【シン・この有名人の意外な学歴】#4


 タモリ吉永小百合


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「二文」といえば、早稲田大第二文学部の略称。夜間学部として戦後に創設され人気も高かったが、10年前に最後の学生を送り出し廃止された。

ユニークな人材を輩出してきた二文の出身者には芸能人も多い。その代表格は吉永小百合(80)とサユリストとして知られるタモリ(80)だろう。


 福岡市で育ったタモリは県内トップクラスの県立筑紫丘高校に進んだ。吹奏楽部に入部し、トランペットを担当。早稲田大ではモダンジャズ研究会(通称「ダンモ研」)に入ったが、司会を任された。トランペットは他にうまい部員がいたからだ。2023年11月に開かれたダンモ研の60周年コンサートにも登場。スキャットを披露した。


 高校ではアマチュア無線クラブにも入っていた。熱中したのは音楽よりこちらのほうだった。アマチュア無線技士の資格を取得。この世界をきわめたくて、大学は無線電信講習所を起源とする国立の電気通信大(東京・調布市)を目指した。

「あらゆる分野に精通し、芸能界随一の頭脳」(元テレビプロデューサー)と称されるタモリだが、唯一苦手だったのが物理。克服できず、入学はかなわなかった。


 1浪して早稲田大に入るが、文転して二文を選んだ理由についてタモリ本人が明確に語ったことはない。「吉永小百合が二文に来るとの噂を聞きつけ決めたという説もあるが、どうも怪しい」と話すのはベテランの芸能記者だ。小百合ファンになった理由は「同じ1965年に二文に入学して意識するようになった」というのが真相に近い。タモリとしては、とにかく東京に出たかったようだ。


加藤登紀子がいた難関都立駒場高校に進学した吉永


 一方、東京・渋谷区で生まれ育った吉永は小6の時、ラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。翌年には同テレビ版にも出演した。東大法学部出身の父が事業に失敗し、家計を助けたい一心だったといわれるが、次第に女優への憧れを強めていく。オーディションを受け、中2で映画デビューを果たすと、あとはトントン拍子だった。


 一気に忙しくなる中でも、勉強はよくできた。一般入試で難関の都立駒場高校に合格。

1学年上には東大に進学した歌手の加藤登紀子がいる。入学と同時に日活に入社。ますます忙しくなった。高1の3学期からは私立の精華学園女子(現・東海大付属望洋)に転校したが、ほとんど出席できなかった。小百合ブームが到来し、歌手デビューまでさせられてしまうのだ。結局、中退を余儀なくされた。


 だが、大学に行きたいという気持ちは強かった。大学入学資格検定(現・高等学校卒業程度認定試験)にチャレンジ。鬼門はタモリと同じく物理。どうしても合格点が取れなかった。この1科目のせいで検定を突破できなかったが、早稲田大が独自に高卒以上の学力があると認定し、20歳の時、二文入学を果たしたのだった。


 吉永は4年で卒業。

成績も抜群で“次席”の表彰を受けた。片やタモリは学費未納のために3年の時、除籍となっている。


(田中幾太郎/ジャーナリスト)


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