あれは、「爪紅(つまべに)」といって、江戸時代の化粧の一つで、爪に赤い色をさすものでした。マニキュアは現代のものだけと思っていた方もいたのではないでしょうか。
赤は「魔除け」の意味合いがありますので、口、目、爪とすべてに赤をさし、体を守るまじないにしたというわけです。
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とはいえ素材は簡単に手に入るものではなく、位の高い人々しか施すことのできないものでした。
紅を塗った花魁

月岡芳年「風俗三十二相 しなやかさう 天保年間傾城之風俗」( 綱島亀吉, 明治21)
成分は何かといいますと、飛鳥・奈良時代は「紅殻」(べにがら)と呼ばれる酸化鉄(赤サビのもと)で、平安時代はホウセンカとホオズキの葉を揉み合わせたもので色を抽出し、爪にすりこみました。これを「爪紅」(つまくれない)といいます。
江戸時代になると、中国から紅花を使った染色技術が渡来。それを爪にも塗ったので「爪紅」(つまべに)と呼ばれるようになりました。
爪紅を施す女性を描く「絵本江戸紫」

絵本江戸紫(禿帚子作、明和2年 1765)
違いは紅殻やホウセンカは「染める」。紅花は「塗る」。爪そのものに色素沈着を施すものと、爪の上に顔料の層がのるイメージの違いです。しかし両方とも現代のネイルアートから比べれば、うっすらとしたものだったでしょう。
目元に、口に、頬に、爪にと、長い間日本では化粧といえばほぼ赤しかありませんでした。

現代の口紅と赤いマニキュア(イメージ)
目の端に紅を塗ることは「目弾き(めはじき)」と呼び、歌舞伎役者の舞台化粧でしたが、それを町人女性が真似るようになったそうです。遊女もきりっと真っ赤なアイラインをひいていますね。しかしあれだけ濃く塗ることができるのは、お金をかけている証。
紅花に含まれる色素は0.1~0.3%と僅かで、「紅一匁金一匁(べにいちもんめ きんいちもんめ)」と呼ばれるほど大変高価でした。庶民は薄く伸ばしたり、いろいろと工夫して長持ちさせていたようです。
毎週、どのような江戸の流行りが繰り広げられるか、ドラマから目が離せませんね。
目元と唇に紅をさした女性

「時代かがみ/明和之頃」(楊洲周延)
参考:国立国会図書館、上羽絵惣
トップ画像:「模擬六佳撰 小野小町」一陽斎豊国・江戸時代末期
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