しかし18歳という若さで天下に号令するのは流石に心許なく、宿老たちが合議制によって頼家を補佐することになります。
頼家による新体制(イメージ)。歌川芳虎「鎌倉星月夜」
そのメンバーが13人なので「鎌倉殿の13人」。とっくに周知でしょうが、これでようやくタイトルを回収できました。
が、問題はそこからです。頼朝譲り?の英雄気質が勝る頼家は、自分が見くびられているようで気に入りません。
それで頼家はどうしたのか、鎌倉幕府の公式記録である『吾妻鏡』を見ていきましょう。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第27回放送「鎌倉殿と十三人」の予習になれば幸いです。
■頼家を補佐する13人の宿老たち。しかし面白くない頼家は……
宿老たちによる合議制が取り決められたのは、頼朝が亡くなってからおよそ3ヶ月が過ぎたころのこと。
諸訴論事。羽林直令决断給之條。可令停止之。頼朝時代は訴訟の多くが頼朝の元へ持ち込まれ、頼朝がその是非を裁いていました。於向後大少事。北條殿。同四郎主。并兵庫頭廣元朝臣。大夫属入道善信。掃部頭親能〔在京〕。三浦介義澄。八田右衛門尉知家。和田左衛門尉義盛。比企右衛門尉能員。藤九郎入道蓮西。足立左衛門尉遠元。梶原平三景時。民部大夫行政等加談合。可令計成敗。其外之輩無左右不可執申訴訟事之旨被定之云々。
※『吾妻鏡』建久10年(1199年)4月12日条
【意訳】もろもろの訴訟につき、源頼家が直々に裁決することをやめた。今後は北条時政・北条義時・大江広元・三善康信・中原親能(ただし在京)・三浦義澄・八田知家・和田義盛・比企能員・安達盛長・足立遠元・梶原景時・二階堂行政らの談合で決定する。彼ら以外の者が許可なく訴訟を頼家に取り次いではならない、とのこと。
もちろん現場で解決処理された案件も少なくないでしょうが、どうしても決着がつかない場合、最終手段として頼朝を頼ったのです。
現代の感覚で喩えるなら、最高裁判所的な存在だったのでしょう。御家人たちも「御所の仰せであれば仕方あるまい」と争いの矛を収めたのでした。
いざ自分がなってみて初めて解る「鎌倉殿」の重責。
しかし勢力が拡大するにつれて訴訟の量は増え、内容も煩雑になっていきます。とても鎌倉殿だけでは負担が大きすぎ、まして人生経験も浅い頼家の判決では御家人たちにも不満が残るかも知れません。
そこで御所に上がってきた訴訟は13人(必ずしも全員ではなく、実際には内数名)で合議し、よほど重大な案件に限って頼家の決裁をもらい、些末なことは内々で収めようとしたのです。
【13人の合議制メンバーおさらい】
※50音順
あくまで頼家を立てた形ではありますが、鎌倉殿としての権威が分散されたことには変わりません。
「おのれあやつら、お為ごかしに……!」
面白くない頼家は、宿老たちへの対抗策を繰り出すのでした。
■敢不可令敵對……頼家、親衛隊を結成!
「……何だこりゃ」
政所に掲示されたのは、こんなお触れ。
爲梶原平三景時。右京進仲業等奉行。書下政所云。小笠原弥太郎。「且彼五人之外(かつがつかのごにんのほか)」と言っていますが、名前が出ているのは四人のみ。頼家が言い間違えたのでしょうか。比企三郎。同弥四郎。中野五郎等從類者。於鎌倉中。縱雖致狼藉。甲乙人敢不可令敵對。若於有違犯聞之輩者。爲罪科。慥可尋注進交名之旨。可觸廻村里之由。且彼五人之外。非別仰者。諸人輙不可參昇御前之由云々。
※『吾妻鏡』建久10年(1199年)4月20日条
【意訳】梶原景時と中原仲業に命じて以下の通り触れを出させた。曰く「小笠原長経・比企宗員・比企時員・中野能成とその従者については、鎌倉内で狼藉に及んでもこれを咎めてはならない。違反した者は罪に問うため、交名を作って提出すべし。とにかく彼ら5人の外は許可なく将軍への目通りを禁じる」とのこと。
小笠原弥太郎長経(おがさわら やたろうながつね)・比企三郎宗員(ひき さぶろうむねかず)・比企弥四郎時員(やしろうときかず)・中野五郎能成(なかの ごろうよしなり)……後に和田朝盛(わだ とももり)・細野四郎(ほその しろう)が加えられて6人の親衛隊が結成されたのです。
頼家の許可をいいことに、実際の狼藉に及んだのかは不明(イメージ)
甲乙人敢不可令敵對(こうおつにんのあえててきたいせしむべからず)……甲乙人すなわち一般庶民(現代の感覚なら住民A、Bとでも言ったところ)は彼ら親衛隊に何をされても逆らってはならない……とんでもない話ですね。
また御家人(こと13人の宿老)たちに対しても「親衛隊以外の何人たりとも、許可なく面会を認めない」と釘を刺します。要するに「お前ら13人の合議制なんかよりも、我が親衛隊の方が格上なんだからな!」と言いたかったのでしょう。
「……やれやれ」
これが暴君として悪名高い2代目将軍・源頼家の悪行始めとなったのですが……その後も色々とやらかした挙げ句、非業の末路を辿るのはよく知られる通りです。
宿老たちへの不満から、すかさず親衛隊を結成した即決断行には才気の片鱗を感じるものの、やはり稚拙と言わざるを得ません。
■終わりに
かくして頼朝ゆずりの英雄気質を受け継いだ頼家ですが、すでに時代は英雄よりも能吏を求めており、鎌倉殿も御家人団結の大義名分(≒お飾り)と化しつつありました。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、決められた型枠にはまりたくない若き英雄・頼家の苦悩と葛藤が描かれることでしょう。
我が子の暴走に苦悩する政子(イメージ)
果たして義時と政子は頼家の暴走を止めることができるのか、それとも……三谷幸喜のアレンジに注目ですね!
※参考文献:
- 石井進『日本の歴史7 鎌倉幕府』中公文庫。2004年11月
- 細川重男『頼朝の武士団 鎌倉殿・御家人たちと本拠地「鎌倉」』朝日新書、2021年11月
- 『NHK大河ドラマ・ガイド 鎌倉殿の13人 後編』NHK出版、2022年6月
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