任天堂および株式会社ポケモンは、二ンテンドースイッチソフト『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』のダウンロードコンテンツ「ゼロの秘宝」の前編・碧の仮面を2023年9月13日に配信予定です。

「ゼロの秘宝」で主人公は、他校と合同開催する“林間学校”のメンバーとしてキタカミの里へ。
新舞台となるキタカミの里では、伝説ポケモン「オーガポン」や、かつて里を守った3匹のポケモン「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」などの存在も明かされています。

筆者は岩手県在住ということで、キタカミの里のモデルと噂される北上市へ。第1回では地域にまつわるさまざまな共通点や、この地に根付く鬼文化と伝説ポケモン「オーガポン」の関連性などを解き明かしていきました。第2回では、キタカミの里の人々に親しまれている3匹のポケモン「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」について調べていきます。

◆岩手県で見つけた【桃太郎】たち
「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」は、かつてキタカミの里を守ったポケモンで、村では石像が建てられています。それぞれ犬・猿・キジをモチーフにしたと思われるポケモンであり、里の伝統イベント「鬼退治フェス」、前編・碧の仮面の伝説ポケモン「オーガポン」など、これらの伝説や伝承は童話【桃太郎】を連想させます。

しかし、筆者は最初このことをそこまで深く考えず「“鬼”がモチーフと思われるポケモンだから、シンプルに【桃太郎】と絡めたのかな……?」くらいに思っていたのです。しかし、そんな無学浅識極まりない筆者は「オーガポン」を知るために訪れていた北上市「鬼の館」にて衝撃的な出会いを果たしました。

「鬼の館」では、県内の“鬼”にまつわる民話を地図付きで紹介しています。その中に、岩手県・紫波郡に伝えられる民話に【桃の子太郎】というものがあったのです。【桃太郎】は全国に伝承されている童話ではあるのですが、岩手にもあったとは!“鬼”を求めていた筆者に、まさしく運命の導きを感じました。

後日、紫波郡にある図書館で地域の民話に関する本を調べてみると【桃の子太郎】および【桃太郎】には複数のバリエーションがありました。
ここでは岩手県に伝わる、いくつかの民話を紹介していきます。

◆鬼退治して宝を持ち帰る【桃の子太郎さん】(紫波地方)
川に洗濯に行ったお婆さんが流れた桃を持ち帰り、お爺さんと食べようと戸棚に入れておいたら桃から赤ん坊が生まれていた。桃の子太郎と名付けられた赤ん坊は成長して鬼退治に。きび団子で犬・キジ・猿をお供にして鬼ヶ島へ向かい、鬼退治して宝を家に持ち帰った。

◆お供が多い【桃太郎】(岩泉地方)
お婆さんが川から拾った桃を戸棚へ置いていたら赤ん坊が生まれていた。成長した桃太郎はきびだんごをもらい鬼退治へ。旅の途中で猿・犬・キジ・針・牛の糞・カニ・ウスをお供にして鬼を退治して宝を家へ持ち帰った。

◆地震になった【桃太郎】(紫波地域)
お婆さんが川から拾った桃を置いていたら赤ん坊が生まれていた(最初に1つ食べて2つ目をおじいさんに残していた)。成長した桃太郎は黍団子を持って鬼退治へ向かい、道中で雉子(キジ)の子と笹の子を家来にする。鬼退治して鬼の目玉を2つ持ち帰った桃太郎は、誤って川に目玉を落としてしまう。

目玉を拾いに川に潜った桃太郎は、そのまま帰って来ず土の底に入って“地震”になってしまう。それから地震が起きるたび、笹の子は笹薮を鳴らし、雉子の子は山でケンケンと泣くようになったという話。


◆地獄から姫を連れ帰る【桃ノ子太郎】(紫波地域)
花見で桃を拾った夫婦が寝床に置いていると赤ん坊が生まれた。桃ノ子太郎と名付けられた子供が勉強をしているとカラスが、地獄の鬼から「日本一の黍団子を持ってきてくれ」と書かれた手紙を持ってきた。桃太郎は父母に頼んで団子を作ってもらい、地獄へと向かった。

地獄の鬼に団子を食べさせたところ、鬼たちは酔っ払って寝てしまった。そこで桃ノ子太郎は地獄のお姫様を連れ出して逃げてしまう。気がついた鬼たちは火車で追いかけるが追いつけず、ついに太郎は姫を家へと連れ帰る。その話を聞いた御上は太郎に莫大な金を与え、家は長者として栄えていった。

◆キジの卵から生まれた【雉っ子太郎】
キジの卵から人間の赤ん坊が生まれる。太郎はやがて成長してお姫様と仲良くなるが、姫が病気にかかってしまう。病気を治すためには鬼の肝が必要なので、雉っ子太郎は岩の子太郎、竹の子太郎と共に鬼退治へ。

無事に鬼を退治したものの、何度も海に潜っているうちに雉っ子太郎は人間ではなくキジになってしまう。そこで太郎は仲間に「地震が来たら教えるよ」と、海に住むことを決意するという話。


※そのほか、桃太郎が山姥に狙われる話や、桃から白い犬が生まれる話なども存在しています。
いくつかのバリエーションは全国的にも伝えられるのですが、地獄から姫を連れ帰るパターンと、川の底で地震になるパターンは珍しいようです。ちなみにきび団子について、岩手県は雑穀の生産量が日本一であり、キビを含むさまざまな穀物を栽培しています。岩手県・一戸町では岩手県の食の匠としてきび団子を作る方が選ばれています。

次項では、新ポケモン「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」と岩手県の関連性について紹介していきます。

◆岩手県の県鳥・キジと「キチキギス」
「キチキギス」は、キジをモチーフにしていると思われるポケモン。キジの文語表現である“キギス”と、多くの地域で吉兆を呼び込むとされる伝承があることから“吉”を組み合わせた名称ではないかと発表から多くのファンに言われています。公式サイトでは「エアスラッシュ」を使用していることも確認できます。

日本の国鳥としても有名なキジですが、岡山県と岩手県でも県鳥として指定されています。また、岩手県はキジの生息数が日本一多いことでも知られているようです。

岩手県の民話では、上述の【桃太郎】やそのバリエーション、【雉っ子太郎】など多くの物語に登場。キジが地震を告げる(予知する)といった伝説もあり、先ほどの物語などでも語られています。
また、柳田國男「遠野物語」にも、雉撃ちをする猟師の遭遇した出来事に関する話を見ることができます。

◆狼信仰の残る地と「イイネイヌ」
「イイネイヌ」はその名の通り犬がモチーフと思われるポケモンで、ティザーアートで親指を立てて“いいね!”のポーズをしていることが特徴的。公式サイトの紹介ページでは「ぶんまわす」を使っていて、非常にパワフルなことがうかがえます。

犬は人間のパートナーとしての歴史が古く、文献だけでも驚くほどの量があります。岩手県では珍しい犬種として「岩手犬(南部犬)」がいて、かつてはマタギのお供として活躍していたと言います。しかし、現在はマタギの減少などでとても希少な犬種となっていることが伝えられています。

また、岩手県は狼に関する信仰などが根強かった地域でもあります。狼に関する民話や伝承は江差・遠野・胆沢・沿岸地域と広く伝わっており、「遠野物語」では三六から四二まで狼(御犬とも)の話が載っています。また、狼を祀る三峯神社が数多く岩手県に存在しています。

◆魔として畏れられる猿と「マシマシラ」
「マシマシラ」は猿のような見た目をしているポケモン。名前は“マシラ(猿)”と“増し”から由来しているのではないかと言われています。なお、南部弁では「マシ」そのものが“猿”を意味する方言でもあります。
公式の紹介では「シャドーボール」を使用しているようです。

青森や岩手などでは、猿などの動物が魔になる「経立」が存在します。この「経立」は人里の女性をさらうなどの恐ろしい話が「遠野物語」にも書かれています。同地域では子供を叱る際に「猿の経立が来るぞ」と脅すこともあったようです。また、遠野ではこの「経立」が水に関連することで河童になるという言い伝えも残されています。

一方で北上市では「子を背負った猿のような姿の石を粗末に扱った結果バチが当たった」という話があったり、第1回でも紹介した夏油高原の温泉は「怪我を負わせた白猿が体を癒やしてるところから発見した」とされる説などもあり、畏れるものや人に富をもたらすものとして扱われる一面があったようです。

◆鬼の手形の残る地で見つけた、たくさんの発見と喜び
キジ・犬・猿と人間の関係は歴史が深く、伝えられる物語も非常に多めです。今回『ポケモン』での新たな舞台のモチーフと思われる岩手県で、伝承などを調べるだけでも膨大な量が見つかりました。【桃太郎】に関しても全国に広がっているのですが、割と珍しいパターンの物語があったのは収穫だと思います。

もちろん岩手県ではシンプルに「オーガポン」の“鬼”に関する物語もたくさんあります。そもそも岩手は、その名の成り立ちに鬼の手形の伝説がある土地です。おそらく北上だけでなく、岩手県全体が「ゼロの秘宝」のモチーフになっているのだと思います。


興味を持って調べることは、人間にとって「知る・学ぶ」という大きな力になります。今回『ポケモン』に関連して、岩手県の民話や説話、伝承、伝統文化などをあらためて調べましたが、まだまだ知らないことばかりでした。多少強引なこじつけはありますが、調べることで「それっぽい」ことはたくさん出てくるものですね。

皆さんも興味があれば、これまでの『ポケモン』シリーズや好きなゲームの舞台について、調べてみるのはいかがでしょうか?それが地元だったら、思わぬ嬉しい発見があるかもしれませんよ。

『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』のダウンロードコンテンツ「ゼロの秘宝」は現在発売中。「オーガポン」が登場する前編・碧の仮面は2023年9月13日に配信予定です。

参考文献:「岩手の伝説」昭和51年 著者/平野直 印刷/熊谷印刷

「柳田國男の本棚 23 紫波郡昔話集」平成10年 発行者/愛川仁童 発行所/大空社

「紫波周辺の伝説 昔話」令和3年 編著者/岩動昭 印刷/有限会社ツーワンライフ

「紫波郡昔話」大正15年 著社/佐々木喜善 印刷/郷土研究社

「岩手民話伝説事典」昭和63年 著者/佐藤秀昭 印刷/岩手出版

「南部のことば」昭和57年 編者/佐藤政五郎 印刷/杜陵印刷

※各欄は書籍ごとの記載に準ずる。
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