そのおいしさが如実に伝わるのが、落語『時そば』です。麺をすすり込む所作と語り口は何ともおいしそうなこの落語、「花巻にしっぽく」と言う言葉が出てきます。
「花巻」も「しっぽく」も蕎麦のメニューですが、今では扱っているお蕎麦屋さんも少なく、今ひとつ目立たない存在になっています。噺の妙味ともなっている、この二つの蕎麦について解説していきます。
■江戸っ子の洒脱なネーミングセンス

花巻と聞くと、どのようなことを連想するでしょうか。岩手県の地名である花巻を真っ先に思い出す人も多いでしょうし、料理通なら中華料理のお饅頭である花巻を連想するかも知れません。残念ながら花巻蕎麦はどちらとも関連性は無く、ちぎった焼き海苔をたっぷりと乗せた蕎麦なのです。
なぜ海苔で花巻になるのかと言うと、使われた浅草海苔が“磯の花”と呼ばれていたから、焼き海苔を蕎麦の上に撒き散らす様子が花のように見られたからと、諸説があります。“撒き”はいつしか“巻き”に変化していき、落語に登場する名前になっていきました。
この花巻は安永年間(1772~81)に登場したメニューで、江戸前の浅草海苔を焼いて蕎麦の上に乗せ、ネギや蒲鉾も入れずにワサビのみを風味付けに使った、ごくシンプルながらも食材の持ち味を生かしたものです。こうした奥深さと洒落の利いた名前とが、粋を好んだ江戸っ子に愛されたのは、想像に難くありません。
次ページ: しっぽくは和洋中を兼ねた料理?
■和洋中を兼ねた料理が江戸では蕎麦に
しっぽく蕎麦は“卓袱蕎麦”とも書き、長崎で供された宴会料理に由来しています。

そうした卓袱料理の一種に、うどんやそうめんの上に魚貝類や野菜を盛った、ちゃんぽんに似た料理がありました。それを参考にしたのが、蒲鉾と湯葉、野菜をうどんに乗せた“しっぽくうどん”です。そのしっぽくうどんが、延享(1744~48年)から寛延年間(1748~1751)の江戸で、うどんが蕎麦になってしっぽく蕎麦として人気を博しました。
如何でしょうか?落語“時そば”は、予備知識なしでも楽しめる作品ですが、その話に登場する蕎麦がどんなものか、如何なる背景で成立したものだったのかをあらかじめ知っておけば、思い浮かべるのも容易になります。皆さんが“時そば”を観賞される時の助けに、或いは江戸時代のグルメに興味を持つ一助ともなれば幸いです。
落語をこれから色々楽しんでみたいという方は、是非、柳家喬太郎 師匠の落語まとめをチェックしてみてください。エンターテイメント落語が堪能できますよ!
笑いとまらんよ!落語初めて聴く人に超オススメ!柳家喬太郎 師匠の落語まとめ
江戸時代グルメ雑学
- 江戸時代グルメ雑学(1)「握り寿司」は江戸っ子が生んだファストフード
- 江戸時代グルメ雑学(2)落語「時そば」に出てくる"花巻、しっぽく"ってどんなものなの?
- 江戸時代グルメ雑学(3)将軍も惚れ込んだ江戸初期の「天ぷら」ってどんなもの?
- 江戸時代グルメ雑学(4)串カツスタイルだった江戸の「天ぷら」が現代の形になるまで
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan