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フィリピン・バターン州リマイに位置するペトロン・バターン製油所は、現在、同国で唯一稼働を続けるエネルギーの心臓部だ。かつてはバタンガス州に英国企業シェル系も製油所を構え、2拠点が国の燃料供給を支えていた。しかし、シェルは2020年にその灯を消した。理由は冷徹かつ明快だった。パンデミックによって国内需要が激減する中、1日当たり11万バレルという中規模な自国工場を維持するよりも、海外の100万バレル級の巨大製油所から精製済みの燃料を輸入した方が、一株当たりの利益は最大化されるという算段だ。民間企業が株主への責任として利潤を追求する姿勢は、ビジネスの論理としては「合理的」な選択に映る。だが、その代償としてフィリピンという国家は、エネルギー自給の半分を担う「製造の牙城」を失い、燃料の供給網を完全に他国の意思と物流網に委ねるリスクを背負うこととなった。
この構図は、石油に限った話ではない。日本が直面する食料自給率の低迷も、全く同じ「経済合理性の罠」に陥っている。カロリーベースで38%まで落ち込んだ日本の食卓は、広大な農地を持つ諸国から届く安価な穀物や畜産物に依存している。国際市場で安く買える以上、コストの高い国内農業を保護するのは非効率である――。
「安全」には、本来莫大なコストがかかる。経済的に見て短期的には「損」であっても、あえて非効率に見える自前生産の拠点を国内に維持し続けることは、国家にとっての不可欠な「保険料」にほかならない。フィリピンのペトロン社が、赤字に苦しみながらも国内唯一の18万バレルの製油所を守り抜く姿勢は、単なる一企業のビジネスを超えた、国民の生活と経済の足を止めないという「公共の盾」としての役割を果たしている。
我々が陥っている「経済合理性の落とし穴」とは、平和と安定が永遠に続くという幻想の上に、供給網の脆弱性を放置してきたことにある。効率化の名の下に進められた「選択と集中」は、平時には利益を最大化するが、有事には致命的な急所となる。例えば、日本における肥料や飼料の多くを輸入に頼る現状も、その根底には同じ危うさが潜んでいる。原料の輸入が止まれば、たとえ農地があっても作物は育たず、家畜は死に絶える。エネルギーと食料は、国家という有機体を動かすための「血液」と「栄養」であり、その循環を外部に依存しすぎることは、自らの生存権を放棄することと同義である。
目先の「安さ」と引き換えに、自給の術を投げ打つことが、最終的にどれほど高くつくか。歴史を振り返れば、エネルギーや食料を武器として利用する「資源の武器化」は、決して空想の産物ではない。我々は今、経済の論理を一度脇に置き、国家としての「真の合理性」とは何かを問い直すべき局面にある。真の合理性とは、最悪のシナリオを想定し、いかなる状況下でも国民が飢えず、凍えず、移動の手段を失わないための「自律性」を保持することにある。
未来を担う世代にとって、何を自らの手で作る能力を残し、何を守るべきか。効率一辺倒の価値観が生んだ空洞化した安全保障を、今一度埋め戻さなければならない。バターンに立つ1本の煙突からたなびく煙は、海の向こうの日本へも、繁栄の陰に隠れた脆弱性への重い警告を鳴らし続けている。自国の足元を見つめ直し、汗をかいて物を作る現場を支えること。それこそが、揺らぐ世界の中で我々が生き残るための、唯一無二の道であるはずだ。
【編集:af】








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