源義経との恋を引き裂かれた悲劇のヒロイン・静御前。
白拍子の姿がイメージされやすい彼女ですが、伝承によっては薙刀を手に奮闘することもあったとか。
勝川春亭「堀川夜合戦」。中央上段にひときわ大きく描かれている静御前(縁側に陣取り、薙刀を構える武者姿の女性)。
例えばこちら勝川春亭「堀川夜戦」。源頼朝(演:大泉洋)の命を受けた土佐坊昌俊(とさのぼう しょうしゅん)が義経の館を襲撃した際、静御前は義経の矢面で薙刀を奮っています。

勝川春亭「堀川夜合戦」より、義経と正室・郷御前(里)。
てっきり義経のそばで兜を捧げ持っている女性がそうなのかと思いましたが、彼女は義経の正室・郷御前(さとごぜん)。大河ドラマでは里(演:三浦透子)という名前でしたね。
こちらの歌川豊国「堀川夜討の図」でも、やはり武者姿で控えており、注釈がついてなければ巴御前(演:秋元才加)と勘違いしてしまいそうです。

歌川豊国「堀川夜討の図」より、静御前。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、静御前の戦う姿は見られるのでしょうか……さて、そんな静御前の得物(えもの。得意とする武器)であった薙刀は後世にまで伝わったとか。
今回は戦国時代末期から江戸時代初期に活躍した大名・前田利常(まえだ としつね)のエピソードを紹介、数百年の歳月を越えて、静御前の薙刀がどんな騒ぎを起こしたのでしょうか。
■どっちかじゃなきゃダメ?利常の答えがコチラ
今は昔し、前田家には静御前の所用と伝わる薙刀が一振りあったと言います。
「うーん。いつ見ても、実に素晴らしい業物……」
そんなある日のこと、徳川将軍家にも静御前のものと言われた薙刀があるとの噂が流れてきました。
「両家のいずれが本物であるか」
将軍家から前田家に対して沙汰(諮問)がありましたが、そんなもの「ハイ、ウチのが本物で、そっちは偽物です」なんて言えるはずがありません。
逆に将軍家のご機嫌取りで「ウチのは偽物で、そちらこそ本物でございます」なんて言ったら、そんな偽物を後生大事にとっておいた前田家の威信にかかわります。

前田利常。画像:Wikipedia
なので、利常はサラリと答えました。
「どっちも本物に決まっています。なぜなら静御前は常に義経のそばに仕えていたので、持っていた薙刀が一振りとは限らないからです。むしろ彼女ほどの達人なら、複数用意するくらいの心得はあるでしょう」
……(前略)……静は義経の妾なり、定めて其時は義経座右にありし長刀を持て働きたるなるべし。義経一振の長刀のみならんや、幾振もあるべきことなれば、是等に限るべからず……(後略)……静御前は義経の愛妾としてそばに仕えていたのですから、いざ有事には薙刀をとって義経を護衛しました。
※『名将言行録』より
それも義経の一振りだけでなく、彼女自身の愛刀や予備など何振りも用意していたはず。だから今回の二振りに限らず、こういう貴重なものが永く伝えられてきたのです。
■終わりに

勝川春亭「堀川夜合戦」より、薙刀をとって奮闘する静御前。
……真偽のほどはともかくとして、どっちも本物ということであれば、どちらも面子が保てて誠に結構なこと。
あえて白黒をつけずにすむなら、すませた方が世の中は平和に暮らせるというものです。
「これでいいのだ」
かくして徳川・前田両家の薙刀はいずれも静御前のものとして、それぞれ大切に後世へ受け継がれたのでした。
※参考文献:
- 逸話研究会 編『江戸逸話事典』新人物往来社、1989年2月
- 岡谷繁実『名将言行録』岩波書店、1943年12月
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