【その他の写真:ビジネスホテル・イメージ】
かつて「爆買い」で市場を席巻した巨大な需要が蒸発したにもかかわらず、東京都内のビジネスホテル価格は依然として高止まりを続けている。出張族や国内旅行者にとっての聖域であった「1泊1万円の壁」は、なぜ崩れないのか。中国人客激減という強い「値下げ圧力」を跳ね返す、ホテル市場の構造変化を徹底解説する。
1. データで見る「乖離(かいり)」の正体
2025年12月現在、東京都心部の主要ビジネスホテル(大手チェーンを含む)の平均客室単価(ADR)は、14,500円~16,000円台で推移している。これはコロナ禍前(2019年)の水準と比較しても約1.5倍、コロナ禍の最安値時期と比較すれば3倍以上の高値である。
本来、最大顧客であった中国人客が減少すれば、供給過多で価格は暴落するはずだ。しかし、現場では市場の想定とは異なる以下の現象が起きている。
まず、欧米・他アジア圏による「穴埋め」が進んでいる点だ。中国人客が減少した分を埋めているのが、円安を追い風にした欧米、オーストラリア、そして韓国・台湾・東南アジアからの観光客である。特に欧米圏の旅行者は長期滞在傾向があり、彼らにとって1泊100ドル(約15,000円)以下の東京のホテルは依然として「格安」に映る。この「ドル建て感覚」による購買力が、価格の下落を強力に食い止めているのだ。
2. もう戻れない「コスト構造」の変化
「1泊1万円以下」が戻らない最大の理由は、需要と供給のバランス以上に、ホテルの運営コスト(原価)が劇的に上昇したことにある。
最も深刻なのが人件費の高騰だ。最低賃金の大幅引き上げと慢性的な人手不足により、客室清掃の委託費やフロントスタッフの人件費は、2019年比で30~40%も増加している。また、原油高と円安の影響でリネン(シーツ類)やアメニティの調達コストも20~30%上昇。さらに、24時間稼働のホテルにとって生命線である電気代などの光熱費も高騰が続いている。
かつては「1泊6,000円」でも利益が出たビジネスホテルだが、2025年現在、その価格設定では完全に赤字となる。清掃スタッフを確保するために時給を上げざるを得ず、そのコスト転嫁だけで宿泊費は数千円押し上げられているのが実情だ。つまり、「ボッタクリ」で高いのではなく、損益分岐点が上昇し、「適正価格」のライン自体が1万円以上にシフトしてしまったと言える。
3. ホテル側の戦略転換:稼働率重視からの脱却
中国人団体客が押し寄せていた時代、ホテル業界は「薄利多売」で、とにかく稼働率を100%に近づけることを良しとしてきた。しかし、人手不足が常態化した2025年、その戦略は崩壊している。
無理に満室にすれば、フロントや清掃がパンクし、サービス品質が低下する。そこでホテル各社は、「稼働率を80%程度に抑えても、単価を高く維持して利益を出す」というイールドマネジメント(収益管理)へ完全に舵を切った。
これにより、「空室があるから安くして埋める」というかつての値下げメカニズムが機能しにくくなっている。「1万円以下に下げるくらいなら、空室のままにしてオペレーション負担を減らす」というのが、現在の現場の本音だ。
2026年に向けての「適正価格」とは
結論として、東京都心部(新宿、渋谷、丸の内、品川など)のビジネスホテルが、日常的に1泊1万円以下に戻る可能性は極めて低い。
中国人旅行者の減少は確かにインパクトがあるが、それを上回る「コスト増」と「他国からのインバウンド需要」が価格を支えている。今後、我々日本人がビジネスホテルを利用する際は、以下の「新常識」を受け入れる必要があるだろう。
都心5区の適正価格は「1泊15,000円前後」が新基準となっている。
「1万円以下」を求めるなら、東京23区外(立川、町田など)や隣接県(埼玉、千葉、神奈川)までエリアを広げる必要がある。
直前予約の投げ売りは期待できないため、早期予約が唯一の防衛策となる。
「爆上がり」と感じるその価格は、実はインフレと人手不足に直面する日本経済の「新しい現実」そのものなのである。
【編集:af】








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