今回のコラムの主役は阿部寛(1964年6月22日生れ)である。

今や映画・ドラマのみならず日本を代表する主演俳優の一人である。

最新作『異動辞令は音楽隊!』(8月26日公開)を記念して、取り上げてみた。
予告編を観ただけで、非常に面白そうな内容ではある。

阿部寛はバブル世代の高倉健?最新主演映画『異動辞令は音楽隊!...の画像はこちら >>

(『異動辞令は音楽隊!』のベテラン刑事役の阿部寛 イラストby龍女)

今年の7月23日、米国で開催されたニューヨーク・アジアン映画祭で、スター・アジア賞を日本人として初受賞した。
この映画祭でプレミア上映されたのが今回の作品だそうだ。
シナリオの構造としては、過去の阿部寛のある作品と類似しているので、後で詳しく解説する。

さて今回のメインテーマである。
筆者は「阿部寛はバブル世代の高倉健?」じゃないかという仮説をたててみた。
どういうことか?
厳密に言うと、バラエティ番組の興隆期だったバブル世代の高倉健的存在が阿部寛ではないか?という問いを証明してみせようという主旨である。

もちろん、高倉健が唯一無二の存在である事は承知だし、たった一度だけ生の高倉健を観られた事(2021年11月24日付コラム参照)は筆者の大切な思い出になっている。

それは承知で筆者は、最近の阿部寛の出演作を観ていると、どうしても仮定してみたくなる。

もし健さんが映画スターではなく、俳優活動の始まりがテレビ最盛期だとしたら、一番近い存在なのが阿部寛なのでは?
と思ってしまう。
そこで、まずは阿部寛の経歴に観ていきながら高倉健との共通点と違いを探っていこう。

阿部寛は、1986年に創刊された集英社の雑誌『MEN'S NON-NO』のモデルとしてデビューした。
当時、小学校の高学年女子だった筆者は当然男性ファッション誌なんて読んでなかった。
夏休みに観ていたお昼の『笑っていいとも』に、阿部寛がゲストで出ていたはずだ。
前半の『テレフォンショッキング』ではなく、後半のコーナーで正確なタイトルは覚えていないが1987年頃だった。
てっきり、専属モデルかと思っていたが、違ったようだ。
それで、TVにも出演できたようだ。
筆者が存在を比較的早く知っていた理由に納得した。
俳優デビューしたのはその直後だった。
名作少女漫画の実写化だった。

『はいからさんが通る』(1987年12月12日公開、東映)のヒロイン花村紅緒(南野陽子)の相手役の伊集院忍を演じた。
伊集院忍とは、鹿児島出身の華族である伊集院伯爵の孫で母親がドイツ人と言う設定である。
陸軍少尉という職業軍人である。

キャラに寄せないヘアメイクで、原作通りに金髪にしなかったので、原作ファンで観なかった人もいるらしい。
阿部寛本人は、南野陽子のファンという事で出演したようだ。
まだまだ演技は下手でどこかなめていた部分もあったようだ。
しかし、デビュー作というのは、その後の方向性の要素が沢山含まれている。

俳優デビューは華やかであったが、演技の基礎を習っていない素人同然の俳優だったのでバブルがはじけると共に仕事は減った。
不動産による投資失敗で借金を背負うというバブル世代あるあるも経験した。
この低迷期に古武術を習い始めた事は、同じ投資でも上手く行く。
時代劇を演じるときの所作に役に立ったからだ。

ようやく演技に向き合うようになった阿部寛に、転機が訪れる。
まずは、NHKのドラマ『チロルの挽歌』(1992年4月11日・18日)では役名がない建設現場の社員役で出演した。
これは、高倉健・大原麗子(1946~2009)主演のドラマである。
あの時期に多かった地方のリゾート開発をともなう人間関係を扱った山田太一脚本の前後編の単発ドラマであった。

1シーンしか高倉健とは共演できなかったが、貴重な財産となったようだ。

更なる転機となったのは、つかこうへいの代表作
『熱海殺人事件』の別ヴァージョン、『モンテカルロ・イリュージョン』の主演であった。
劇作家で演出家のつかこうへい(1948~2010)は、独特の演出法で知られる。
芝居の流れは大まかに書くが、台詞は稽古中の俳優の様子をみて変える。
その独特の演出法は「口立て」と言われて、同じ舞台でも初日と千秋楽は台詞は変化していったそうだ。
筆者は舞台演出中のつかこうへいを映したドキュメンタリーをTVで観た記憶がある。
残念ながら演出した舞台を観た事はないが、彼が自らの舞台を脚色した映画『蒲田行進曲』(1982年10月9日公開)は繰り返して観たい。

つかこうへいはそれまでアイドル的な扱いをされていたタレントを本格的な俳優に覚醒させる事に定評がある演出家である。
これまで当コラムで取り上げた俳優では、内田有紀や小池栄子などがいる。
阿部寛はその中でも最も華のある俳優であると言っても過言ではない。

阿部寛は現在も決して演技が上手いタイプの俳優では無いが、自分の個性を生かした役柄を得られる様になった。
演じる事の喜びを得られた出逢いを果たした意味では実に幸運であった。


阿部寛はバブル世代の高倉健?最新主演映画『異動辞令は音楽隊!』は不器用な大男が困る姿がたまらない!?

(1998年のつかこうへい イラストby龍女)

TV出演もまた増えてきたが、舞台を中心に実力を上げてきた90年代が終わろうとする時、ようやくTVでも人気のシリーズの主役として活躍の場を与えられた。

映像の世界でも阿部寛の個性が生かせる場が出てきたのである。
阿部寛が遂に出逢った当たり役とは?

堂本剛主演の『金田一少年の事件簿』(1995年)から徐々に名前が知られるようになった堤幸彦がメイン演出を務めるTV朝日の金曜ナイトドラマの『TRICK』シリーズ。
物理学者の上田次郎役だ。
『どんと来い!超常現象』が主な著書の人物という設定である。
超常現象を信じない、実在の物理学者の大槻義彦をイケメンにしたようなキャラクターである。

阿部自身が中央大学理工学部電気工学科卒業なので、元々理系なのである。
どこか合理主義者なところがある。
一時期すぐに食べられるという理由でお茶漬けが好きだと、あるトーク番組で言ったところ、永谷園のお茶漬けのCMに採用されたという過去を持っている。

この当たり役のお陰で、阿部寛を起用する指針ができあがったと考えられる。
「効率を重んじる理系的発想の持ち主」「真面目で不器用」
と言う要素はその後の役柄にも影響をあたえていく。

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(『TRICK』の上田次郎教授を演じる阿部寛 イラストby龍女)

次なる代表作になったのが40代を迎えた中年男の悲哀を感じさせるコメディ

フジテレビの火曜夜10時『結婚できない男』(2006年7月~9月)である。

主人公の建築家の桑野信介役である。

高級マンションの一室の自宅で、オーディオでクラシックをかけて、指揮者の様なしぐさにをして聴くのが趣味という偏屈な男の役である。
イラストは隣人の田村みちる(国仲涼子)の飼い犬のKENを預かって散歩中に公園のタコさん滑り台の前のベンチで休んでいるシーンである。

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(『結婚できない男』の1シーンから引用 イラストby龍女)

このドラマの脚本は尾崎将也(1960年4月17日生れ)である。
阿部寛主演は、『アットホーム・ダッド』(2004年の4月~6月)が成功したのを受けて、同じ布陣で製作された。
前作では、専業主夫になる羽目になるリストラされた仕事人間を演じたが、『結婚できない男』も固定概念にとらわれた独身男を演じる事になった。

『アット・ホームダッド』のように仕事人間がリストラされてというシナリオの展開は、最新作『異動辞令は音楽隊!』や、時代劇の主演作『のみとり侍』(2018年5月18日公開) でも同じ構造になっている。

尾崎将也は珍しくTV番組『ディープ・ピープル』(2011年9月26日、NHK)で中園ミホ(花子とアン、西郷どん)と岡田惠和(ちゅらさん、おひさま、ひよっこ)と脚本家3人として出演した事がある。
そこで中園ミホが『結婚できない男』の主人公は、尾崎将也そっくりだと言っていた。
尾崎将也はすでに既婚者だったので、独身という設定は当てはまらないが、理屈っぽくて偏屈そうな雰囲気はそっくりだったのだろう。
筆者は初めて尾崎将也の似顔絵を描いてみたが、輪郭線など阿部寛とそっくりな雰囲気も持っている。
尾崎将也にとっても、当て書きしやすい俳優かもしれない。


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(『結婚できない男』の脚本家、尾崎将也 イラストby龍女)

阿部寛はゴシップがほぼ皆無だったが、2007年に結婚している。
「『結婚できない男』が結婚することになりました」
と言ったりして、あの真面目そうな低い声からぼそっとジョークが出ると爆笑とまでいかないが、クスっと笑わせてくれる存在なのである。

モデル出身という事もあって、服の着こなしに演技力が加わって重厚さが増してきた。
軍服が似合う俳優の一人として、『バルトの楽園』(2006年6月17日公開)で、『はいからさんが通る』と同じ時代の軍服を着たがまったく違う人になっていた。

軍服を着た役の集大成のような作品になったのは
『坂の上の雲』(2009、2010、2011年の12月放送、NHK)である。
この大作ドラマでは、日本騎兵の父と呼ばれた秋山好古(1859~1930)を演じた。

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(『坂の上の雲』で秋山好古を演じる阿部寛 イラストby龍女)

さて今回は、これまでの出演作の中で、分岐点となる作品群に注目した。
名作映画のリメイクの単発ドラマ『幸福の黄色いハンカチ』(2011年10月10日、日本テレビ)は、脚本家は尾崎将也である。
オリジナルは1978年の『幸福の黄色いハンカチ』。
監督・脚本は山田洋次である。
山田洋次は翌年に同じ俳優を主役に起用して『遙かなる山の呼び声』(1979年公開)を手がけた。
こちらも2018年11月24日にNHKBSプレミアムで阿部寛主演でリメイクされた。
オリジナルにはなかった続編は今年の9月17日に放送される。

この2作品のオリジナルの主演こそ
高倉健(1931~2014)だ。

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(『遙かなる山の呼び声』の高倉健 イラストby龍女)

愛称で「健さん」と呼ばれたあの人は、後輩の業界人たちの憧れの存在だった。
少なくとも昭和の男の理想像ではあったが、徐々に時代遅れになっていくもどかしさも抱えていた男性としての象徴でもあった。
他の演出家も他の俳優で若い頃の役柄を意識したオマージュを繰り返してきた。

高倉健が演じた島勇作(『幸福の黄色いハンカチ』)と田島耕作(『遙かなる山の呼び声』)を今活躍する俳優で誰がふさわしいか?
両作品とも阿部寛が選ばれたのには理由がある。
また阿部寛ならではの個性も浮き彫りになるに違いない。
次の頁では共通点と違いについて触れていこう。
阿部寛と高倉健の三つの共通点

①高学歴である

前述したように阿部寛の最終学歴は中央大学理工学部電気工学科卒業である。
高倉健は明治大学商学部商学科卒業である。
本名・小田剛一は筑豊の鉱山の会社の幹部の息子で裕福であったという。
福岡県立東筑高等学校時代はESS部の創設に関わり、その頃から英語が堪能であった。
当初は貿易商志望だった。
就職活動中に美空ひばりが所属した新芸プロのマネージャーになるため喫茶店で面接を受けた。
居合わせた東映東京撮影所の所長で映画プロデューサー・マキノ光雄にスカウトされ、映画会社の専属俳優の道に進む事になる。

②真面目で不器用な役がよく似合う

高倉健を表す言葉として有名なフレーズが
「不器用ですから」
である。
これは一体どこから来たのかと調べたら、1984年に放映された日本生命のCMで言った台詞だと判明した。
それにしても、高倉健にこの言葉が似合うと判断した企画者は凄いと感心した。

前述した『チロルの挽歌』での高倉健の役柄は仕事人間過ぎて、妻(大原麗子)が他の男と駆け落ちされてしまった男である。
何と赴任先の北海道で、逃げられた妻と再会してしまってどうなるかという内容である。

最新作で阿部寛が演じる鬼刑事成瀬司が、コンプライアンス無視の行動で左遷されて異動した先が警察音楽隊で、ドラム担当にされてまったく出来ないところから段々演奏の楽しさに目覚めていくようである。



③漫画の実写化の主演作がある

阿部寛は数々のマンガ実写化作品にでているが一番のヒット作は
『テルマエ・ロマエ』(2012年4月28日公開、東宝)であろう。
阿部寛が演じたのは、古代ローマの公衆浴場専門の設計技師のルシウス・モデストゥスである。
筆者はこのイラストで描いた、銭湯に必ずある内外薬品のケロリンの湯桶をヴィレッジヴァンガード国分寺店で購入して今でも使用している。

阿部寛はバブル世代の高倉健?最新主演映画『異動辞令は音楽隊!』は不器用な大男が困る姿がたまらない!?

(『テルマエ・ロマエ』のルシウスを演じる阿部寛 イラストby龍女)

高倉健が出演した漫画の実写化映画と聞いて、すぐには思い浮かばない人も多いだろう。
しかし、とんでもないビッグタイトルがあるのである。
『ゴルゴ13』 (1973年12月29日公開)である。
そもそも、主人公のデューク東郷の風貌のモデルは高倉健であったという。
実写化に乗り気でなかった原作者のさいとう・たかをが東映に無茶ぶりのつもりでいったら実現してしまったという運びらしい。

さて、最後に阿部寛と高倉健の最大の違いを挙げておこう。
それは、現在の俳優は主役級でも本格的なコメディの演技を求められるような時代に変化した事ではないだろうか?
高倉健の若手俳優の頃は、スターが自虐的にセルフパロディーを演じるような作品は存在しなかった。
特に1980年代以降、阿部寛が薫陶を受けたつかこうへいが描いた芝居の内容そのものがコメディだった。
演芸の世界でも、コントや漫才ブームの影響で芸人の芸能界での地位が上がり、芸人と俳優に存在した格差がなくなってきた。
その象徴的な作品が1985年の『夜叉』で、高倉健はビートたけしと共演した。
ビートたけしの漫才に感心した高倉健は、代表作『網走番外地』シリーズから共演が多く、この作品でも一緒だった田中邦衛と漫才のネタをつくってやってみようと試みた。
漫才の最初にする自己紹介の件から出来なくて、断念したらしい。
俳優に求められる演技のスキルが上がった影響は、高倉健のような私生活が一切分からないスターが存在できる環境はなくなってしまったのである。
阿部寛のTVでのデビューがバラエティ番組だったように、俳優が雲の上の存在だった時代は終わった。
更に後の世代はSNSで自分から発信しなければ売れなくなった側面も大きい。
つまり、素顔と役のギャップが求められる事は俳優のスキルに加わってきたのである。

そういう意味では阿部寛は高倉健より器用にコメディの演技をこなせる。
自分の生かし方を心得ている。
アップデイトしたバブル世代の中で、高倉健クラスを目指している最中なのかもしれない。
阿部寛は今の日本で求められる新しい男らしさの解釈を提示できる存在ではないだろうか?

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