今回は、縄文時代の人々の、知識や創造性の源流について考えてみたいと思います。
縄文時代の始まりは、今から一万六〇〇〇年ほど前のことと言われています。この時代の大きな特色として、「食事革命」ということが挙げられます。煮炊き用の土器を作り出したことで、旧石器時代までの食生活がガラリと変わったのです。
■土器によって「食」の幅は飛躍的に拡大
土器を持たない旧石器時代の人々は、主に野生動物の肉を食べていたと考えられます。しかし、肉は「焼く」「干す」程度の食べ方しか選択肢がありませんでした。旧石器時代の遺跡からは、しばしば礫群(れきぐん)と呼ばれる焼けた石が見つかることがありますが、当時の人々は焚火の中で石を焼いておいて、その余熱で蒸し焼きにするなどしていたようです。
しかし人間には、どんな環境にも合わせて食生活を送る能力が備わっていました。煮炊き用の土器を食生活に取り込むことで、生のままではとても食べられないドングリなどの木の実や植物の根・茎、キノコを含む山菜などを食材として活用できるようになったのです。
これがきっかけで、人々の「食」の幅は飛躍的に拡大していきました。

三内丸山遺跡
■食材の狩猟・採集のための知識
まだ水田での稲作が始まっていなかった縄文時代。食材を確保する主な手段といえば狩猟・採集に限られていました。よって彼らは、身の回りの食材などについて、幅広く、深く、多様な知識を持っていたはずです。
なぜなら、そうした知識を持つことが、生き延びて子孫を残すことの大前提だったからです。
まず彼らは、縄張りの詳細なマップを頭に入れておく必要がありました。また、さまざまな植物の生長パターンや、動物の習性についても学んでいたことでしょう。さらに季節や天候の変化、食材ごとの栄養価や毒性、医療行為への活用なども、知識として習得していたと思われます。もちろん、狩猟用の道具についても相当の知識量があったことでしょう。
「食」の選択肢の発展が、こうした知識の習得を後押ししたと言えます。
縄文時代は、旧石器時代と比べると、高度に発達した「雑食性」の時代でした。そして雑食性が高いということは、脳内にインプットされている味の記憶・情報が極めて多いということです。
そうした環境で日常的に脳への刺激が与えられることで、思考能力が発達し、記憶力も向上しました。脳は使えば使うほど発達する器官です。脳の神経伝達がスムーズになれば創造性も高まります。
■豊かな「食」をめざすことが脳トレ
縄文土器に見られる、力強さと芸術性にあふれた装飾は、彼らがただただ「採集して食う」だけの存在ではなく、たとえ煮炊き用の土器といえども、機能性だけでは飽き足らずついつい装飾してしまうような美意識を持っていたことを示しています。

Wikipedia『縄文時代』より火焔土器
あふれる知識欲と創造性――。多彩な味覚文化が、これらを支える大きな土台となったことは間違いないでしょう。
言うなれば、より豊かな「食」をめざしたことが、縄文人にとっては今で言う「脳トレ」のような効果をもたらしたのです。彼らは「食」に関する知識を貪欲に追求することで生物として進化し、進化することによって、さらに「食」をますます豊かなものにしていったのです。
■縄文時代は「味の情報化時代」
縄文時代の「雑食性」は、人類全般の運命にも大きく関わっています。
人類はサルから進化しましたが、現在のような人間になれたかも知れない種は、約30種いました。しかし、私たちの先祖であるホモ・サピエンス以外は絶滅しています。
絶滅の要因はさまざまですが、特にホモ・サピエンスの最大のライバルだったとされるネアンデルタール人が滅びた理由は、彼らが「雑食」ではなく「偏食」で、気候など急激な環境の変化に耐えられなかったからだと言われています。
縄文時代というのは、言うなればわが国最初の「味の情報化時代」でした。山や海で季節ごとの旬のものを食べ、季節の変化に身体を対応させて、生命力を維持していた縄文人たち。実はそれは、ホモ・サピエンスという種の生き残りにも繋がっていった生き方だったのです。
彼らの貪欲な知識欲と生命力に、おそらく現代人は到底かなわないのではないでしょうか。
実際、私も含めて、現代社会に暮らす人のほとんどは、自分自身を取り巻く自然や社会についてろくに知らなくても生きていくことができます。
例えば、テレビの構造を知らなくても、テレビを購入して番組を観ることはできます。また必要に応じてインターネットで検索する習慣があれば、最初から知識を持っている必要はありません。専門的なことは、お金を出せば専門家に任せておけます。

現代は、人類全体としては膨大な知識を持っています。しかし、個人のレベルでは、古代の狩猟採集民族の方が歴史的に優れていたと言えます。なんと、平均的なホモ・サピエンスの脳の大きさは、狩猟採集時代を過ぎてからは縮小していったという証拠まであるそうです。
参考資料
- 永山久夫『イラスト版たべもの日本史』(1998年・河出書房新社)
- ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『サピエンス全史(上)-文明の構造と人類の幸福』(2016年・河出書房新社)
- 大和薬品株式会社『なるほど健康塾』掲載・「「雑食」が人類を進化させた」
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