今がちょうど見頃の花「紫陽花」。

桜や芍薬などに比べると数は多くはありませんが、江戸時代頃から、紫陽花を描いた作品も見られます。


そこで、この記事では紫陽花を描いた日本画・浮世絵を、製作された年代順に紹介したいと思います。

■伊藤若冲《紫陽花双鶏図》

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1757~60(宝暦7~10)年 (クリックで拡大)

伊藤若冲の代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」のうちの一枚です。

若冲は独特の色使いや構図、さらには描く題材の斬新さから「奇想の絵師」と呼ばれました。

極彩色の雌雄の鶏の背景に、負けじと鮮やかなブルーの紫陽花が描かれています。

「紫陽花と鶏」という、花鳥画の題材としては珍しい二つを組み合わせたのも、さすが若冲という感じです。

■酒井抱一《四季花鳥図巻》

若冲、国貞、広重…今が旬の「紫陽花」を描いた日本画・浮世絵作品を紹介
1818(文化5)年 東京国立博物館

春夏秋冬、それぞれの季節の花や小鳥、蝶などを描いた酒井抱一「四季花鳥図巻」の一部です。

夏の花として、水色とピンクの紫陽花が描かれています。

色の表現は、琳派の特徴の一つ「たらしこみ」という技法を使っています。簡単に言うと「にじみ」や「ぼかし」となりますが、絵の具で色を塗り、最初の色が乾く前に次の色を乗せて自然なグラデーションに仕上げる描き方です。

このたらしこみによって、葉の部分は本当に雨に濡れて水滴がついたような表現になっています。

隣のクレマチスや芍薬の葉は均一に塗られていて、紫陽花だけにたらしこみが使われているので、意図的に梅雨の時期の花らしさを表現しているのかもしれません。

雨の中、つやつやと光る紫陽花を美しいと思う心は、今も昔も変わらないようです。


■歌川国貞・歌川広重(初代)合作《当盛六花撰 紫陽花》

若冲、国貞、広重…今が旬の「紫陽花」を描いた日本画・浮世絵作品を紹介
1854年~1855年(クリックで拡大)

1854~55年にかけて製作されたシリーズものの浮世絵で、花を背景に、当時人気の役者を描いた作品です。

役者絵が得意な国貞と、「東海道五十三次」でお馴染み、風景画が得意な広重のコラボ作品で、もちろん、広重が背景を、国貞が人物を担当しました。

紫陽花の淡い水色の花びらと、ブルーグリーンの葉がとっても涼しそう。

右の男性が持っているのは白玉です。「冷や水」といって冷たい砂糖水に紅白の白玉を浮かべたもので、江戸時代では夏のスイーツとして定番でした。

■喜斎立祥(歌川広重2代)《東京名所三十六花撰 東都浅草花やしき紫陽花》

若冲、国貞、広重…今が旬の「紫陽花」を描いた日本画・浮世絵作品を紹介
1866(慶応2)年(クリックで拡大)

歌川広重の弟子・喜斎立祥(きさい りっしょう、二代目広重とも)が描いた連作「東京名所三十六花撰」より「東都浅草花やしき紫陽花」です。

師匠ほどは聞きなれない名前ですが、横浜で海外輸出用の茶箱のラベル絵を描いていたことで有名です。

ここでは花屋敷から見た、浅草寺五重塔を描いています。ちなみに、「浅草花やしき」は遊園地のイメージがありますが、当時は植物園でした。

花や葉の形など、紫陽花の書き方は師匠にそっくりですが、こちらは背景色も白く構図もシンプルなぶん、花のグラデーションをより鮮やかにしています。

■菱田春草《紫陽花》

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1902(明治35)年 足立美術館蔵

最後に紹介するのは、明治時代の作品です。明治になると、かなり現代的な表現になりました。


単色の紫陽花が、ふんわりと優しそうな筆遣いで描かれています。右上から光が差し込む表現も素敵です。

そして、この絵には輪郭線がありません。これは「没線(もっせん)画法」といって、輪郭線を使わずに光や空気を表現する技法で、横山大観と菱田春草が考案しました。最初は批判されましたが、二人の絵が海外で評価されるにつれ、国内でも認められていきました。現代ではスタンダードな技法となっています。

余白を大きく取り、色使いもワントーンでまとめられているので、少し儚い印象も感じられます。

■最後に

以上、今回は紫陽花を描いた日本画・浮世絵作品を紹介しました。

梅雨の時期は気分が落ち込みがちですが、紫陽花の花や絵を見て少しでも明るい気持ちになれたら良いなと思います。

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