今年の1月に亡くなったタレントのやしきたかじんさんの遺産をめぐって、遺族の間でトラブルが起こっています。
たかじんさんの遺産のうち、寄付をする分以外、全ての遺産を妻に相続させ、娘には相続をさせないという遺言の内容に対して遺族間で揉めているということのようです。

また、一部メディアの報道によると、たかじんさんの遺言を作成する過程を撮影したビデオがあり、それに映るたかじんさんが、共に遺言を作成する弁護士からの内容の確認の際に朦朧としながら「はぁい」と答えていたということですので、このような状況で作成された遺言書に効力はあるのか?などと疑問を投げかける声も少なからずあるようです。
このような遺言の作成方法について、法的に問題はないのか、また遺書の作成に関して生じるトラブルを防ぐにはどうしたらよいのかについて、ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所の好川久治先生に話を伺ってみました。
たかじんさん遺産10億円「娘に相続なし」なんてあり得るのか?...の画像はこちら >>

■意識朦朧としながらの確認はでも良いの?
「今回問題となっている遺言書の作成方法は、一般の自筆証書遺言や公正証書遺言によることができない生命の危険が迫っている病者等のための特別方式の遺言(一般危急時遺言)と考えられます。」
「これは、証人3人以上の立ち合いにより、うち一人に遺言者が遺言の趣旨を口授(口で言って伝えること)し、口授を受けた者がこれを筆記して、遺言者及び立ち合いの証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記が正確なことを承認した後、これに署名捺印するという遺言です。」
遺言といえば、遺言をする本人が自分の意思で筆をとり、書いたものでなければいけないというイメージがありますが、本人の状態次第で法は例外としての方法をいくつか認めています。
今回は、例外的な場合にあたると考えられるようです。
「実務上は、病者等が遺言内容を理解して『口授』したものであることを後日証明できるよう、その様子をビデオで撮影することがあります。というのも、この遺言方式の場合、遺言の日から20日以内に証人または利害関係人から家庭裁判所に、遺言が遺言者の真意に出たものかどうかの確認を申し立てなければならないことになっているからです。」
「今回は、たかじんさんが弁護士の確認に対して、朦朧としながらただ『はぁい』と言ったことが問題とされていますが、もともと死を目前に控えた者が最後の意思を遺言に残すための手続ですから、このようなことが起こってもおかしくありません。」
今回の遺言の方式は、遺言をする本人の状態が悪く一般的な方式での遺言ができない場合に利用する特別な方式ですから、このような事態も当然に予定されているようです。

「こうして作成された遺言書が有効かどうかは、最終的には裁判所が証拠に基づき判断することになりますので、上記ビデオの内容だけを取り上げて、軽々に遺言の方式が問題かどうかを判断することはできません。」

■事後にもめない遺言作成のコツ
「遺言は、遺言者の生前最後の意思を実現するものです。遺言を残すタイミングや思いのほか急に病が悪化して、など事情があることもわかりますが、今回のように、病状が悪化して本人の判断能力、意思の伝達が平常時より劣っている状態で遺言をすること自体、争いのもとです。」
人はいつ病気や怪我で健康を損なうか分かりません。遺言を残すのはなるべく早いタイミングが揉めないで済むようです。また、遺言書は一度書いたとしても後から書き直すことができるので、早いタイミングで書きすぎて後に気が変わったとしても、内容を更新することが可能です。
「今回の件では、病名からすると病状が悪化する前に遺言を残す機会はあったのでしょうから、遺言能力、意思の伝達方法に問題が生じる前に、公証役場で公正証書遺言を作成しておくのが争いを予防するためにも必要であったのではないかと思います。」
なお、公正証書遺言は、原本が公証人によって保管される方式ですので、紛失や偽造の心配のないもっとも確実な方法であるといわれています。

■遺言によって相続分がなくなった遺族が、少しでも相続するための方法
結論から言いますと、「遺留分」という考え方を使うことで、遺言によって相続分をなくされた遺族は、一定の範囲で相続に加わることができるようになります。

「相続人には法律で定められた法定相続分があります。妻と子一人の家庭では、妻と子で2分の1ずつ遺産を相続する権利があります。但し、これは遺言によらずに遺産分割をする場合の基本割合です。遺言者は、遺言により、法定相続分と異なる相続分を定め、あるいは一人の相続人に遺産の全てを相続させる遺言を残すことも可能です。」
「そうすると、遺産を十分に相続できない方が気の毒だということで、法律は、「遺留分」という最低限保証される遺産の割合を定めています。妻と子一人の場合、それぞれ4分の1の遺留分が保証されます。」
このように、民法上、遺言がなければ貰えていたであろう相続分を基準に、遺留分という最低限保証される遺産の割合が導き出されるようになっています。遺言によって相続分をゼロにされたとしても、ただちに全てが貰えなくなってしまうということにはならないようになっているのです。

「今回の場合、10億円近い遺産があるにもかかわらず、遺言により長女に1円も遺産が渡らないとなると、単純計算で4分の1の2億5000万円の遺留分を侵害されたことになります。そのため、長女は、遺言で寄附をした相手方と妻に対し、遺留分減殺請求の意思表示をして、侵害された遺留分相当の財産の返還を求めることが可能です。」
たかじんさんの遺言によれば全く相続することができなくなるかと思われますが、このように民法上の制度を利用することで全く結果が異なってくるということになります。0円から2億5000万円は大きな差ですよね。

■遺言の作成に違法に関わった遺族のある場合、その遺族にはペナルティーが存在する
補足ですが、遺言の内容を改ざんしたりすれば、刑法上も民法上もペナルティーが待ち構えています。
「遺言書を偽造し、又は変造した者は、有印私文書偽造等の罪に問われます。」
有印私文書偽造罪の法定刑は、三ヵ月以上五年以下の懲役です。遺言に手を出すことは、通常人が考えているよりも重い罪であるかもしれません。

「また、詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者、詐欺又は脅迫によって、遺言者に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者、さらには、相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者は、相続人としての資格を失い、遺産を一切相続できなくなります。」
遺言の内容に横から口をはさんだり、中身を勝手に変えてしまったり、遺言を捨てたり隠したりしてしまった人は、民法上のペナルティーとして相続をすることができなくなってしまうようです。
やしきたかじんさんの相続の件については、各種メディアで取り上げられてしまうような揉め事にまで発展してしまいました。しかし、好川先生が指摘しているように、揉め事が生じてしまう前に遺言書を作成したり、破棄や隠匿対策で公正証書遺言という方式を利用することで、未然に争いを防止することができるようになっております。
身内の不幸がさらなる不幸を呼ばないよう、遺言を遺す際には内容だけではなく、時期や方式までじっくり考えた方がよいでしょう。

*著者:弁護士 好川久治(ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所。家事事件から倒産事件、交通事故、労働問題、企業法務・コンプライアンスまで幅広く業務をこなす。