義時「お孫さんの手習いですか?」鎌倉武士団における重鎮・上総介広常(演:佐藤浩市)。坂東では向かうところ敵なしの彼ですが、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では無教養な武辺者の設定に。
(汚い書きつけが散らばっている)
広常「……俺が書いたんだよ」
義時「これはご無礼を!」
広常「若い頃から戦ばかりでな、まともに文筆は学ばなかった。京へ行って公家どもにバカにされたくねぇだろ。だから、今のうちに稽古してんだよ」
(義時、微笑)
広常「人に言ったら殺す」
義時「はい」
※NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第12回より
広常の手習い。今後の上達に期待(イメージ)
そこがまた可愛いのですが、実際の広常は京都とのつながりもいくらかあり、決して無学ではなかった筈です(まぁ、文字が下手だった可能性は否定できませんが)。
しかし、何でこんな設定をあえて加えたのでしょうか。
その理由は脚本の三谷幸喜に聞いてみるのが一番なのですが、なにぶんお忙しいでしょうから自分で予想(外れたらごめんなさい)。
広常がなぜ手習いを始めたのか……今回はその伏線に相応しいエピソードを紹介したいと思います。
■広常に謀叛の企み?神社に奉納された一通の願文
時は寿永2年(1183年)7月。広常は上総国一之宮・玉前神社に一領の甲冑を奉納しました。
何か祈願しての事なのでしょうが、広常が何を祈願しているのかは分かりません(他人に言うものでもないし、言ったら霊験が損なわれてしまうでしょう)。
そのヒントになるのは、甲冑に結びつけられた願文(がんもん。祈願文)。
「……謀叛かのぅ。平三(へいざ。梶原景時)よ」
人目に触れないからこそ、謀叛の野心が書いてあるかも……頼朝が疑うのも、まぁ無理はありません。
ダーティな任務と言えばこの人。頼朝の懐刀・梶原景時。歌川国芳筆
「あるいは」
日ごろの傍若無人な態度や、朝廷からの独立志向を鑑みれば、京都へ帰りたがっている頼朝に愛想を尽かしたという可能性も充分に考えられます。
「現在、目立った動きはないものの、水面下で……という可能性も」
まぁ、謀叛が表面化したら手遅れなので、早めに手を打っておく必要がありそうです。
「本心を確かめる猶予はない。折を見て介八郎(広常)を斬れ」
「は」
かくして12月22日、景時は広常を双六に誘い、大いに盛り上がったところを一刀に斬り捨てたのでした。
■果たして広常の真意は……
「さて、と。彼奴が奉納した甲冑を引き取り、例の願文に何が書いてあるのか検分せよ」
新年を迎えた寿永3年(1184年)1月17日。
敬白何と広常が心中に秘めていたのは、謀叛の企みどころか頼朝の大願成就と東国の平和。
上総国一宮宝前
立申所願事
一 三箇年中可寄進神田二十町事
一 三箇年中可致如式造営事
一 三箇年中可射萬度流鏑馬事
右志者為前兵衛佐殿下心中祈願成就東国泰平也如此願望令一々円満者弥可奉崇神威光者也仍立願如右
治承六年七月日 上総権介平朝臣広常
【意訳】
上総国一宮の宝前に敬って白(もう)す
所願を立て申すこと
一つ、これより三年間、二十町(約20ヘクタール)の田を寄進=収穫を奉納します
一つ、同じく古来のしきたりに則り、神社境内の整備費用を奉納します
一つ、同じく流鏑馬神事(及び、その興行収益)を奉納します
前兵衛佐(さきのひょうゑのすけ。頼朝)殿の願い、そして東国の平和を叶えて下されば、これらのお礼と共に末永く崇敬いたします
治承6年(※1)7月吉日 上総権介平朝臣広常(※2)
神仏への願文は平素の文書と異なり、右筆(ゆうひつ。書記、秘書)などには代筆させず、自ら一筆々々真心を込めて書くもの(そうでないと、願いがバレます)。
奉納された甲冑(イメージ。画像:文化遺産オンライン)
その武骨な筆遣いに広常の真意を知った頼朝は大層後悔し、捕らえていた一族らをただちに解放。ねんごろに菩提を弔ったということです。
(※1)朝廷は既に寿永と改元していましたが、頼朝政権は平家による改元を認めず、治承の元号を使い続けました。
(※2)日付のすぐ下に改行せず署名と花押を書くのは日下署判(にっかしょはん)と言って、へりくだった表現になります。
■終わりに
という訳で、広常が一生懸命に稽古した筆で書きつづったのは、頼朝への一途な思いでした……という展開を予想する次第です。
劇中ただ一人「武衛、ブエイ」と呼び続け、どこまでも頼朝が大好きで、自分こそが第一あるいは唯一の御家人とばかりに奉公した広常。
歌川芳虎「大日本六十余将 上総 上総介広常」
「最も頼りになる者は、最も恐ろしい」
その一途さが頼朝には重かったのでしょうか、あるいは恐ろしかったのかも知れません。
果たして大河ドラマでの広常はどんな最期を迎え、義時はどのように見送るのでしょうか。今から覚悟しておこうと思います。
※参考文献:
- 『NHK大河ドラマ・ガイド 鎌倉殿の13人 前編』NHK出版、2022年1月
- 『NHK2022年大河ドラマ 鎌倉殿の13人 完全読本』産経新聞出版、2022年1月
- 五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡1 頼朝の挙兵』吉川弘文館、2007年11月
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
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