山吹御前・巴御前を引き連れ、京都から平家を追いやった木曽(源)義仲。しかし、後白河法皇の要望に応えられず、徐々に信用を失っていきます。


そんな状況の中、法皇は、源頼朝に義仲討伐を要請。追い詰められた義仲は、法皇と後鳥羽天皇を幽閉し、迫りくる源範頼・義経率いる鎌倉軍を迎え撃ちます。

義仲の愛する山吹御前はどうなったでしょうか……ここまでのお話は、ぜひ【前編】もご覧ください!

前回の記事

巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【前編】

■都に残ることを決意した山吹御前

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騎乗の巴御前の後方左手で、討ち取った首を持つ山吹御前。(楊洲周延作/源平盛衰記 巴御前と山吹御前)写真:wikipedia

予想以上のスピードで京都に迫る鎌倉軍に対し、義仲は京都での防衛にこだわりました。

しかし、都での行動に人心を失っていたため味方する者は少なく、やむなく宇治川で鎌倉軍の阻止をはかります。

この出陣に巴は同行しますが、山吹は都に残りました。

『平家物語』には、「木曾は信濃を出でしより、巴、山吹とて2人の美女を具せられたり、山吹はいたわりあって都に止まぬ」と記されています。

山吹御前はこの時、病気であったとも妊娠中であったとも伝えられています。病気だとしたら、度重なる戦陣の疲れや都で義仲がおかれた立場を思う心労によるものかもしれません。

義仲が去った都で、わずかな家来たちと戦の結果を待つ山吹の心情はいかばかりのものであったでしょうか。

おそらくは、木曾軍の強さに一縷の望みを託していたと思われます。

巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


義仲との別れに際し、源氏方の猛将を組打ちで討ち取る巴。
(月岡芳年画)
写真:wikipedia

しかし、その願いもむなしく、義仲は宇治川の戦いで惨敗、粟津の戦いで落命します。義仲に最後まで付き従った巴も、ついに行方知れずとなってしまいました。

■日本各地の残る山吹御前にまつわる伝承

義仲の死後、山吹はどうなったのでしょうか?いくつかの伝承が残されていますので、ご紹介しましょう。

伊予終焉伝承
巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


山吹を祀るとされ、地元の人々から「御前さん」と親しまれる山吹御前神社(写真:TERUAKI.T)

義仲が伊予守であったため、その縁を頼りに病気をおしてわずかな家臣たちと伊予に落ち延びたものの、衰弱著しく、まもなくこの世を去ったという伝承があります。

実際に、山吹終焉の地(伊予市中山町佐礼谷)には、山吹御前神社が鎮座し、地元の人々から「御前さん」と親しまれているのです。

近くには山吹という名の集落があり、墓も存在。息絶えた山吹の亡骸を笹舟で運んだことから「曳き坂」という地名も残っています。

巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


伊予市の山吹集落に伝わる山吹御前の墓(写真:TERUAKI.T)

大津討死伝承
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源氏軍に討たれた山吹御前の霊を祀る山吹地蔵(写真:TERUAKI.T)

京都からほど近い大津市にも山吹の伝承が残されています。

義仲が粟津で討死したという報告を受けた山吹が、病をおして逢坂山を越え近江にたどり着いたものの、秋岸寺で源氏軍に討たれたという伝承です。

哀れに感じた民人が境内に地蔵尊を祀り、その霊を弔いました。JR大津駅にその祠が残されています。

埼玉県嵐山町生存伝承
巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


埼玉県嵐山町にある班渓寺(はんけいじ)。
山吹を開基とする(写真:TERUAKI.T)

義仲の生まれた地とされる埼玉県比企郡嵐山町に伝わる伝承です。

この地に山吹を開基とする班渓寺(はんけいじ)というお寺の梵鐘に「妙虎大姉(山吹御前)が我が子義高の菩提を弔ってこの寺を建てた」と刻まれており、その位牌も安置されているとされます。

義高は義仲の嫡男で、頼朝の長女大姫と婚約し鎌倉に住んでいました。しかし、義仲没後、鎌倉を脱出するも頼朝により殺害されてしまいます。

この伝承よると山吹御前は義高の母であり、生き延びて義仲の故地にその確かな足跡を残していたことになるのです。

巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


班渓寺の境内に伝わる山吹の五輪塔。(写真:TERUAKI.T)

何かと取り上げられることが多く注目の的となる巴御前とは異なり、その存在があまり目立つことのない山吹御前。最後については諸説あり、さまざま地で異なる伝承が残っています。

しかし、「ひらかな盛衰記」の中で、木曽義仲との間に駒若丸をもうけた女性として描かれているように、山吹御前は、歴史の一場面を華やかに彩った存在であったことは間違いないでしょう。

巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】


歌舞伎役者が演じた山吹御前/歌川国貞(東京都立図書館)

最後までお読みいただきありがとうございました。

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