【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#21


 特別編「ビートルズとローリング・ストーンズ」②


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 前回述べたように共通項も多い2バンドだが、大きな違いがあるとすると、1966年、ライブ活動に疲れ果て、レコード制作を活動の中心に置いたビートルズと、現在に至るまで、バリバリのライブバンドであり続けているストーンズという対比である。


 その結果、60年代の日本におけるリスナーの規模は、ビートルズの方が相当多かったはずだが、当時のバンドマン=グループサウンズ(GS)がライブでカバーする頻度はストーンズの方が圧倒的に多かった。


 なぜならビートルズは「レコード芸術」であり、演奏や歌が難しく、盛り上がりにくい。逆にストーンズは演奏しやすく盛り上がりやすい。


 GSのトップスターだった沢田研二は2023年、さいたまスーパーアリーナでのコンサートのアンコールでストーンズ『サティスファクション』(65年)を歌い、客席は大盛り上がりだった。


 聴かれたビートルズ、演られたストーンズ。彼らには、こういうすみ分けまで含めて、語られなければならない。


 では私はどうだったか。中3から高2まで、完全にビートルズ先行。当時も多かったビートルズ本を読み漁り、その結果、白状すればストーンズを少々バカにしていた。ワンパターンじゃないかと。


 しかし高2のある日、ストーンズの魅力が突如舞い降りたのだ。


 きっかけは大阪・ミナミの楽器屋で流れていたストーンズの映画『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』。81年のライブを記録したもので、淡泊なドラムス、ルーズなギターに乗って躍動する、当時まだ30代後半のミック・ジャガーがとにかくかっこいい。


 そもそもビートルズはもういないんだ。でもストーンズはまだいる。派手派手なライブをやっている!


 つい長時間居座って全編見てしまい、楽器屋の女性店員にけげんな顔をされた。彼女が見つめたのは、どこにでもいる普通の「ストーンズ少年」の顔だったはずだ。


 思えば、ビートルズを十分に聴いたからこそ、彼らをライバルとして十分に意識して差別化したストーンズの魅力を相対的に理解できたのかも知れない。


 結論、ビートルズとストーンズ、両方聴くべし。


 ストーンズの初来日は90年。東京ドームの客席の中に私はいた。1曲目は『スタート・ミー・アップ』(81年)。比喩ではなく、本当に腰が砕ける自分がいた。再度結論、絶対両方聴くべし。


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。

早大政治経済学部卒業後、博報堂に入社。在職中から音楽評論家として活動し、10冊超の著作を発表。2021年、55歳になったのを機に同社を早期退職。主な著書に「中森明菜の音楽1982-1991」「〈きゅんメロ〉の法則」「サブカルサラリーマンになろう」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。最新刊「日本ポップス史 1966-2023: あの音楽家の何がすごかったのか」が11月に発売予定。ラジオDJとしても活躍中。


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