「別にいいぞ」と 言われヘタレる……拙
援軍をよこさねば手を切る!盟主・織田信長(演:岡田准一)にハッタリをかけてみた徳川家康(演:松本潤)。
果たして信長自ら大軍を率いて来てくれたのですが、思いのままになったどころか逆に臣従を迫られてしまいます。
窮地に陥った夫の失言をうまくフォローし、どうにかその場を取り繕った良妻賢母の瀬名(演:有村架純。築山殿)。そろそろ家康を引きずり下ろして、彼女を城主に推す声が出て来そう(もちろん冗談)です。
けっきょく長篠城を救ってもらう代わりに長女の亀姫(演:當真あみ)を差し出し、信長の軍門に降る(軍議の上座を譲る)形になってしまいました。
サブタイトルは「長篠を救え!」から「長篠を救っていただけ!」に変えた方がいいのでしょうか。
ともあれ長篠城に援軍が来ると伝えるために、自作テーマソングを唄いながら走って泳ぐ鳥居強右衛門(演:岡崎体育)。途中で捕らわれ、武田勝頼(演:眞栄田郷敦)に処刑されてしまいました。
命を捨てて仲間たちの勇気を奮い起こし、長篠城の窮地を救った強右衛門のエピソードは、今も人々の胸を打ちます。
それでは今週も、第21回放送「長篠を救え!」を振り返っていきましょう。
■鳥居強右衛門のこと
長篠城を脱出、家康の元へ向かう強右衛門。月岡芳年「皇国二十四功 鳥居強右衛門勝高」
とうの昔に判っていました……この強右衛門が「阿月(演:伊東蒼)の二番煎じじゃん」と思われてしまうであろうことを。
それとも制作当局は、どうせ視聴者はそんな前のことを覚えていないと思ったのでしょうか。
武田軍の完全包囲を突破して家康に援軍を求め、帰る途中で武田軍に捕らわれ、処刑される大筋は大河ドラマの通りです。
伝承のまま真剣に演じるだけで十二分に感動できるエピソードなのに、創作キャラの阿月をねじ込んだことで魅力が損なわれてしまいました。
また、劇中のろくでなし設定は完全に蛇足ではないでしょうか。もちろん自作?テーマソングも。
そもそも伝令の任務はろくでなしには務まりません。古今東西、情報処理の精度こそ組織の生命線でした。
いい加減なヤツに伝令を任せて、もし買収されたり、殺されたりしたらそこで希望は絶たれてしまいます。
よもや「伝令なんて、お使いみたいなものでしょ?」程度の認識じゃいますまいね?
もしそうだとしたら、戦国時代に限らず、軍事を取り扱う作品においては致命的な不覚悟と言えるでしょう。
ところで、長篠城から岡崎城まで往復で130キロ(諸説あり)もあろう道のりを、あの体型でよく走破できましたね。
筆者の見間違いでなければ、城兵が人の手首らしきものを奪い合って貪るほどの飢餓に苦しんでいました。
(恐らく餓死者の肉と思われます。誤認でしたらすみません)
そんな中で、丸々と肥えた強右衛門の体型は緊張感に欠けるように思われます。
なお強右衛門の最期については、劇中にあった磔説と斬られた説があるそうです。
また、磔説についても長篠城兵が見ている前で殺された説と、城の近くで叫んだために別の場所で磔にされた説があると言います。
確かに、最初から磔にされているのを見たら「これは言わされているな」というのが丸わかりで、城兵の士気を削げません。
武田の包囲を突破して声の届くところまで接近し、援軍の報せを届けて斬られる(あるいは別の場所へ連行・磔にされる)最期が自然ではないでしょうか。
■亀姫のこと

武田の包囲を脱出するため、知恵をめぐらせ敵を欺く強右衛門。月岡芳年「美談武者八景 長篠の夜雨 鳥居強右衛門」
劇中では「毛むくじゃらの男たちが棲んでいる」と聞かされ、長篠への輿入れを嫌がった亀姫。義妹にデマを吹き込んで楽しむ五徳(演:久保史緒里)、相変わらず嫌なヤツですね。
松平信康(演:細田佳央太)の後押しもあり、信長に婚約解消を切り出した家康でしたが、亀姫の輿入れは長篠ひいては奥三河をつなぎとめる窮余の策でした。
言うまでもなく、単なる好き嫌いで簡単にひっくり返してよい話ではありません。
確かに国主の姫を一国人に嫁がせるのは破格の厚遇。信康が言う通り、もったいない気持ちも解ります。
しかし、それは平時の話し。
果たして長篠の合戦(設楽原の戦い)に勝利した後、晴れて?信昌の元へ嫁いだ亀姫。母親譲りの嫉妬深さで、夫には側室を一切持たせなかったそうです。
その代わりではないでしょうが、亀姫は四男一女を産んでいます。
奥平家昌(いえまさ)・松平家治(いえはる)・奥平忠政(ただまさ)・松平忠明(ただあき)・大久保忠常(おおくぼ ただつね。大久保忠世の孫)室……「これで文句はなかろう」と言わんばかり。
※松平姓の者は、別家を興しまたは家康の猶子となっています。
やがて信昌が武功によって美濃国加納10万石の大名に出世を果たすと加納御前(かのうごぜん)と呼ばれた亀姫。後に夫や息子が先立ってしまうと、まだ幼い孫の後見人となって加納藩の政治を切り盛りしました。
家康の娘として絶大な権力を奮った彼女は、まさしく女大名の一人と言えるでしょう。
■奥平信昌と前妻「於ふう」のこと

武田の包囲網をかいくぐり、ひた進む強右衛門。
亀姫との婚約が取り決められていた奥平信昌。劇中では言及がなかったものの、実は彼には前妻がいました。
その名を「於ふう(おふう)」と言い、同族である奥平貞友(さだとも)の娘です。
武田の元へ人質にとられていたのですが、奥平信昌と父・奥平貞能(さだよし)が徳川へ寝返ると、勝頼は見せしめに彼女を処刑します。
信昌はまだ16歳であった於ふうを離縁し、連帯責任が及ばぬように取り計らいましたが、勝頼は許しません。山県昌景(演:橋本さとし)に命じて殺させたのでした。
時に天正元年(1573年)9月21日。この時、信昌の弟である奥平仙千代(せんちよ。13歳)も一緒に処刑されています。
……という経緯があることを、信昌に言わせて欲しかったですね。
「妻を奪われ、弟を殺された!絶対に武田を許さない!」くらいの熱量があれば、徹底抗戦の動機もより納得がいきます。
しかし、それを明かしてしまうと「徳川のお姫様が嫁いでくるぞ!わーい」と素直に喜びにくくなってしまうでしょう。
さらに話もややこしくなるでしょうから、前妻の存在は伏せて、亀姫が嫁いでくる喜びだけに焦点を当てたようです。
それはやむなしとしても、どうか於ふうのことも知っていただけたらと思います。
ちなみに奥平「信」昌の信は、武田の大軍から長篠城を守り抜いた武功により、織田信長からさずかったとする説が有名です。
筆者も『徳川実紀』などからそう知っていたのですが、どうやらこの信は武田晴信(信玄。演:阿部寛)からさずかったとする説もあるとか。
長篠の合戦より前に信昌名義で発行した書状が発見されたとのことで、そうなると通説が変わってくる可能性があります。
ちなみに、元の名前は奥平貞昌(さだまさ。定昌)でした。武功によって名前を改める名場面も見たかったですね。
■徳川と織田の同盟破棄は有り得たのか?

長篠城内の仲間に援軍を知らせ、鼓舞する強右衛門。劇中の「一度は金に目が眩んで裏切りそうになった」なんて史料は寡聞にして存じ上げない。
援軍をよこさねば手を切って武田と組む。そう信長を脅した家康。果たしてこの描写には元ネタがあったのでしょうか。
筆者は寡聞にして存じませんでしたが、時代考証の平山優先生がTwitterでこんなことを呟いていました。
K・HIRAYAMAこの「近世のもの」とされる史料についてはまだ見つけられていません。見つけられたら、また改めて紹介したいと思います。
@HIRAYAMAYUUKAIN
援軍に来なければ、織田と手を切り武田と合力すると家康が言ったという史料は、近世のものだが存在する。金子拓氏はありうると考えておられる。私は懐疑的ですが。 #時代考証の呟き
午後8:14 · 2023年6月4日·5.4万件の表示
本作ではその説を採用したのだとしても、姉川の合戦で「浅井につきたい……」発言以来、残念でなりません。
家康の律儀さは、単に本人の評価を高めるだけでなく、信長にとっても大きな支えとなったはずなのです。
何かにつけて人を信じては裏切られを繰り返す信長。結局それが命取りとなるほどお人好しだった彼は、その次度傷つき続けたことでしょう。
「別の人ならともかく、同じ人に何度も裏切られるなんで、学習能力なさすぎ」そんな声が聞こえてくるかも知れません。
普通(例えば筆者)なら、悪質な裏切り者など二度と信用しません。皆さんもそうだと思います。
しかし信長は信じたかったのでしょう。自分の思いが通じる、裏切らない律儀者が必ずいると。それが家康でした。
実際のところは家康本人しか分かりませんが、どこまでも誠実一途であり続けた家康の姿こそ、多くの人々を感動させてきたのです。
「そんなキレイゴトで世の中渡れないよ。現実は汚く厳しいんだよ」訳知り顔で賢しらに時世を語る者が、少なからずいるのは知っています。
しかし、そんな志の低い生き方に迎合するドラマを観て、人々は生きる勇気が湧くのでしょうか。
ドロドロの汚い現実に傷つき、ボロボロになりながら、それでも信義を貫き通した家康。そういう姿にこそ、よりよい生き方を目指そうと奮い立つのです。
公共放送のブランドと、国民からの受信料を背負って放送する以上、天下公益に供するドラマ作りをお願いしたく思います。
■第22回放送「設楽原の戦い」

一目見た者の心に焼きついて離れない、鳥居強右衛門の忠烈な最期。『落合左平次道久背旗 鳥居強右衛門勝高逆磔之図』
さて、援軍が来るとなったらもう勝ちは見えたようなもの。というより、歴史のオチはあまりにも有名ですね。
次週の第22回放送「設楽原の戦い」では、予告編を見ると例の「三段撃ち」で武田の騎馬軍団を撃退するのでしょう。
何なら機関銃でも出てくるんじゃないかとばかりの連射が期待?されます。
そして亀姫が信昌の元へ嫁いでハッピーエンド、そのままフェイドアウトしていくのでしょう。
一方、望月千代(演:古川琴音)と怪しい密談を交わしていた瀬名。「戦のない世の中」へ向けて、何やら思いつきそうです(ツッコミどころは割愛)。
あの三方ヶ原にも匹敵する大迫力の設楽原合戦(長篠合戦)、来週も目が離せませんね!
※参考文献:
- 黒田基樹『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』平凡社新書、2022年10月
- 古沢良太『NHK大河ドラマ・ガイド どうする家康 後編』NHK出版、2023年5月
- 柴裕之『戦国史研究叢書 戦国・織豊期大名徳川氏の領国支配』岩田書院、2014年12月
- 高柳光寿ら編『新訂 寛政重脩諸家譜 第九』平文社、1965年3月
- 『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション
- 『日本戦史材料 第貮巻 三河物語 全』国立国会図書館デジタルコレクション
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