけども、たとえば歌舞伎なんかはどうですか」


加納「昔は見たことあるよ。でもダメだね。古すぎる」


増田「表現形態として?」


加納「見てられない」


増田「ミュージカルは」


加納「ダメだね。映画もダメ。古すぎるんだよ」


増田「歌手のコンサートなんかは行かれますか」


加納「音楽は好きですけどね。玉置浩二のコンサートとかだったら腰あげてもいいけども、そういう表現者が滅多にいないんですよ。玉置浩二は好きです。彼のコンサートなら行きたい」


増田「映画は歌舞伎と同じくらい古びた表現形態になってるんですか。典明さんのなかでは」


加納「そうだね。古いね。いいものもあるよ、ときどきだけど。

『ミスティック・リバー』*とか」


※ミスティック・リバー:2003年公開のアメリカ映画。3人の男の子供のころの性的被害を軸に描かれたデニス・ルヘイン原作の社会派ミステリー。監督はクリント・イーストウッド、主演はショーン・ペン。数々の映画賞にノミネートされた。


増田「ああ、あれですか。最初のシーンで子供たち3人がボールが遊んでて、知らない男に1人連れ去られて行方不明になるっていう」


加納「そう。連れていかれなかったうち1人が刑事になって。もう1人を演じたのがショーン・ペン*で。監督はええと……」


※ショーン・ペン:1960年生まれのアメリカの俳優。1989年の『俺たちは天使じゃない』、1993年の『カリートへの道』などで着実に評価を高め、その後はベルリン国際映画祭男優賞、カンヌ国際男優賞、ヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞するなどしてトップ俳優に。『ミスティック・リバー』で悲願のアカデミー主演男優賞。


増田「クリント・イーストウッドですね」


加納「そうそう。

あれはよかった」


増田「典明さんのなかで、駄目な作品とどういった点が違うんでしょう」



精神の印刷屋でもあるまいし、学校で教えるのは無理だよ

加納「ショーン・ペンが良かったんだよね。彼の演技。それからイーストウッドがやりたいことが、俺には伝わってきた。ただの活劇ではなくて、社会性を持ってたというかね」


増田「訴えてくるものがあったと」


加納「そうそう」


増田「他にいい映画はありますか」


加納「なかなかないね。大体その、お里が知れるって言うかね。感激したいとかそんなのないんだけど、要するに何も感じないんだよ。見えちゃうというかな。役者の演技がすごいとかであっても、うん、よくやるけどなというぐらいしか感じないというか。でも『ミスティック・リバー』はよかった。ショーン・ペンとイーストウッドが真剣勝負の感性で撮ったんだろうね」


増田「東京藝大には映画の学科もありますけども、ああいったところでは何を教えてるんですかね」


加納「大学で教えられるものっていうのは限られるよね」


増田「そうですね。機械科とか土木科とかの技術屋さんならある程度は基礎は教えられると思うんです。でも映画のようなクリエイティブなことは無理ですね」


加納「精神の印刷屋でもあるまいし、そういうのを学校で教えるのは無理だよ」


増田「無理ですね」


加納「俺は、例えば小説家だったら、書くことが危険をもたらすべきだと思うわけ。

読者個人個人に精神の危険を、そわそわさせるってことじゃないんだけど、要するに『どっか斬られた』というか、『これは捨てられない』『忘れられない』というか、そういう何かがないと。植えつけるといえばいいのかな」


増田「傷跡のようなものですか」


加納「そう、傷跡。精神的刀傷を負わせるべきだよね」


増田「いや、今はなんでも『共感できない』とか『共感したい』とか、そういう時代ですから。表現世界、クリエイティブな世界がその小さな眼線で破壊されてますから。『私は共感できない』とか言う人は間違いなくクリエイティビティのない人ですけどね」


加納「たしかに共感派からしたら、俺の話なんて『それ何ですか』の話だろうね。『それ何の話ですか』って食いつかれるだろうけども、やり合わせてくれるならいつでもやるけど」


増田「『朝まで生テレビ』みたいな」


加納「そう。最後まで議論させてくれるならやるよ。長くなるだろうけどね。負ける気はしない」


(第54回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。

グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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