政の現場にあって民の声を聴き、主君を支え続けたいから、と関白の座を望まない藤原道長(柄本佑)。前評判とは打って変わって、朝廷の内外で声望を得つつありました。


一方で関白の座を逃し、憤懣やるかたない藤原伊周(三浦翔平)は妾の藤原光子(竹内夢)を訪ねたところ、彼女の館には立派な牛車が停まっており……。

NHK大河ドラマ「光る君へ」、今週も面白かったですね。第19回放送「放たれた矢」では、藤原隆家(竜星涼)の放った矢が、花山院(本郷奏多)を脅かす大騒動に発展します。



出家しても女性問題…花山天皇(法皇)、藤原忯子の妹に恋をし通っていたことがバレて襲撃される「長徳の変」
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伊周・隆家兄弟の没落確定…誤解から放たれた矢が花山院に!大河ドラマ「光る君へ」5月12日放送振り返り


大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより

また藤原為時(岸谷五朗)が十年ぶりの除目にあずかり、長い冬が終わりを告げようとしていました。

それもこれも、すべてはまひろ(紫式部。吉高由里子)のおかげ?……というドラマ的なご都合主義には目をつぶり、今週も気になるトピックを振り返っていきましょう!

■第19回放送「放たれた矢」略年表

伊周・隆家兄弟の没落確定…誤解から放たれた矢が花山院に!大河ドラマ「光る君へ」5月12日放送振り返り


「やってしまった……」放たれた矢は戻らない(イメージ)

長徳元年(995年)
  • 7月24日 道長と伊周が激しく口論
  • 7月27日 道長と伊周・隆家兄弟の従者同士が京都七条大路で合戦
  • 8月2日 道長の随身・秦久忠が隆家の家臣に殺害される
  • 9月 朱仁聡ら宋人70余名が若狭国へ来航
長徳2年(996年)
  • 1月16日 藤原隆家が花山院を襲撃。放たれた矢が法衣の袖を射抜く(長徳の変)
  • 1月25日 藤原為時が淡路守に任じられる
  • 1月28日 藤原為時の抗議により、淡路守から越前守に転任する
その他(時期不明)
  • 伊周が光子の浮気を疑う
  • 藤原為時が従五位下に叙せられる(今回以前にあった可能性も)
※道長と隆家らが繰り広げた七条大路の合戦について

平安時代にも流血抗争があった!藤原道長と藤原隆家が繰り広げた「七条大路の合戦」とは?【光る君へ】
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劇中ではしれっと飛ばされていましたが、実は藤原氏長者の座をめぐって抗争があり、合戦にまで発展しています。

合戦は道長方の勝利または優勢に終わったものの、数日後にお礼参りで道長は随身(ずいじん。側近)を殺されてしまいました。

ちなみに当時、京都の治安を守る検非違使別当(けびいしべっとう。長官)は隆家だったそうです。

現代で言えば警察のトップが、私怨で総理大臣に戦争を仕掛けるような感覚でしょうか。
こんな人物に治安を任せていたのでは、治まるものも治まらなさそうですね。

平安時代とは言え、まったく合戦がなかった訳ではありませんでした。



■藤原朝経は本当に酒乱だったのか?

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一時期出世が遅れたのは酒乱のせい?(イメージ)

藤原行成(渡辺大知)の諜報活動?によって判明した、藤原朝経(あさつね)が酒乱だという事実……劇中ではそう描かれていましたが、本当に朝経は酒乱だったのでしょうか。

藤原朝経は長徳元年(995年)3月10日に疫病で没した藤原朝光(あさみつ)の子で、道長から見て従甥(いとこおい)に当たる人物です。

調べてみたところ酒乱だったという記録はなさそうですが、父の死後間もなく伊予権介(いよごんのすけ。国司次官)となって以降、しばらく昇進していません。

これは単に道長派に属していなかったためと思われますが、劇中では出世がとどこおった理由を酒乱のためという設定にしたのでしょう。

(もし朝経が酒乱だったとか、酒で失敗したといった記録をご存じの方は、どうかご教示ください)

なお朝経はその後ジワジワと昇進し、最終的には正三位・権中納言となっています。



■若狭に漂着した70名の宋人

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若狭へやってきた宋人たち(イメージ)

長徳元年(995年)、現代の福井県西部にあたる若狭国へ、宋から70余人がやってきたそうです。

その中に商人の朱仁聡(浩歌)や見習い医師の周明(架空の人物。松下洸平)がおり、後にまひろたちと交流することになると言います。

恐らくは亡き直秀(毎熊克哉)たちのように、彼らとの交流がまひろに影響を与えることになるのでしょう。


はじめ若狭国には彼らを迎え入れる施設がないため、東隣の越前国へ移してはどうかという道長の進言を聞いたまひろは、父・為時に越前守(国司長官)を願い出るよう勧めていました。

これに対して為時は「自分には淡路守さえ過ぎた望みだ」と断ります。

しかし実際にはいざ淡路守の辞令が届くと、血の涙を流して(という文言の書状を送って)抗議したことにはふれないでおきましょう。

※朱仁聡について

紫式部の父・藤原為時とも交流を?平安時代に大陸から渡来した商人・朱仁聡とは【光る君へ】
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※為時の再任官について

10年ぶりの再就職!しかし…なぜ紫式部の父・藤原為時は任官に抗議したのか?【光る君へ】
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■まひろが夢見た?科挙の現実

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科挙の様子(画像:Wikipedia)

「宋の国では、才能さえあれば身分の壁を越えて政に参加できる」

中国大陸の歴代王朝で行われている官吏登用試験・科挙(かきょ)に憧れをもち、畏れ多くも初対面の一条天皇と藤原定子(高畑充希)に対して「夢」を語り出すまひろ。

努力しだいで誰でも活躍できる可能性がある……女性だからという理由で才知を発揮できずにいた彼女にしてみれば、夢のような世界に映ったのかも知れません。

しかし科挙の現実はそんな理想とは異なり、苛烈を極める受験競争(倍率は3,000倍近くに上ることも)のあまり精神障害や過労死、自殺にまで追い込まれる者も少なくありませんでした。

科挙制度は隋の文帝(在位:開皇元・581年~仁寿4・604年)によって導入され、その後も隋・唐・宋・金・元・明・清と歴代王朝に継承されていきます。

また朝鮮やベトナムにも類似の制度が普及し、実に6世紀末から20世紀初頭にかけて行われてきましたが、基本的に受験資格は男性にしかなかったそうです。

女性に受験資格が与えられたのは19世紀、洪秀全(こう しゅうぜん)が起こした太平天国におけるただ一度きり。

その時の試験テーマが「惟女子与小人為難養也(女性とバカは始末に負えない)」という『論語』の一節について論じさせるものだったとか。

まったく皮肉としか言いようがありませんが、もしまひろが受験していたら、どんな痛烈な論文を書き上げたでしょうね。



■伊周の妾・藤原光子(三の君/寝殿の上)について

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藤原光子(イメージ)

藤原為光の娘だから光子(竹内夢)。
あるいは三の君だから三つ→光子にしたのかも知れません。

この名前は本作における創作であり、同時代に藤原光子(こうし/みつこ)という女性は別にいました。

【光る君へ】藤原伊周の妾(三の君)とは別人、同時代を生きた藤原光子とはどんな女性だった?
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本作の光子は三の君、または寝殿の上(しんでんのうえ)と呼ばれています。

劇中でも演じられていた通り、花山院のお目当ては光子ではなく、その妹である四の君こと藤原儼子(げんし/たけこ)でした。

それを光子が寝盗られたと勘違いして伊周が落胆、隆家が花山院を襲ったのは劇中の通りです。

ただし疑いを持った同日ではなさそうですが……襲撃するにしても、普通は事情や相手を確認してから決行しないのでしょうか。

さすがは「さがな者(荒くれ者)」の異名をとる隆家。いかにも考えなし感が見事演じられていましたね。

かくして勃発した長徳の変ですが、それから三の君光子がどうなったかは記録がありません。

没落していく伊周について行ったとも思えないので、そのままフェイドアウトしていくのでしょう。

次回くらいは登場するかも知れませんね。



■【情報求む】恒方(尾倉ケント)とは何者?

伊周・隆家兄弟の没落確定…誤解から放たれた矢が花山院に!大河ドラマ「光る君へ」5月12日放送振り返り


為時に昇叙を伝えに来た文官か?(イメージ)

今回における最大の謎……と、筆者が勝手に位置づけている恒方(つねかた)。
彼は一体何者なのでしょうか?

画面をじっくり見ていると、冒頭で一条天皇の元へ参上する道長に随行していた赤い束帯の彼かも知れません。それ以外に名のありそうなモブ人物はいませんでしたし。

あえて名前を出すからにはモデルとなる人物がいるのかと思い、ひとまず『尊卑分脈』を調べてみました。

しかし恒方という名の人物は一人もいません。劇中で説明があった通り、赤い束帯は五位以上の殿上人ですから、相応の身分があるはずです。

漢字が違うのか、それとも名前を少しいじったのか……もう少し調べてみようと思います。

もし恒方についてご存知の方がいらしたら、ぜひご教示ください。

【追記:R6.5.13】一晩明けてTwitterを見たら、どうやら為時に従五位下への叙位を告げた文官のようです。

今後も登場するようですが、それでもまだ何者かは分かりません。もう少し調べてみましょう。

■第20回放送「望みの先に」

一度放たれてしまった矢は、もう戻すことはできません。

既に凋落の兆しを見せていた伊周・隆家兄弟の没落が決定的となる瞬間でした。


次週の第20回放送は「望みの先に」。誰が何を望むのかは分かりませんが、長徳の変における後始末が描かれるものと予想します。

次回予告では定子が短刀を振り回し、まひろと清少納言がベタな変装をしていましたが……一体何事でしょうか。次週も楽しみですね!

トップ画像:大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより

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