当代一の絵師に育て上げたかったのに……しかし悔やんでも始まりません。分からないなら明るく楽しい未来を想像しよう……それがわっちらの流儀と花の井(小芝風花)に励まされます。
この主人公とヒロインの距離感がいいですね。こういうのを、ソウルメイトと言うんじゃあないでしょうか。
気を取り直して蔦重は、鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)のお抱え改として、本屋の暖簾分けを目指すことになります。
一方で秩父の鉱山経営に行き詰まった平賀源内(安田顕)は窮余の策で炭の生産に活路を拓いたのでした。
そんな具合であっという間に過ぎ去った「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第5回放送は「蔦に唐丸(からまる)因果の蔓(つる)」今週も振り返っていきましょう!
■お江戸の同業者組合・株仲間とは
「商いをなさるなら、まずは株仲間にお入りいただかないと……」
商売を営む権利を株といい、同業者が連携して新規参入の障壁を設けた株仲間。享保の改革以後、田沼意次(渡辺謙)らが奨励して、商業を発展させたことで知られています。
新規参入を阻むだけでなく、粗悪な商品やサービスを防いで品質を維持する目的もありました。
幕府が公認した株仲間を御免株、自主的に結成した株仲間は願株と呼ばれます。
運上金(通常の課税)に加えて冥加金(自主的な追加納税。もちろん見返りあり)も入り、幕府の貴重な収入源となったことでしょう。
この株という概念は現代にも受け継がれ、例えば相撲部屋の親方株や企業の株式などにその名残が見られます。
■暖簾分けって?

暖簾(イメージ)
鱗形屋孫兵衛に奉公して、暖簾分け(のれんわけ)で本屋の株を得ようとする蔦重。
暖簾分けとは奉公先から独立することを言い、奉公先のノウハウやコネクションを活かせるメリットがありました。
劇中「気の長い話」と言っていましたが、奉公に出てから暖簾分けされるまで通常10年、長ければ20年の歳月を要する事例もあったようです。
※熟練を要する業界では、奉公先のブランドを継承するレベルの技術を習得するために、そのくらいはかかったのでしょう。
ちなみに令和の現代でも一部業界(例えばラーメン屋など)では暖簾分けが行われており、こちらは早いと3~5年で独立できると言います。
果たして蔦重は、本屋として暖簾分けしてもらえるのでしょうか。
■書物問屋と地本問屋の違いは?

かの『解体新書』も須原屋から出版された(画像:Wikipedia)
蔦重が本屋の株を買いたいと言ったら、書物問屋ならともかく、地本問屋にそんなものはないと笑われてしまいました。
この書物問屋と地本問屋の違いは何でしょうか。
ごくざっくり言えば、書物とは漢籍や学術書、仏教書など「お堅い」書籍を指します。一方で地本とは大衆向けの娯楽がメインでした。
また地本という名前は「地元で作った本」という意味です。
下り本は運送コストなどが上乗せされますが、地産地消の地本は安く手に入るので人気でした。
書物問屋は書林(しょりん)や書肆(しょし)などとも呼ばれ、現代でも本屋一般や書店名に名残が見られます。
■自由に生きる源内先生

平賀源内(画像:Wikipedia)
劇中で「自由」と言っていた平賀源内。
「自由」という言葉は、明治時代に入ってきたFreedom(フリーダム)やLiberty(リバディ)の訳語として作られたものだから、江戸時代以前にはなかったと考えられがちです。
しかし古典をひもとくと、意外とあちこちに「自由」という言葉が散見されました。
……よろづ自由にして、大方人に従ふといふことなし……
※『徒然草』より
……常住死身になりて居る時は、武道に自由を得……
※『葉隠』より
……自由ざんめへ(三昧)に引替、買立るし……自由とは文字通り、自らに由(よ)ること。勝手気ままの意味に加えて、自立や自律の要素も含まれます。
※『浮世風呂』より
また面白い用例としては、お手洗いを自由とも言いました。
……自由に立つふりして勝手に入り……用足しくらいは好き勝手にさせて欲しい、という思いなのか、あるいは他の誰にも代わってもらえないから自由と呼んだのでしょうか。
※『傾城色三味線』より
本作では何かと品のない源内先生だから、こういう意味も込めて自由と言ったような気がしないでもありません。
現代でも「ちょっと自由に行かせてもらいますね」なんて断りを入れたら面白いですね。
■自由に生きざるを得ない源内先生

中丸清十郎筆・平賀源内肖像(画像:Wikipedia)
とまぁよろず自由に生きている源内先生ですが、一方で気の落ち着く暇がありません。
元々は讃岐高松藩に仕えていたのですが、脱藩したから「奉公構(ほうこうがまい)」となってしまったからです。
奉公構とは、他藩へ「コイツを奉公(仕官)させないで下さい」と通知すること。これによって源内先生はどこにも(少なくとも大名家や武家には)仕官できなくなってしまいました。
自由に生きるということは、自由に生きられなくなれば誰からも保護されないということです。
野垂れ死にが嫌ならば、何をやっても稼がねばなりません。
本草学者に発明家、山師・戯作者・蘭学者……常に世のニーズを探り、必死にもがきながら生き延びていたのでした。
それが自由の代償であり、最期は非業の死を遂げてしまう源内先生。悲しくも全力で生き抜いた姿は、今も人々の胸を打ちます。
■次郎兵衛は何を吹いていた?

喜多川歌麿「婦女人相十品(ポッピンを吹く女)」
劇中で次郎兵衛(中村蒼)が何やら吹いて遊んでいました。
字幕ではポッピンと明記されていましたが、字幕も副音声もなしで観ていた方にはよく分からなかったかも知れません。
これはポッピンまたはビードロと言いまして、ガラスで作った玩具です。
喜多川歌麿の美人画「ポッピンを吹く女」を、何かの教科書で見たご記憶があるかも知れませんね。
このポッピンとはガラス瓶の底を薄く作ったもので、吹いたり吸ったりすると音が鳴る仕組みです。
ポッピンとは鳴る音に由来する名前で、別名をポッペン・ポペン・ポピン・ポンピン・ピンポン・チャンポンなど様々でした。
またビードロとは材質のガラス(ポルトガル語でビードロ)に由来します。
南蛮渡来かと思ったら江戸時代後期に大陸から渡ってきたそうで、正月の縁起物とされたこともあるとか。
軽やかな音が縁起よさげだったのか、あるいは旧正月(春節)などのおめでたいタイミングで伝わったゆえかも知れませんね。
ただお察しの通り、材質がガラスなので調子に乗って吹いているとすぐに割れてしまいます。
すぐに壊れて怪我をしやすい(破片で手指を切ったり、小さい破片を吸い込んだりなど)ため、次第に縁起物としては扱われなくなりました。
■謎の絵師?唐丸は東洲斎写楽になるのか

東洲斎写楽「嵐龍蔵 石部金吉」
過去の因縁を断ち切る如く、怪しい浪人と共に川へ身を投げた唐丸。浪人は土左衛門(水死体)として発見されましたが、よもや唐丸まで退場ではないでしょう。
いったい唐丸は過去に何をしたんでしょうね。
(※劇中のセリフから察する限り、あちこちへ転がり込んで金品を盗んだものと思われます。
この時点で10歳くらいということは、葛飾北斎(蔦重より10歳年下)になる線は消えたと見られます。
すると謎の絵師と言えば東洲斎写楽?いやいや、それじゃいくら何でも安直過ぎやしないだろうか……ネット上ではそんな声が上がっていました。
ちなみに当時は窃盗が死刑となることもあり、その基準は10両が基本です。
当時「どうして九両(くりょう=くれよう)三分二朱(さんぶにしゅ)」というダジャレがありました。
あと一朱で死罪の10両になる(※分は4進法、朱は3進法)から、奉行所へどう申告しようか(重大な決断で)迷う時に口走ったそうです。
果たして唐丸はどのタイミングで再登場するのか……伏線の回収時期を予想するのも一興でしょう。
■次週の第6回放送「鱗(うろこ)剥がれた『節用集』」
初回放送日:2025年2月9日さて、前回一杯食わされた鱗形屋孫兵衛に膝を屈する?形となった蔦重。
蔦重(横浜流星)は、鱗形屋(片岡愛之助)と新たな青本を作る計画を始める。そんな中、須原屋(里見浩太朗)から『節用集』の偽板の話を聞き、蔦重にある疑念が生じる…。
※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより
しかし天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったもの、孫兵衛は次回重版事件でお咎めを受けることになります。
重版とは、簡単に言うと海賊版のこと。孫兵衛はその販売に加担してしまうのでした。
それでサブタイトルが「鱗(うろこ)剥がれた『節用集』」という具合。果たしてどんな展開を迎えるのか、次週も楽しみですね!
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