昨今ではジャンルのひとつとして、幅広い年齢層に広がりを見せている「ライトノベル」。その言葉が生まれたのは1990年頃とも言われており、そうした呼び名が生まれるようになった土台が一足先にありました。


その土台の一端を担い、後の世から“ライトノベルの原点”と呼ばれることも多い作品のひとつが、水野良氏による小説「ロードス島戦記」です。

当時、中高生を中心に多くの読者が本作を求め、アニメ化やゲーム展開にも繋がるほどの勢いを見せた「ロードス島戦記」。第1巻の発売から30年以上の時を経てもなお、その名は過去の中に埋もれることはありません。

そんなロングセラー作品がどのような魅力を秘めていたのか。その意外な過去や現在に至る流れへと迫ります。

■“ライトノベルの原点”と呼ばれる「ロードス島戦記」の第一歩は、小説じゃなかった!?
ライトノベルの礎となり、黎明期を力強く支えた「ロードス島戦記」ですが、その始まりは小説ではありません。参加者がそれぞれキャラクターを演じ、会話主体で物語を進めていくテーブルトークRPG(以下、TRPG)という娯楽の中から、この「ロードス島戦記」が生まれました。

娯楽という単語が誤解を招くかもしれませんが、TRPGは世界中に多くのユーザーを持つコンテンツで、こちらは“コンピュータRPG”の原点とも言われています。

本題とは異なるので簡単な説明となりますが、TRPGはゲームを仕切る「マスター」が世界と物語を用意し、提示された状況について各参加者が協力して乗り越えていく過程とその結果を楽しむアナログな遊びです。

このTRPGをプレイしている様子を綴り、文章に落とし込んだものを「リプレイ」と呼びますが、このリプレイ形式の連載作品として「ロードス島戦記」が始まりました。リプレイというのは、やや乱暴なまとめになりますが、“ゲーム実況の文章版”と考えると分かりやすいかもしれません。

しかも「ロードス島戦記」のリプレイは、パソコン雑誌の「コンプティーク」誌上に掲載。
デジタルゲーム主体の雑誌で、アナログゲームのTRPGを扱うという英断は、果たして読者から好評を博すという結果で報われました。

そうした反響を受け、リプレイ版「ロードス島戦記」をベースに小説として書き下ろしたものが、後に“ライトノベルの原点”と呼ばれるほどの人気を得る小説版「ロードス島戦記」です。

ちなみに水野氏は、リプレイ版において「マスター」を担当。「ロードス島戦記」の創造主という立場は、小説版はもちろんのこと、リプレイ版でも変わっていません。

■「ロードス島戦記」の“意外性”と“王道”が読者を引きつける
こうして生み出された「ロードス島戦記」が多くの読者を魅了し、人気作に成長した理由は決してひとつではありません。人によって考え方も異なるでしょうが、筆者の視点で特に押さえておきたいポイントをいくつか紹介したいと思います。

大前提として、「ロードス島戦記」自体が面白く、素晴らしい作品なのは間違いありません。その上で、まず強烈だったのは、主人公・パーンとその仲間たちに対峙する最初の敵として描かれた「カーラ」の存在感でした。

“灰色の魔女”との異名も持つカーラを、悪人や悪役といった単語だけでまとめることはできません。ネタバレを最小限にしつつ説明すると、カーラは「バランスが大きく動くと悲劇も大きくなる。ならば、小さな揺れでバランスを保てば、悲劇も小さく済む」といった考えを持っており、このロードスという島の安定を願う人物でした。

同時に、バランスを保つための小さな悲劇に戸惑いや躊躇はなく、残酷でこそありませんが、冷酷と言われても仕方のない一面もあります。
この、安定に重きを置く──故に偏った──思想と相容れなかったパーンは、黒にも白にも染まらない“灰色の魔女”との対立を決意しました。

こうした、“勧善懲悪”に寄らない複雑なキャラクターの存在が、「ロードス島戦記」の物語に厚みと意外性と持たせ、当時の少年少女たちを虜とします。

勧善懲悪じゃない小説なんていくらでもあるだろう……と思われるかもしれません。ですが、本作のターゲット層である当時の中高生が手に取りやすい小説レーベルは今のように豊富ではなく、善と悪の戦いといった分かりやすい物語以外の選択肢もまた、必然的に少ない状況にありました。

いくつかあったレーベルも、例えばハヤカワ文庫はSF色が強く読者を選びましたし、翻訳作品が多いので中高生が躊躇してしまう一面がありました。またソノラマ文庫は、今で言うライトノベル的な作品も展開していましたが、物理的に厚みがある作品が並んでおり、読書慣れしていない方にとっては少しハードルが高めででした。

このような時代の中で、角川文庫から1988年に刊行された第1巻「ロードス島戦記 灰色の魔女」は、出渕裕氏の美麗なイラストが表紙を彩り、その見た目だけでも手に取りやすい印象を与えてくれます。

そして読んでみると、パーンたちが奮闘する骨太で王道な物語を主軸に、善や悪では測れないカーラのような魅力的なキャラクター陣が意外性のある展開へと導き、読者をロードスの世界へと深く導きます。本格的な国産の戦記物もまだ少なかった時代なので、壮大な世界の動乱もまた刺激的な題材でした。

このような、時代に先駆けた切り口や要素を備えたことも一因となり、「ロードス島戦記」は大ヒットを遂げました。ですが、“小説の成功”だけに留まらなかったのが、「ロードス島戦記」が長く愛された理由へと繋がります。

■メディアミックスの先駆けにもなった「ロードス島戦記」
この世界を描く小説は、まず「ロードス島戦記」が登場し、その続編にあたる「新ロードス島戦記」、パーンたちの冒険よりも前の時代を描いた「ロードス島伝説」と、3シリーズにわたって展開しました。
そのため「ロードス島戦記」は、最初のシリーズ作の名前であると同時に、シリーズ全体を総称する呼び名でもあります。

そして「ロードス島戦記」の展開は、コミカライズやアニメ化へと至ります。特に映像方面への躍進は著しく、まずは1991年にOVA化。このOVAは、VHS版に始まりレーザーディクス版、DVD版、Blu-ray版と、時代に合わせてその都度リリースされました。2018年には、Blu-ray BOのスタンダードエディション版が発売されるなど、その息の長さに驚かされます。

しかも映像作品はOVAだけではなく、1998年にはTVアニメ化を実現。「ロードス島戦記-英雄騎士伝-」とのタイトルで放送されたTVアニメ版は、「ロードス島戦記」から「新ロードス島戦記」に至る物語を、全27話というボリュームで描き出しました。

コミカライズ作品も多数あり、いずれも見ごたえのある物語を漫画という形で表現しています。個人的には、山田章博氏が作画を担当した「ロードス島戦記 ファリスの聖女」における、卓越した画力で表現された最終決戦が忘れられません。

このほかにもアニメ・漫画作品はいくつもありますし、2017年には舞台化まで成し遂げてました。また、数々のデジタルゲーム化も、注目すべきポイントです。

最初期はPC向けの展開が多く、記念すべきコンピュータゲーム1作目の『ロードス島戦記~灰色の魔女~』で幕開けし、ファンディスク的な『ロードス島戦記 福神漬』シリーズ、続編にあたる『ロードス島戦記II~五色の魔竜~』など、続々とリリースを迎えます。


こうしたPCゲームをべースとしたタイトルがPCエンジン向けに登場した1992年以降は、家庭用ゲーム機への展開がスタートし、メガCDやスーパーファミコン、ゲームボーイなどに広がっていきます。

2000年にドリームキャスト向けとして発売された『ロードス島戦記 邪神降臨』は、これまでRPGが多かった関連作と一線を画し、アクションRPGとして登場。当時、国産のハック&スラッシュ作品としても関心を集め、「ロードス島戦記」を知らないゲームユーザーからも好評を博しました。

その後も、ブラウザゲーム『ロードス島戦記 -伝説の継承者-』やMMORPG『ロードス島戦記オンライン』といった時代に合わせたタイトルが生まれています。前者は残念ながらサービスが終了していますが、『ロードス島戦記オンライン』は現在も継続して展開中です。

こうした広がり、いわゆるメディアミックスは、様々な作品で行われている手法です。しかし、「ロードス島戦記」が登場した当時はまだ、複数のメディアリリースを意識した展開は珍しいものでした。

リプレイから小説に至り、そして映像にゲームと受け皿を広げることで、新たなファンの開拓に成功。またファンからすれば、「ロードス島戦記」を楽しむ手段が増えたことで、長期的にコンテンツと接するようになります。

横への広がりがコンテンツとしての懐の深さに繋がり、この循環で新たなファンを随時受け入れていく。こうした展開を長年続けた強みが、「ロードス島戦記」が今なお愛される理由のひとつと言えるでしょう。

無論それも、光り続ける魅力あってこそ。
面白さが魅力となり、そして拡散へと繋がり、広範囲に影響を与える。この幸せな繋がりが、今も変わらずに続いています。

■この令和の時代でも、なお現役で輝き続ける「ロードス島戦記」
「ロードス島戦記」が今なお続いているとの表現は、比喩ではなく文字通りの意味です。まず、三部作でひとつの区切りを迎えた小説版ですが、舞台を100年後に移した新たな物語が始動しています。

パーンと共に戦乱を駆け抜けた仲間「ディードリット」は、長寿で知られるハイエルフの女性。そんな彼女を主要人物のひとりに迎えた新たな小説「ロードス島戦記 誓約の宝冠1」が、2019年8月に刊行されました。

ロードスの歴史における新たなこの展開は、まだ始まったばかり。今からでも十分追いつけるので、見落としていたファンの方は今からでも手に取ってみてください。

そしてもうひとつ、12月16日に発売されたばかりの家庭用ゲーム機向けアクションRPG『ロードス島戦記 -ディードリット・イン・ワンダーラビリンス-』も、ファン心をくすぐる一作です。

本作はディードリットを直接操作し、精霊や様々な武器、魔法の力を使いこなしながら、2Dで表現された広大な迷宮を探索するメトロイドヴァニア形式のゲーム。国内外でファンが多いジャンルなので、その意味でも注目が集まることでしょう。

さら本作では、小説「ロードス島戦記 誓約の宝冠」へと至るまでのディードリットに何があったのか。
その空白を描く物語が紡がれます。そのため、小説のファンにとっても大いに興味が惹かれるタイトルになりそうです。

『ロードス島戦記 -ディードリット・イン・ワンダーラビリンス-』は一足先にSteam版がリリースされており、このたびニンテンドースイッチをはじめ、PS5PS4、Xbox Series X | SにXbox Oneと、一気に広がりを見せました。なお、「Xbox Game Pass」にも対応しているので、そちらで楽しむという手もあります。

30年の時を経ても、最新の展開が後を絶たない「ロードス島戦記」。その輝きは、この令和でも長らく続くことでしょう。かつてのファンは、今の新たな動きをお見逃しなく。そしてシリーズ未経験の方々は、長年愛されるその魅力を覗いてみてはいかがでしょうか。

(C)KADOKAWA CORPORATION 2020 (C)水野良・グループSNE
(C)水野良・グループ SNE/KADOKAWA/Team Ladybug・WSS playground
編集部おすすめ