平安文学の最高峰『源氏物語(げんじものがたり)』の正ヒロイン・紫の上(むらさきのうえ。以下、紫)。
彼女は主人公の光源氏(ひかるげんじ)によって「理想の女性」となるべく英才教育を受け、ついに結ばれることとなります。
紫の上(若紫)に一目ぼれした光源氏。尾形月耕「源氏物語五十四帖」より。
しかし希代のプレイボーイである光源氏のガールハントはやむことなく、紫の上はやきもきさせられ続けるのでした……。
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「理想の女性」にただ一つ欠けていたもの…源氏物語の正ヒロイン「紫の上」の憂鬱【上】
■欠けていた「最後の1ピース」ですべて崩壊
紫は「紫の上」と呼ばれる通り、上には置かれて(尊重されて)いるものの、葵の上とは違って後見人となる父親がいないため、正式な結婚手続きを踏まえた「北の方(正室)」ではありません。
それでも子供(男女いずれでも可※)がいればまだその母としてその地位を確固たるものと出来たでしょうが、彼女は光源氏との間に子供ができず、そのことでも悩んでいました。
※男児ならば後継者候補に、女児ならば有力貴族あわよくば皇室に嫁がせ、権力を固めるキッカケとできるからです。
光源氏から惜しみない愛情と教育を受けた紫は、当人の資質的には非の打ち所がない「理想の女性」でしたが、彼女には(1)家柄と(2)子供だけが欠けていました。
現代人であれば「女性の魅力に家柄なんて関係ない、子供が欲しければ養子をとればいいじゃないか」と思うでしょうが、当時の女性にとっては貴族社会を生きていく上での死活問題となります。

絶大なる愛情を受けた紫の上だが、その地位は光源氏の愛情による不安定なものだった(イメージ)。
もちろん、そんな事で光源氏の愛情はいささかも損われませんが、紫の立場は光源氏からの愛情によってのみ支えられている脆弱なものでした。
子供については後に明石の御方が産んだ女児(明石の中宮)を入内まで育てさせてもらったものの、家柄についてはどうしようもありません。
その一方で、光源氏も悩んでいました。
「紫の上には何の不満もない。むしろ彼女以外のパートナーは考えられない。しかし……」
カムバック以降、どこまでも出世した光源氏は准太上天皇(じゅんだじょうてんのう。条項に准ずる待遇)となり、この世の栄華を極めましたが、あと一つだけ足りないものがあります。
「我が身分に相応しい正室」
そこで迎えてしまったのが、朱雀帝(すざくてい。実在の朱雀天皇とは別)の第三皇女である女三宮(おんなさんのみや。本名不詳)。帝たってのご所望でもありました。
内親王(を正室に持つ)というブランドさえあれば、我が権勢は完全無欠なものとなる……しかし、私の愛情だけを恃みに生きてきた紫の上が、どれほど傷つくことだろう……もしこれだけであれば、光源氏は間違いなく紫の上への愛情を選んだことでしょう。
しかし、女三宮は紫の上と同じく、光源氏にとって永遠の憧れであった「藤壺(※この時点で故人)」の姪に当たるため、「その面影を受け継ぐ者を、他の誰にも渡すものか!」とばかり結婚を承諾してしまいます。
「あっ……」

亡き母(桐壺更衣)に生き写しだった藤壺中宮との遠い思い出。
彼は出逢ってこの方、今日に至るまで、私を十分過ぎるほど愛してくれたけど、彼が見ていたのは「私」ではなく、永遠の憧れである彼女との「紫(ゆかり)」に過ぎなかった……女三宮との結婚を知った紫は、すべてを察してしまったのでした。
一方の光源氏も、いざ正室に迎えた女三宮は確かに美しくはあるけれど、かの藤壺とは似ても似つかぬ顔立ち。加えて父帝より過保護に育てられたため、いささかおっとりと幼過ぎて、とても女性として見ることが出来ません。
「容姿に関する情報くらい、それとなくリサーチしておけ!」と言いたくなりますが、光源氏は過去にも似たような失敗?(※)をしており、その失態は取り返しのつかないものとなってしまいました。
(※)末摘花の姫君との黒歴s……もとい思い出。
どんな美女にもまさる姫君!「源氏物語」ヒロインで極度のコミュ障・末摘花の恋愛エピソード【一】
すべてが完成するかと思った最後の1ピースによって、これまで築き上げてきたすべてが崩壊していく……そんな光源氏の深い業が、『源氏物語』第一部におけるクライマックスと言えるでしょう。
■それでもやっぱり、光源氏を愛していた
これまで、どんなに光源氏が浮気をしようと、自分だけが揺るぎない一番であると信じていたから許せたのに……紫は裏切られたショックのあまり病床に伏せってしまい、とうとう出家を願い出ます。
現代なら出家しても、ただ頭を丸めたり、女性なら髪を下ろしたりする意外は俗人と変わらぬ暮らしぶりの者も多いですが、当時の出家とはそんな中途半端なものではなく、「俗世のすべてを断ち切る」ことを意味していました。
(※現代でも、建前上はそうなっているのですが)
すると、光源氏はこれまで散々浮気をしてきた自分の所業も棚に上げて「嫌だ!私を見捨てないでくれ!」となりふり構わず引き止めます。
あんなに頼もしかった(今でも外面上は権勢の絶頂にいる)光源氏が、ただ自分(にそっくりな藤壺)が恋しくて、子供のように泣きすがっている……そんな様子を見捨てるに忍びず、紫は最期まで出家を思いとどまるのでした。
こうして見ると、今や二人をつなぎとめているのは、単なる憐みや同情のようにも思えます。

終生こよなく愛し合った紫と光源氏。永い歳月が、二人を比翼の夫婦(めおと)にした(イメージ)。
たとえ最初の動機が何であれ、彼が孤独の中から連れ出してくれたのは、藤壺中宮ではなく、この自分。
彼がやさしく指に流し、丹念に梳(くしけず)り、愛でてくれたこの髪は、他の誰でもない自分の髪だし、それは目も肌も手指も何もかも、すべて同じ。
そして何より、他の誰でもない自分こそが誰よりも光源氏を愛していたし、かつて須磨から帰還した彼を抱きしめた時の喜びは、あれから少しも色褪せてはいない。
誰が愛してくれるとかくれないとか、立場がどうとかこうとか、そんな事は一切関係なく、ただ心の底から自分が光源氏を愛し、共に生きて来られた日々こそ真実であり、すべてだったのだ。
……と思っていたかは察するよりありませんが、互いが互いを求め、心より愛し合った二人の姿は、まごうかたなき「比翼の鳥」そして「連理の枝」であったと言えるでしょう。
【完】
※参考文献:
鈴木日出男 編『源氏物語ハンドブック―『源氏物語』のすべてがわかる小事典』三省堂、1998年3月
池田亀鑑『源氏物語入門』社会思想社、2001年4月
林田孝和ら編『源氏物語事典』大和書房、2002年5月
山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』朝日新聞出版社、2014年6月
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