かつて、蝦夷地(現:北海道)をはじめ樺太や千島列島に独自の文化を営んでいた、いわゆるアイヌ系の諸部族(以下「アイヌ」とします)。

大自然の恵みを受けながらつつましく暮らしていた彼らアイヌは、絶えず和人から搾取され、迫害を受けていたイメージですが、歴史を紐解くと、時には積極攻勢に出て和人たちと争い、利権を勝ち取ることもあったようです。


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「いつも負けっ放しだと思うなよ?」武勇を誇るアイヌたち(イメージ)。

今回は、そんなアイヌたちの意外な一面を垣間見る「夷狄商舶往来法度(いてきのしょうはくおうらいのはっと)」を紹介したいと思います。

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※夷狄とは東夷(とうい。東の野蛮人)と北狄(ほくてき。北の野蛮人)の総称で、広くアイヌや蝦夷(ゑみし)といった東日本の(中央政権にまつろわぬ)諸部族を意味しました。

■アイヌにも海賊がいた!?意外と、そしてかなり不利だった和人の立場

夷狄商舶往来法度とは、それまで激しい抗争を繰り広げて来たアイヌと和人の間に締結された一種の講和条約で、史料によって諸説あるものの、おおむね天文二十1551年ごろに締結されたそうです。


締結に立ち会ったアイヌの代表者はシリウチ(現:知内町)の首長チコモタインとセタナイ(現:せたな町)の首長ハシタイン。対する和人の代表は、松前大館(現:松前町)の領主・蠣崎季広(かきざき すえひろ)。

立会人として蠣崎家の主君である安東舜季(あんどう きよすえ)に出羽国(現:秋田県)から出張してもらい、以下のような条約を締結しました。

戦国時代、北の海で暴れ回ったアイヌ海賊と、悩まされる戦国大名たち


渡島半島の勢力図(ごく簡略なイメージ)。

一、蠣崎家はチコモタインを「東夷尹(ひがしえぞのかみ)」、ハシタインを「西夷尹(にしえぞのかみ)」と呼んで敬意を払うこと。

一、蠣崎家は他国との交易によって得た関銭(通行税)の一部を、両首長に上納すること。


一、松前及び上ノ国(現:上ノ国町)を「和人地」、それより北東全域を「蝦夷地」とし、アイヌは「和人地」へ自由に出入りできるが、和人は「蝦夷地」へ許可なく立ち入ることを禁ずる。

一、互いの領海(領土の沖合)を航行する際は、一度船の帆を下ろして敬礼すること。

こうして見ると、かなりアイヌたちに優位な内容となっており、それまでの戦いにおいて、蠣崎家はかなり劣勢に立たされていたことがうかがわれます。

また、安東家としてもそれまで大半を得ていた交易の税収をアイヌ勢力に持って行かれることとなり、その条件を呑まないと蝦夷地における権益をすべて失いかねない緊急事態だったようです。

戦国時代、北の海で暴れ回ったアイヌ海賊と、悩まされる戦国大名たち


「俺たちの海を航るなら、相応の『誠意』を忘れるなよ?」不敵なアイヌ海賊たち(イメージ)。

最後の条文についてはアイヌの海関(※海上に関所を設ける≒通行税を徴収する海賊行為)を認めるものであり、それと引き換えに和人たちの安全な航海を保障する……つまり、渡島半島の周辺海域は当時、アイヌ海賊によってほぼ制圧されていたという見方もあります。


アイヌと聞くと、現代の私たちは何となく「北海道の主に陸地か沿岸部で静かに暮らしていた人々」というイメージを持っていると思いますが、実際にはかなりのギャップがあったようです。

■「神のように素晴らしい友よ……」要求が通ったアイヌたちの大絶賛

さて、この法度が取り決められると、両首長は季広に対して「カムイトクイ(Kamuy-tokuy:神のように素晴らしい友人)」と大絶賛します。

もしかしたら、彼らもダメ元で提示した条件だったのに、よほどの満額回答だったのかも知れません。何だかジャイアンがのび太やスネ夫に対して「おぉ、心の友よ!」と感激するような、そんな調子の良さを感じてしまうのは、きっと筆者だけではないでしょう。

戦国時代、北の海で暴れ回ったアイヌ海賊と、悩まされる戦国大名たち


「神のように素晴らしい友人」との和解を喜ぶアイヌたち(イメージ)。

それでもまぁ、平和が実現できるなら安いもの……かも知れませんが、実際にはその後も「神のように素晴らしい友人」との争いが絶えなかったことは、歴史に伝えられる通りです。


アイヌたちの欲望が増大したのか、それとも和人たちが屈辱に耐えかねたのか……いずれにしても、互いを尊重し合える社会の実現に至るまで、まだまだ戦いは終わらないのでした。

※参考文献:
長谷川成一 編『北方社会史の視座 歴史・文化・生活 第1巻』清文堂出版、2007年12月
木村裕俊 訳『新羅之記録 現代語訳』無明舎出版、2013年3月
榎本進『アイヌ民族の歴史』草風館、2007年3月

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