大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより ©NHK
いっぽう重版事件の詮議から釈放された鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)は、黄表紙『金々先生栄花夢』によって華麗なカムバックを果たします。
やっぱり本屋は鱗形屋、吉原の引札屋なんかじゃない……鶴屋喜右衛門(風間俊介)は約束を反故にしてまで、蔦重の本屋仲間入りを拒絶したのです。
市中から追い払われた卑しい吉原者……あまりの侮辱に耐えかねた駿河屋市右衛門(高橋克実)が鶴屋を階段から投げ転がし、啖呵を切った第8回放送「逆襲の『金々先生』」でした。
それではNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」今週も気になるトピックを振り返ってまいりましょう!
■吉原の「引札屋」って何?

引札の一種。歌川芳艶筆(画像:Wikipedia)
劇中で鶴屋が蔦重を「あんなのは本屋じゃない。吉原の引札屋(ひきふだや)だ」と蔑んでいました。
引札とは現代でいうチラシ・ビラのこと。人目を引いて客を引くから引札と呼んだそうです(諸説あり)。
つまり蔦重の印刷物は、人目を引くばかりで中身がない低俗な引札に過ぎない……そんな「本屋」のマウント意識が見え透いていました。
まぁ書物問屋にしてみれば「地本問屋風情が何を気取ってやがる」と言ったところでしょうが……。
しかし低俗だろうが何だろうが、売れるものを作らなければ商売になりません。
地本問屋の皆様がどれほどご高尚かは存じませんが、書籍は売れてナンボです。要するに負け惜しみなのでした。
■遊女を身請けする相場は?

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ひとたび吉原遊廓へ売られた遊女が大門を出る道は大きく三つ。
一つは死ぬこと。もう一つは年季奉公が明けること。そして最後は身請けでした。
劇中でも解説されたとおり、身請けとは遊女の借金を肩代わりし、将来的な見込み収益を先払いすること。
身請けされた遊女は妻なり妾(公認の愛人枠)に収まることが一般的で、教養の高い遊女は商家の切り盛りを任されるようなこともありました。
そんな身請けの相場はピンキリですが、キリでも決して安いものではありません。
下級ランクの遊女だと身請けの相場は40両ほど。現代の金銭価値で約200~400万円(約5~10万円/両)といったところでしょうか。
説によってはこの2~3倍とも言われるため、遊女の身請けは新車か安い不動産物件を購入するくらいの感覚だったようです。
ちなみにピンの方はいかほどかと言いますと、例えば第3代仙台藩主・伊達綱村(だて つなむら)が2代目高尾太夫(たかおだゆう)を身請けした時は、彼女の体重と同じ目方の金塊を支払ったと言います。
それが具体的にいくらなのかは当時の金相場にもよるため、一概には言えません。
高尾太夫の体重を45キロと仮定(ごめんなさい)、現代の金相場14,000円/グラムとした場合、×45,000グラムで6億3千万円となりました。
これはなかなかべらぼうな金額ですが、さすがは大藩のお殿様と言ったところでしょう。
■鳥山検校(市原隼人)とは何者?

京都大学附属図書館 蔵『契情買虎之巻(田にし金魚)』。鳥山瀬川事件をモデルにした作品。
次回で瀬川を身請けすることとなるであろう鳥山検校(とりやまけんぎょう)。
当時の盲人(めしい)は幕府や朝廷から厚く保護されており、中には高利貸しを営んで巨万の富を築く者も少なくありませんでした。
劇中では何だか人格者?のように描かれている鳥山検校ですが、彼もまた悪辣な高利貸しの一人。
苛烈な取り立てに苦しみ、逃げ出したり自ら生命を絶ってしまったりする者が後を絶たなかったと言います。
人物紹介と次回予告にもある通り、瀬川を身請けしたことで注目の的に。巨額が投じられたことから、後に「鳥山瀬川事件」と呼ばれました。
しかし鳥山検校は安永7年(1778年)、これまでの悪行三昧を咎められ、全財産没収&江戸からの追放刑に処せられます。
妻なり妾となっていた瀬川は没落した鳥山検校を見限って離婚したとも、ついて行ったとも言われますが真相は分かりません。
果たして本作ではどんな展開を迎えるのか、今後に注目ですね。
■蔦重なりの愛情表現?『女重宝記』とは

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男性の中には特別な感情を持つ女性に対して、分厚い書籍を贈る場合があります。
そして女性はほぼ100%困惑し、センスのなさに呆れ返るものです。
……まるで20代の自分を見るような思いで観ていました。あまりの恥ずかしさに
「その電話帳のような『女重宝記』で、蔦重ともども自分の横っ面をぶん殴って欲しい」
とすら思ったのはここだけの話です。
ちなみに蔦重が瀬川に贈った『女重宝記(おんなちょうほうき)』とは、重宝される女性マニュアル。要するに「初めての奥様ガイド」のような書籍でした。
『女重宝記』は元禄5年(1692年)に苗村丈伯(なむら じょうはく)によって書かれたもので、全5巻。その内容は以下のようになっています。
- 第1巻:化粧や衣服、言葉遣いについて
- 第2巻:結婚について
- 第3巻:妊娠・出産について
- 第4巻:教養や技芸について
- 第5巻:単語集
ちなみに同じ作者が『男重宝記(おとこちょうほうき)』も書いており、こちらも面白いので、改めて紹介できればと思います。
■柯理(少年蔦重)があざみ(少女瀬川)に贈った『塩売文太物語』とは?

『塩売文太物語』より、助けられた助八と小しお。ちなみに板元は鱗形屋。
井戸に落としてしまったあざみの宝物をどうしても取り出せない柯理(からまる)。
戻らないと親父様に殴られる……泣き言を洩らす柯理を、その場で殴る関係性は昔からだったようです。
何とか手打ち(という表現から、恐らく柯理に何らかの過失があったものと推測)にしてもらうため、柯理があざみに贈った宝物とは、赤本『塩売文太物語』でした。
『塩売文太物語(しおうりぶんたものがたり)』あらすじはこんな具合です。
……今は昔し、常陸国(現代の茨城県)に文太という塩売りが住んでいました。……というお話し。
文太には小しお(こしお)という娘がおり、和歌を嗜んでいたと言います。
ある日、地元一番の塩問屋が小しおを嫁(息子の妻)に欲しいと言い出しました。
申し出を受けた文太は悩んでしまいます。
このころ文太の家には助八(すけはち)という京都からの行商人が出入りしており、和歌を通じて小しおと懇ろだったからです。
助八が来るのを心待ちにしていた小しおは、ある日塩問屋から預かっていた鴛鴦(おしどり)を逃がして(助けて)しまいました。
旅から戻った助八はそれを聞くと、塩問屋の報復を恐れて小しおを連れて駆け落ちします。
しかし間もなく塩問屋に捕まり、二人揃って海に沈められることになってしまいました。
あわや処刑寸前になって役人が現れ、二人は無罪放免に。この役人は小しおが助けた鴛鴦の化身だったのです。
小しおを京都に連れ帰った助八は身分を明かし、実は貴族の御曹司だったのでした。
助八と小しおは晴れて夫婦となり、文太夫婦も招いてみんな幸せに暮らしたということです。
子供向けのありきたりな筋書きですが、瀬川はずっと大事に持っていたのでした。
助八を蔦重に見立て、そんな未来を夢見ていたのかも知れませんね。
九郎助稲荷「バーカバーカ、豆腐の角に頭ぶつけて〇んじまえ!」
■「逆襲の『金々先生』」へ忘八らが逆襲!今週のカタルシス

馬鹿にすんのもいい加減にしろ!(イメージ)
……売女(ばいた)は悪(にく)むべきものにあらず、ただ悪むべきは、かの忘八と唱うる売女業体(~ぎょうてい)のものなり。天道に背き、人道に背きたる業体にて、およそ人間にあらず。畜生同然の仕業、憎むに余りあるものなり……日ごろ遊女は買う(であろう)くせに、その遊女を提供している吉原遊廓は賎業(いやしい職業)と軽蔑する江戸市中の本屋たち。
※『世事見聞録』より
令和の現代でも根強く蔓延る職業差別……まぁそれは又の機会に。
さて。蔦重がかき集めた吉原ネタの集大成たる『金々先生栄花夢』ですが、忘八らを敵に回しては今後取材が出来ません。
しかし駿河屋さんも優しいですね。やはり「よその方」だから階段から投げ転がすくらいで済ませたのでしょう。
ここまでの侮辱を受けたら、何なら二階から投げ落とすなり、殴り蹴りしたくもなろうと言うものです。
さぁ鶴屋たちは無事に大門を潜れるのか……楽しみにしています!
ところで鶴屋は何でまぁここまで吉原者を蛇蝎の如く嫌うのでしょうか。もし筆者なら、最初から交渉の余地すら与えません。
彼には彼なりの思いや過去があり、今後それが明かされることもあるのでしょうか。気になるところです。
■第9回放送「玉菊燈籠(たまぎくどうろう)恋の地獄」
蔦重(横浜流星)は瀬川(小芝風花)の身請け話を耳にして、初めて瀬川を思う気持ちに気づく。新之助(井之脇海)はうつせみ(小野花梨)と吉原を抜け出す計画を立てるが…空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻。かの『源氏物語』で主人公・光源氏を拒絶するため逃げ出した女性の二つ名です。
※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
吉原遊廓と言えばこの世の地獄、どんな遊女も一度は逃げたいと思ったことでしょう。
しかし実際に逃げた者には厳しい制裁が加えられ、悲惨な末路をたどることになります。
今週に続き、来週も吉原遊廓の地獄巡りを堪能しましょう。
ちなみにサブタイトルの玉菊燈籠とは、かつて亡くなった名妓を偲ぶ吉原の風習。嫌な予感しかしませんが、果たして……?
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