「戦の匂いがする。俺が待ち望んでいた匂いだ!鎌倉の澱んだ風とは大違いだな!」のっけから、本編の鬱展開を予告するような大音声の源義経(演:菅田将暉)。
京都では源氏同士の争いを避けたい木曽義仲(演:青木崇高)が後白河法皇(演:西田敏行)を拘束する一方、鎌倉では御家人たちが源頼朝(演:大泉洋)に対する謀叛の計画を進めていました。
それを丸く収めた立役者こそ上総介広常(演:佐藤浩市)だったのですが……。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。第15放送「足固めの儀式」は、広常ロスに見舞われる方も多かったのではないでしょうか。
そこで今回は最期を迎えた広常はじめ、気になった人々を振り返って行こうと思います。
■確かに「使い捨ての駒」とは言ったが……
昨夜から胃の腑が苦い……視聴者の最も見たくないモノを見せつけてこそ、三谷幸喜の真骨頂と言ったところでしょう。
SNSでも広常ロスが続出、早くも#上総介を偲ぶ会、なんてハッシュタグが見られました。
およそ広常ファンにとって、最も見たくないパターンの最期だったのではないでしょうか。
でも、これほど視聴者の心に残る死に方もなかった、とも言えるかも知れません。歌川芳虎筆
『吾妻鏡』や『愚管抄』などの史料をざっと読んでいれば、広常が斬られることは覚悟していたはずです。
しかし、三谷脚本はそんな覚悟(ガード)を回り込んで殴りつけるようなインパクトを加えます。
梶原景時(演:中村獅童)に斬りつけられて一刀では死なず、咄嗟に手をかけた脇差は善児(演:梶原善)によって抜かれていました。
衆人環視の中で広常は逃げ出し、その烏帽子は脱げて髻もあらわに……当時の成人男性にとって、これ以上の醜態はありません。
(前に亀の前事件で、髻を切られた牧宗親の哀れさが、それを引き立てています)
「小四郎……小四郎!」誰もがこの異常事態を知りながら、謀叛を赦された御家人たちは見て見ぬふりで、泣きそうな小四郎は俯くばかり。
そして最も惚れ込んでやまない「武衛」頼朝が現れるも、小四郎に対する「よればお前『も』斬る!」の一言で絶望の淵に叩き込まれます。
小四郎の涙がせめてもの救い……いつものように(あぁ、お前=小四郎も大変だな)と思ったか、あるいは(仕方ない、これも武衛のためだから)と死を受け入れたのか……。
恐らくは、両方の意味を込めた微笑だったのだと思います(そうであって欲しいと願います)。
そして死後、甲冑の中に仕込んだ願文。せっかく頑張って書いたのに、頼朝から「子供の字か?」「読めん」と言われてしまいます。本当は(やましさ、忍びなさから)読みたくなかったのでしょう。
ひたむきな願いを知りながら「広常は謀叛人だ」と立ち去ったのは、少しでも後悔したのを義時に見せたくなかったゆえと願うばかりです。
「御家人なんざ使い捨ての駒だ……」
確かに広常は言いましたが、それは言葉のアヤってモンで、愛情を求める裏返しに他なりません。
本当に使い捨てるヤツがあるか!と思った視聴者は、きっと筆者だけではないはずです。
■頼朝に似てきているぜ…変貌しつつある義時
一方、広常を粛清するべく策謀に嵌めた大江広元(演:栗原英雄)。
頼朝の意を受けて献策したかと思ったら、頼朝の「そう言えば、わしであったわ」と笑うシーン。
何だか「お主も悪よのう」「いえいえ、お代官様ほどでは……」というお約束を彷彿とさせました。

文士でありながら、時に武士以上の過激さをもって頼朝を補佐した広元。大庭学僊筆
察するところ、頼朝と広元は坂東武士を束ねる上で「温情よりも恐怖で脅すのが効果的。それには最も強い広常を誅し、その遺領を分け与えるという実利で釣るのが最善」という結論に達したのでしょう。
そんな二人に反感を覚えつつ、義時は広常を助けに(例えば出奔を促しに)行かず、三浦義村(演:山本耕史)の元へ。
つまり(広常への肩入れを)止めて欲しかった、頼朝の決意を知った瞬間に見捨てるつもりでいた(そうしなければ、自分が殺されることを知っていた)のでしょう。
「気づいてねぇようだが、お前は少しずつ頼朝に似てきているぜ。これは誉め言葉だ」頼朝に似てきている。そう言われて愕然としていた義時でしたが、思い当たる節がないでもないようです。
亡き兄・北条宗時(演:片岡愛之助)と交わした「北条が武士のてっぺんをとるまで、我慢しよう」という約束を果たすためには、今ここで広常をかばって死ぬ訳にはいきません。
源氏を担ぎ上げ、自分たちがてっぺんをとる目的のためであれば、誰であろうと切り捨てていく。
広常の死が、義時にとって人生のターニングポイントとなったのは間違いないでしょう。
また事件の直後に生まれた金剛。後の北条泰時(演:坂口健太郎)ですが、その泣き声が「ブエイ、ブエイ」と聞こえたような……もしかしたら、広常の生まれ変わりなのかもしれませんね。
■御家人たちの心をつかんでいく政子の態度
頼朝が御家人たちの不満を力づくで抑え込み、視聴者のヘイトを溜めていく一方で、政子(演:小池栄子)は謀叛を起こした宿老たちの声を聴いていました。
政子「あなたたちがそこまで思い詰めていたとは存じませんでした。恥ずかしい限りです」自分も兄・宗時を亡くしたことで御家人たちの共感を得、話の分かる御台所として支持を集めていく政子。
三浦義澄「お面(て)をお上げ下さい」
岡崎義実「御台所は、ご存じかな。わしは息子を石橋山で亡くしとるんですわ。息子のためにも、わしは鎌倉殿のおそばにいたい。お役に立ちたい。けど、あのお方はちっともわしらの方を見てくれねぇ。それが悔しくてな」
政子「私も、あの戦で兄を失いました。命を懸けて戦った者たちのおかげで今の鎌倉があること、忘れはしません。これからは、鎌倉殿に言えぬことは私にお話し下さい。できることは、何でもやらせてもらいます」

多くの死を乗り越えて、尼将軍たる資質を備えていった政子。菊池容斎筆
この時点で当人にそのつもりがあるのかはともかく、頼朝の死後に尼将軍として活躍する下地を着々と築き上げていく様子が描かれていました。
大江広元の思惑によって御家人を恐怖で支配する頼朝が北風なら、政子の態度はまさしく太陽そのもの。
最終的に北条が天下を獲り、武士の世を切り拓いていくために、頼朝がその傀儡となっているようにさえ見えてきます。
後の話にはなりますが、承久の乱における政子の名演説は、こういう政子だったからこそ御家人たちも恩義を感じた……という布石なのでしょう。
■そもそも今回の謀叛について
今さら史実では云々などと野暮は言いますまい。
ただ、全体的に千葉介常胤(演:岡本信人)と岡崎義実(演:たかお鷹)を除いてみんなやる気が感じられないのはどういうことでしょうか。
前回、心ならずも渋々加勢した三浦義澄(演:佐藤B作)と三浦義村や、密偵として乗り込んだ梶原景時、その場しのぎで味方するふりをした比企能員(演:佐藤二朗)はともかく……。

腰痛で「鹿狩り」から離脱した土肥実平(イメージ)
腰が痛いと「鹿狩り(決起)」を抜ける土肥実平(演:阿南健治)。「初めからそんなに乗り気じゃなかったんだ」と言ってしまう和田義盛(演:横田栄司)。
「だったら最初から爺様がたを説得して、素直に鎌倉殿へ思いを告げればよかったじゃないか」
これではまるで最初から「許されること」を前提に演じた茶番劇のようです。それこそみんなで示し合わせて、広常を粛清するためだけに。
ひとたび抜けば、相手を斬る(少なくとも追い払う)までは納めないのが刀であるように、ひとたび兵を起こせば相手を滅ぼすか、自分が滅びるかが基本です。
義時「鎌倉殿は、兵を引けば全て許すと仰せられました」頼朝が「許す」と言ったから、それで「あーよかった」と安心してノコノコ御所へ出向くようでは、命がいくつあっても足りません。やはり示し合わせていたのでしょうか。
(謀議ですら極刑の可能性があるのに、実際に兵を挙げておきながら、許されるという発想が甘すぎるように感じます。まして相手はあの頼朝、このまま済ませるとは思えません)
常胤「無念じゃ……全てわしが考えたこと。わし一人の首で収める」そう言って自刃を図った場面さえも、広常を欺くための芝居だった……とは流石に思えませんが、そんな軽さが否めないのは、こうした思いによるものです。
劇中では「突っ走り気味の爺さん」と描かれているように感じる常胤、そして「ちょっとお歳を召されている爺さん(大丈夫か?)」と描かれているように感じる義実(あくまでも主観です)。
史実の彼らがどれほど活躍し、頼朝からどのように扱われていたのか。その辺りは是非とも改めて紹介したい、知って頂きたいと思います。
■「己の道を行けばいい」頼朝の背中を押す広常、別れの盃
広常「お前は自分勝手な男だ。だが、それがお前だ。頭の中には、おやじの敵をとることしかねぇ。だろ?それでいいんだよ。御家人なんざ、使い捨ての駒だ。この乱世に坂東に閉じこもるなんざ臆病者のすることだ。お前さんは、己の道を行けばいい。法皇様だって目じゃねぇや」……頼朝の曰く、これが別れの挨拶なんですと。まぁそれはともかく。個人的には
頼朝「……相分かった」
広常「御家人どもが騒ぎだしたら、俺がまた何とかするよ」
頼朝「上総介。そなたがいるから、今のわしがおる。これからも頼むぞ」
「乱世に坂東に閉じこもるなんざ臆病者のすることだ。お前さんは、己の道を行けばいい」このセリフを広常に言わせたことが、ジンと来ます。
「なんじょう朝家の事をのみ見苦しく思うぞ、ただ坂東にかくてあらんに、誰かは引働かさん」朝廷なんかどうでもいいじゃねぇか。俺と一緒に坂東で楽しく暮らそうぜ……史実ではそんな思いを持っていた広常が、
※『愚管抄』巻六より
「お前の自分勝手さも含めて、俺はお前が好きなんだ。いいよ。お前が突き進む『己の道』をどこまでもついてってやるよ。お前は俺の『武衛』だからよ」
と背中を押したのです。
その広常を粛清してしまった頼朝には、もう『武衛』はいません。いるのは義時をはじめとする「恐怖と己が野心のために従う」無数の御家人ばかり。

イメージ
さぁ、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」はこれからが面白くなって来ます。もっとたくさん人が殺され、多くの血が流れることでしょう。
一人また一人と裏切り裏切られ、死んでいく。古言に「鎌倉に血の味を知らぬ土はない」と伝えられたおどろおどろしさを、三谷幸喜はいかんなく描きあげてくれることを期待しています。
■終わりに
義高「万寿様は私がお守りいたします!……主に刃を向ける者を許すわけにはいかぬ!」
和田・畠山の軍勢を前に怯むことなく抜刀した冠者殿こと源義高(演:市川染五郎)。今週も凛々しくカッコよかったですね。
これは大姫(演:落井実結子)が惚れ直してしまうのも当然ですが、その末路の悲しみを倍増させる伏線となっています。
他にも祈祷の最中、危険を感じて難を逃れた阿野全成(演:新納慎也)や、斬りかかって来た兵を返り討ちにして「意外にできる(談・実衣)」と見直された源範頼(演:迫田孝也)など、見どころ充分な「神回」だったのではないでしょうか。

宇治川の激闘。歌川国政筆
次週放送の第16回、そのサブタイトルは「伝説の幕開け」。見ると北条時政(演:坂東彌十郎)が鎌倉に復帰し、中央では義経と義仲がついに激突。その勢いで平家討伐に乗り出すようです。
梶原景時が何か言っていたので、恐らくは義経と対立するシーン……という事は、屋島の戦い辺りまでは一気に演ってしまうのでしょうか。
鎌倉に憂いがなくなった頼朝武士団の大暴れ、これからも目が離せませんね!
※参考文献:
- 『NHK大河ドラマ・ガイド 鎌倉殿の13人 前編』NHK出版、2022年1月
- 『NHK2022年大河ドラマ 鎌倉殿の13人 完全読本』産経新聞出版、2022年1月
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