近年、世界的に浮世絵の価値が見直され、世界中から再びスポットライトを浴びています。その技術の高さ、風情、美しさは世界の芸術文化の中でも唯一無二のもの。


そんな浮世絵をもっと楽しむために、1つの有名作品にスポットを当て、浮世絵の見方を解説します。

■恋する浮世絵

今回ご紹介するのは、恋をテーマにした浮世絵。喜多川歌麿「歌撰恋之部 物思恋(かせんこいのぶ ものおもふこい)」です。

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喜多川歌麿「歌撰恋之部 物思恋」 ボストン美術館蔵

この作品、肉眼で見ると、背景全体が薄紅のパールを塗ったようにキラキラしてとっても綺麗です。この技法を「紅雲母摺(べにきらずり)」といい、キラキラ光る雲母という鉱石を混ぜた絵具で背景を摺っているのです。

歌麿が普通の雲母摺(きらずり)ではなく、わざわざ「紅」雲母摺を選んだのは、乙女の恋心を表したかったからでしょう。残念ながら、このきらめきは印刷では見る事ができません。

このように、浮世絵は生で本物を見る事で100倍楽しめる仕掛けがたくさんあるのです。

■ヘアメイクに注目!

また、女性が描かれた浮世絵を見る時は、髪形やお化粧にも注目です。江戸時代は年齢や身分、職業などによって結う髪形がおおよそ決まっていたので、髪形を見れば人となりを窺い知る事ができます。

また、既婚者や子供が生まれた女性はほとんどが眉を落としました。この女性の場合、高く結い上げた美しい島田髷からは若い女性のみずみずしさも感じられますが、眉を落としているので既婚である事が分かります。


華奢な小さな手で頬杖をつき、どこか浮かない顔。背景の紅雲母摺の淡い輝きが、作品に漂う恋のムードを盛り上げます。既婚の身でありながら秘めた恋に身を焦がしているのか、それとも昔を思い起こして物思いにふけっているのか・・・。

見る者の想像をかき立てるのが、浮世絵の醍醐味ですね。

さて、今回は、この作品を題材に、妄想ショートストーリーを作ってみました。例えば、こんな物語はいかがでしょうか。

■妄想ショートストーリー
喜多川歌麿「歌撰恋之部 物思恋(かせんこいのぶ ものおもふこい)」

「え!あんた、お嫁に行ったの!」

通りでばったり会ったおそのさんが、大きな丸い目を更に真ん丸にした。表情には祝福というより、ひたすら焦りと戸惑いの色。で、相手は。伊勢屋の三吉さん、と告げると、歪んだ口許がほうっと緩んで、愁眉が開かれた。

「なあんだ、あの三吉さん。へえ!あそう!」

私が嫁ぐ相手の名前を聞いた途端に声の調子が二つも三つも上がったのは、その名前が見目もお頭(つむ)もぱっとしない、ここいらでは昼行灯(ひるあんどん:役立たずの事)なんて呼ばれているぼんやりの名前だったからだろう。
先を越されて萎たれたおそのさんの自尊心が、またむくむくと頭をもたげるのが目に見えた。

「あんたはもっとこう、なんていうか、別の人に嫁ぐと思ってた。へえ、でもすごいね、よかったねえ」。

ほうら来た、女が何とも思っていない時の決まり文句、「すごいね」。長屋の大家がまとめたこの縁談、年増娘がようやく片づいたと誰より親が喜んでいるんだ、孝行して何が悪い。腹の底で毒づいたその時、通りの向こうから今流行りの色が白くてなよっとした、役者みたいな綺麗な男がやって来て、おそのさんの袖を引いた。

「ふふ、こういうわけだから。またね」。

二人が嬉々として路地に入っていった後も、男がさらりとかぶった白い手ぬぐいの端が、目の奥にずっと眩しくちらついていた。・・・

人の妻となり、渋い鉄漿(かね)で歯を黒く染め、もう若くないんだからと眉も落とした。

夜寝る前に鏡を覗いたら、自分の面(つら)があんまり可笑しくって、ばからしくって一人で笑った。畳の上をゴロンゴロン笑い転げた。
終わったんだとしみじみ分かった。終わったんだ、恋に恋した、私の恋は。・・・

女性の髪形やお化粧に注目!浮世絵の楽しみ方を恋をテーマにした作品で紹介します


「つまらねえ」。

ひとしきり笑った後、右手で頬杖をついて呟いた。つまらねえの。顔なんか褒められた事はないが、この手指だけはよく、小さくって可愛いねって言われてきた。自慢といえば、唯一の自慢だった。

でもその可愛い小指に結ばれた赤い糸は、役者みたいな綺麗な男じゃなくって、のっそりした昼行灯に繋がっていた。今の気持ちは、そうさな、ぞっとするほど寂しい。アア、二枚目役者みたいな誰かがこの細い手首ひっつかんで、今すぐ外に連れ出してくれたら。・・・

やるせなさに手足を畳の上に投げだして深い溜息を洩らした時、

「おんや、どうしたんだい」

ごぼうみたいな太い指が、そっと私の手首を掴んで起こしてくれた。

「三吉さん・・・」。


初めて気が付いた。

昼にはぼんやりの行灯の灯りは、夜にはほのぼの明るく、優しく、とても温かい。

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