高市総理が国会答弁で「存立危機事態」の認定に踏み込んだ発言は、単なる法解釈の表明にとどまらず、戦後日本が長らく微睡(まどろ)んできた「有事」という欺瞞(ぎまん)的な概念に冷水を浴びせる歴史的な転換点となった。総理の毅然たる姿勢は、ワシントンの信頼を勝ち得ただけでなく、永田町と霞が関、そして大手メディアが温存してきた「事なかれ主義」の岩盤を揺るがしている。

 本稿では、最新の地政学リスク分析と、政権中枢に近い外交筋の見解を交え、迫りくる「2027年の危機」の本質と、日本国内で展開される激しい情報戦(インフォメーション・ウォーフェア)の深層を読み解く。

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 「有事」という言霊の呪縛からの解放

 「台湾有事」——。この耳馴染みの良い言葉は、畢竟(ひっきょう)、日本人が直視したくない現実をオブラートに包むための行政用語に過ぎなかった。
 自民党の青山繁晴参議院議員らが指摘するように、台湾で起きる事態の本質は「戦争(War)」である。中国共産党が「台湾は中国の一部」とする国内法の建前上、それを戦争と認めず「特別軍事作戦」や「内政問題」として処理しようとするのは、ウクライナ侵略におけるロシアの手口と酷似している。日本側が「有事」という曖昧な表現に逃げ込むことは、結果として中国側の「内政干渉だ」という主張に同調し、国際法上の侵略行為を不可視化する共犯関係になりかねない。

 高市総理が答弁で示した認識は、こうした欺瞞を排し、「台湾への武力侵攻は、日本の存立を脅かす戦争そのものである」という冷厳な事実を国民と国際社会に突きつけた点に真価がある。防衛省関係者は「総理の発言は、米軍の統合参謀本部(JCS)が懸念していた『日本の覚悟』に対する疑念を一掃した」と語る。曖昧戦略を捨てた日本の明確な意志表示こそが、最強の抑止力として機能し始めているのだ。

 2027年危機説と「トランプ・ファクター」

 焦点となるのは、中国が軍事行動に出る「Xデー」のタイムラインである。米インド太平洋軍周辺ではかねてより「2027年」が警戒ラインとされてきたが、情勢はより複雑な変数を帯びている。
 一つの重要な変数は、中国軍内部の腐敗と粛清の嵐だ。
ロケット軍や装備発展部での相次ぐ摘発は、習近平指導部が軍の掌握に焦燥感を募らせている証左であり、渡海上陸作戦という人類史上最も困難な軍事行動を完遂できる能力が、現時点の人民解放軍にあるかは極めて懐疑的だ。

 2026年4月にはトランプ大統領の訪日が調整されており、その後の秋以降には習近平国家主席の訪日が想定される。この外交日程の隙間を縫って軍事行動を起こすことは、政治的に極めてリスクが高い。

 しかし、逆説的だが、トランプ氏自身の野心が新たな不安定要因となる可能性も否定できない。ノーベル平和賞への意欲を隠さないトランプ氏が、2027年頃に「米中手打ち」による劇的な緊張緩和を演出するシナリオも燻(くすぶ)る。もし米国が取引によって台湾防衛の梯子(はしご)を外せば、日本は梯子段の上で孤立する。

 だからこそ、高市総理が今の段階で「日本は引かない」という杭(くい)を打ち込んだ意味は重い。米国がどう動こうとも、日本の地政学的な重要性と、自国防衛の意志が揺るがないことを示すことで、米国の安易な妥協を封じる「アンカー(錨)」の役割を果たしたと言える。

 「敗戦国」への回帰を狙う認知戦の闇

 高市ドクトリンに対し、中国側は露骨な「戦狼外交」で反発しているが、より深刻なのは日本国内で展開される認知戦である。

 先の日米首脳電話会談を巡り、一部メディアが報じた「米側が懸念を伝達した」との観測記事は、典型的な情報工作の様相を呈している。木原官房長官が即座に否定したように、実際には米側は日本の主体的判断を歓迎していた。にもかかわらず、「高市氏は危険だ」「日米関係を壊す」というナラティブ(物語)が流布される背景には、日本を恒久的に「物言わぬ敗戦国」の地位に留め置きたい中国側の意図と、それに呼応する国内の「オールドメディア」や既得権益層の焦りが見え隠れする。


 中国が恐れるのは、軍事力そのものよりも、日本が「普通の国」として覚醒し、戦後の呪縛から解き放たれることだ。国連憲章の敵国条項がいまだ死文化していない形式論理を悪用し、日本の防衛力強化を「軍国主義の復活」と叫ぶプロパガンダは、日本国内の厭戦(えんせん)気分と結びついて世論を分断しようとする。

 青山氏が指摘するように、中国にとって日本は「金だけ出す従順な国」でなければならない。その枠組みを打破しようとする高市総理への集中砲火は、まさに日本が主権を取り戻す過程で通過せねばならない通過儀礼(イニシエーション)でもある。

 「松下政経塾」の理念とリアリズムの融合

 かつて松下幸之助は「繁栄による平和」を説いたが、それは相手が経済合理性に基づき行動するという前提があってこそ成立する。相手が力による現状変更を躊躇わない以上、平和を守る手段は「経済」ではなく「抑止力」へとシフトせざるを得ない。

 高市総理が体現するのは、松下イズムの「素直な心」——すなわち、現実をありのままに見つめ、必要な対策を講じるリアリズムへの回帰である。台湾有事は日本有事であり、その先に待つのは日本の平和と繁栄の喪失であるという「不都合な真実」を直視することなしに、真の外交は成り立たない。
【編集:af】
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