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痛々しいけど愛おしい♡室町時代の中二病文学「閑吟集」より特選14首を紹介【上】
室町時代の「中二病」文学とも言える『閑吟集(かんぎんしゅう)』。世の乱れに不安な日々を過ごす庶民がその鬱屈を和歌に詠み、その技法は拙くとも卑近な感情が活き活きと表現されています。
今回は『閑吟集』に収録されている300余首の中から、特選14首をピックアップ。その魅力を紹介しています。
■6、和御料思へば 安濃の津より来たものを 俺振りごとは こりゃ何事
【意訳】お前を愛すればこそ、伊勢の安濃津(現:三重県津市)からわざわざ(京都まで)やって来たこの俺を振るとは、どういう事だ!
和御料(わごりょorわごりょう)とはパートナー、ここでは「最愛のお前」くらいの意味。伊勢からはるばる京都までやって来たのにフラれてしまった腹立たしさを詠んでいます。
……俺振り「ごと」は こりゃ何「事」……と、ゴトゴト繰り返す野暮ったい語感が、男の腹立たしさと動揺を見事に表現しているようです。
そんな男の狼狽(うろた)えぶりに対して、次の歌で女性は一刀両断。
「もう騙されない。あなたの浮気性にはほとほと愛想が尽きました!」
何を仰(おしゃ)るぞ せはせはと 上の空とよなう こなたも覚悟申したこちらの「仰る」は先ほどの「おしやる」とは異なり「おしゃる」と語呂を重視した変化をもたせ、リズミカルな文調を展開。男を捨てる覚悟を決めた女性の、未練もないアッサリ感が出ています。
【意訳】何を言っているの、今さら取り乱してみっともないったら。あなたの浮気性には、もう愛想が尽きました(なので、私も別れを決意しました)。
「せはせは(忙々。
また、続く「なう」は「のうorの」と読み、『閑吟集』ではよく使われる表現なので、覚えておくとスムーズに読めるでしょう。
本題に戻ると、恐らく男は伊勢の地で浮気を繰り返し、この女性(妻)を泣かせて来たのでしょう。ほとほと愛想が尽きた妻に捨てられ、慌てて京都まで追いかけて来た男ですが、残念ながら復縁の見込みはなさそうです。
■7、扇の陰で 目を蕩(とろ)めかす 主(ぬし)ある俺を 何とかしょうか しょうかしょうかしょう
【意訳】扇の陰から熱い視線を送るあなたは、人妻であるこの私を、どうなさるおつもりでしょうか?
扇で顔を覆うくらいですから、恐らくやんごとなき身分の男なのでしょう。主とは主人=夫のこと、俺(おれ)という一人称に違和感を覚える方もいるでしょうが、室町時代は人や身分によって、男女関係なく「俺」と称していました。
どうなさるおつもりなの?と心の中で問いかけながら、一度で切らず「なさるの?なさるの?なさる?(しょうかしょうかしょう)」と思わせぶりに繰り返している辺り、密かな期待を捨てきれずにいるようです。
きっとこの女性は、身分の低い冴えない夫に嫁いだけれど、あわよくば光源氏のような素敵なイケメン貴公子に連れ去られたい……そんなドラマチックな展開を夢見ているのかも知れませんね。
■8、ただ人には 馴れまじものぢゃ 馴れての後(のち)に 離るるるるるるるるが 大事(だいじ)ぢゃもの
【意訳】考えなしに付き合ってしまうと、後で別れる時が大変だよ。
この歌でまず目を引かれるのは、「る」8連続の強烈なインパクト。これは誤字ではなく、本当にこう詠まれています。
そう大した内容でもありませんが、この「離るるるるるるるる」のワンフレーズに全力を込めて、別れの悲しみを表現したことが解ります。
身分違いの恋に弄(もてあそ)ばれた女性が、無情に捨てられた恨みを教訓として伝えている情景が目に浮かびます。
■9、身は近江舟かや 死なで焦がるる
【意訳】私は近江舟(おうみぶね)のように琵琶湖の波間を翻弄されながら、死ぬこともできず心を焦がすばかり……。
近江は「逢(お)う身」、「死なで」は「志那(しな。琵琶湖畔の地名)で」、「焦がるる」は「漕がるる」にそれぞれかけた言葉です。
想い人につれなくされたのか、その心は琵琶湖の波間に翻弄されながら、一縷の未練ゆえに死ぬこともできず、舟のごとく漕がれ続けるばかり……そんな辛い思いを詠んだ、舟にまつわるもう一首。
人買ひ舟は沖を漕ぐ とても売らるる身を ただ静かに漕げよ 船頭殿内陸と言っても広大な琵琶湖は、沖に出れば波も高く荒いもの。身売りせざるを得なかった女性が、未来を悲観する心情を詠んでいます。
【意訳】……どうせ売られる身なのだから、せめて静かに漕いで下さいな……。
人身売買が当たり前のように行われていた、暗い時代の一幕です。
■10、小夜小夜 小夜更け方の夜 鹿の一声
岡本豊彦「松下鹿蝙蝠図」江戸時代
【意訳】夜、夜、夜も更けて来たころ、鹿の啼く声が聞こえた。
小夜(さよ)とは夜のこと(小は修飾語)。何度も繰り返すことで孤独な夜の寂しさ、澄んだ空気に響き渡る鹿の啼き声を強調しています。
さて、その声はいったい何を意味しているのでしょうか?
めぐる外山(とやま)に鳴く鹿は 逢うた別れか 逢はぬ怨みか外山とは山の外側、すなわち人間世界に近い里山を意味します。鹿も別れが辛いのか、あるいは捨てられたことを恨むのか。孤独な者同士、親近感を覚えているようです。
【意訳】近くの山で鹿が啼いているが、愛しい人とこれから別れるのか、あるいはその愛しい人が来なくて怨んでいるのか……。
ここでちょうどキリよく10首ですが、残る4首もぜひぜひ紹介したいので、どうかもうちょっとだけおつき合い頂けましたら幸いです。
【続く】
※参考文献:
浅野建二 校注『新訂 閑吟集』岩波文庫、1989年10月16日
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