物事は何にしても知っているに越したことはないものの、知らないことを知らないと認めるのはなかなか勇気が要るものです。

そこで多くの人間は「知ったかぶり」をしてしまうのですが、そんな心情は昔の人も変わらなかったようで、今回は古典落語「ちはやふる」から、ご隠居と八五郎のエピソードを紹介したいと思います。


■ご隠居・必死の珍解釈!

時は江戸時代、長屋で一番の知恵者として知られたご隠居のところに、「八(は)っつぁん」こと八五郎がやって来ます。

「なぁご隠居、ちょいと教えて貰(もれ)ぇてぇんだがね」

「何だい八っつぁん」

「俺ぁ近ごろ、『百人一首』って奴に凝っているんだが、この和歌の意味が解らねぇんだよ……」

と言って袂(たもと)から取り出(いだ)したる一枚の短冊には、こんな和歌がしたためられていました。

古典落語「ちはやふる」の見事なまでのこじつけ!知ったかぶりも...の画像はこちら >>


唐紅の竜田川(イメージ)。

「ちはやふる かみよもきかす たつたかは
 からくれなゐに みつくゝるとは」 在原業平

【読み下し】
千早振る 神代も聞かず 竜田川
唐紅に 水括るとは

【意訳】
竜田川に舞い散る紅葉が括り染めのようで、これほどの美しさは神話の時代にさえ存在しなかったことだろう

……というニュアンスなのですが、実はご隠居、この和歌を知りませんでした。

「ふぅーむ……」

ご隠居は内心で焦りつつ、表向きはそれらしい顔で時間を稼ぎます。

(困ったのぅ……こんな和歌、聞いたこともないわい。さりとて「知らぬ」と申せば馬鹿にされるかも知れんし……)

しかし流石は年の功、頭脳をフル回転させたご隠居は、咄嗟の機転で珍解釈をひねり出したのでした。

■大関・竜田川の失恋とその後

「……今は昔、竜田川(たつたがわ)という力士がおってのぅ……」

ご隠居の語るところによれば、大関・竜田川が吉原の遊郭へ遊びに行ったところ、千早太夫(ちはや だゆう)という花魁(おいらん。高級遊女)に一目ぼれ。

「つき合って下さい!」

しかし千早は粗暴で男むさい力士が大嫌い。それで竜田川はあっけなく振られてしまう……これを「千早振る」の解釈とこじつけたのです。

傷心の竜田川は、次に千早の妹分である神代(かみよ。
こちらも遊女)にアタックするも、「姐(あね)さんに振られたから、仕方なくみたいに言い寄られても……」と、告白を聞き入れてくれません。これが「神代も聞かず」。

古典落語「ちはやふる」の見事なまでのこじつけ!知ったかぶりもここまで来れば面白い


千早に振られた竜田川(イメージ)。

千早に振られ、神代は聞き入れてくれない……すっかり意気消沈してしまった竜田川はスランプに陥ってしまい、間もなく引退。廃業してからは生家に帰って家業の豆腐屋を継いだそうです。

「……しかしご隠居、仮にも大関にまで昇進した名力士が、遊女に振られたくらいで廃業しちまうモンですかねぇ」

「うるさい奴だ。千早太夫は傾城の美女で、竜田川もそれだけ本気だったんじゃろうよ」

……閑話休題。それから数年後、竜田川の豆腐屋に一人の女乞食がやって来ました。

「もし旦那様、おからを分けて下さいまし……」

おからとは豆腐を作るときに生じる大豆の搾りかす(殻-から)。昨今では栄養満点でヘルシーな食材として人気ですが、昔は無料でくれる、あるいは家畜のエサにするような代物でした。

元より気の優しい竜田川は「あぁいいとも。困った時はお互い様」と店の奥へ取りに行こうとしたところ、ほっかむりの手ぬぐいからのぞいた顔は、忘れもしない千早太夫でした。


「てめぇ、いつぞやはこっぴどく振っておきながら、よくもぬけぬけと顔を出せたもんだなこの野郎!」

古典落語「ちはやふる」の見事なまでのこじつけ!知ったかぶりもここまで来れば面白い


「おととい来やがれ!」

と激怒した竜田川は、おからの代わりに手桶の水をぶっかけて追い払ったそうです。これが「からくれないにみずくくる(おからをくれないで、水をかける)」という訳ですが、そこまで聞いて、八っつぁんは又も疑問を投げかけます。

「……しかしご隠居、仮にも花魁にまで昇り詰めた売れっ子の遊女が、いくら何でも乞食なんてしますかねぇ」

「なったもんはなったんだから仕方なかろう。世の中は無常なもんじゃ」

「それと、『くくる』ってのは縄か何かで首か何かを括るんであって、かけるとは違うんじゃ……」

「まったくうるさい奴め、何せ平安時代の和歌じゃから、昔は訛っておったんじゃ(多分)」

「へぇ、そんなもんですかねぇ……あともう一つ」

「何じゃ」

「最後の『とは』って何ですか?」

「あぁ……それはな……そうじゃ、千早とは源氏名で、本名が『とわ』だったんじゃ」

……お後がよろしいようで。

■終わりに

こうして、どうにかその場を切り抜けたご隠居でしたが、その解釈は場当たり的で、文脈もかなりねじれています。

【ご隠居の解釈】
千早に振られ 神代にも聞き入れられなかった 竜田川
おからをやらないで とわ(落ちぶれた千早)に水をぶっかけた

この強引なこじつけを口八丁で押し通すご隠居の必死さと、素朴ながら鋭いツッコミを入れる八っつぁんとの掛け合いが本作の面白みであり、また、平安時代の和歌に花魁や近世的な力士が登場する点も可笑しみを誘います。

古典落語「ちはやふる」の見事なまでのこじつけ!知ったかぶりもここまで来れば面白い


作者(在原業平)もきっと苦笑い。

まったくとんだ「知ったかぶり」でしたが、古典への誤解・誤訳が新たな作品を生み出すのもまた一興。試験に出る訳でもありませんから、100%正解でなくても「諸説」の一つとして大らかに楽しむのがいいでしょう。

※参考文献:
大阪府立上方演芸資料館 編『上方演芸大全』創元社、2008年11月1日

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

編集部おすすめ